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バイオダイレクトメール vol.49 細胞夜話
<第12回:リン酸カルシウム法とHEK 293細胞 - 愛妻家の銅鉄実験>

ある材料で成功した実験を別の材料でやってみることを「銅鉄実験」などと揶揄しますが、手法が確立されていない時代には、材料を替えるだけで大変な苦労をすることもしばしばでした。しかし、地道な努力の積み重ねによって問題を克服すると、新しい発見や手法につながる場合も少なくありません。今でこそ、形質転換の古典的手法として定着しているリン酸カルシウム法と、アデノウイルスベクター構築などで頻繁に利用されるHEK 293細胞も、そんな地道な努力から生まれてきたのでした。


Story of HEK 293 cell

1969年、フランク・グラハムは博士号取得を目前に控え、ポストドクターのポジションを探していました。その時、彼の夫人がポストドクターの期間をヨーロッパで過ごすことを提案したため、最終的にオランダのライデン大学のAlex J. van der Ebの研究室に行くことにしました。

夫人がポストドクターのポジションをヨーロッパで得ることを提案した経緯について、グラハム博士(現McMaster大学教授)にうかがいました。

グラハム「私の妻も同じく研究者で、イタリア出身でした。彼女は、私と結婚した時点でもう何年もカナダと合衆国で過ごしていたので、ヨーロッパに戻って何年か過ごすことを熱望していました。そんな訳で、彼女の要望をかなえるために、オランダでポストドクターのポジションを得たのです」

van der Ebがヒトのアデノウイルスに関心があったことと、NCI(National Cancer Institute of Canada)の特別研究員という立場上、ガンに関わる研究テーマが必要だったことから、グラハムはアデノウイルスによるヒト細胞の形質転換をポストドクターの研究テーマとしました(ハムスターやラットではアデノウイルスの腫瘍原性が報告されていました)。

DEAE-dextranに七転八倒 - リン酸カルシウム法の確立

当時、ポリオーマウイルスやSV40で形質転換を行った研究はいくつも報告されていましたので、グラハムもKB細胞とアデノウイルス(Ad5)を材料にし、それまでの先例に倣って研究を行おうとしましたが、それが彼の苦労の始まりでした。
当時の標準的な形質転換法はDEAE-dextranを用いるものでした。van der EbからDEAE-dextranをもらって練習するうちに、すぐにSV40を使った形質転換はできるようになりました。しかし、同じようにAd5 DNAを使って形質転換しようとすると、途端に実験はうまくいかなくなりました。それからDEAE-dextran法の改良のために悪戦苦闘し、ライデン大学での研究2年目をほぼ全て費やしますが、経過は芳しくなく再現性のある結果は得られませんでした(結局のところ、DEAE-dextran法は、サイズの小さな環状のDNAならばともかく、直鎖状の巨大なDNAの導入には向いていない方法だったのです)。

NCI特別研究員の期限も迫り、彼自身の忍耐にも限度がありました。DEAE-dextran法そのものの改良はあきらめ、当時、バクテリアの形質転換には有効であることが知られていた2価の陽イオンを入れてみることにしました。DEAE-dextranと一緒にMgCl2とCaCl2をさまざまな濃度で入れてみたところ、CaCl2を入れた場合に、結果が劇的に改善されました。

この結果に勇気づけられてこの方法の検討を進めるうちに、カルシウムイオンとバッファーに含まれていたリン酸が有効だったことがわかり、さまざまな至適化を経て今日も使われるリン酸カルシウム法が確立されました。

頑固な細胞にまたまた七転八倒 - HEK 293細胞

So hard work...

当時DNAウイルスのゲノムの一部で形質転換した安定細胞株がいくつか確立されており、DNAウイルスの研究にたいへん役立つことも分かっていました。しかし、確立されていた細胞株はヒト以外の動物細胞のものがほとんどでしたので、次にグラハムはHuman Embryo Kidney Cell(HEK細胞)を使って安定細胞株の確立に取組むことにしました。

HEK細胞を材料として選択した理由について、グラハム博士にうかがいました。

グラハム「私たちはその時点で新生仔ラット腎臓細胞とラット胎児細胞の扱いに関しては慣れていましたし、それらの細胞がリン酸カルシウム法でAd5 DNAを使った形質転換が可能であることもわかっていました。そのため、ヒトで同様の実験をしようと考えたとき、私たちはHEK細胞を選んだのです」

しかし、そうやって扱い慣れたラットの細胞とある程度は似ているはずのHEK細胞を選んだにもかかわらず、ここでも再びグラハムは苦労することになります。

グラハム「実際にやってみると、ヒトの細胞はネズミの細胞よりもはるかに形質転換が困難であることがわかりました。形質転換効率で言うと、数桁は効率が悪いのです。そのため、私の実験で確立できた細胞株はたった1つだけで、その株が私の知る限りではその後20年以上にわたって唯一のAd5 DNA形質転換細胞株でした」

合計8回の形質転換を行いましたが、形質転換細胞のコロニーが得られたのはそのうちの2回だけでした。しかも、そのコロニーを単離しようと試みましたが、失敗してしまいました。しかし、幸運なことにコロニーが得られた培養皿の1つがが保管してあり、たまたま後日そこに新しいコロニーができているのを発見し、今度はそのコロニーの単離に成功しました。グラハムはその細胞の培養を続け、現在はHEK 293細胞と呼ばれている細胞株を確立しました。

HEK 293細胞の293という数字の意味について、グラハム博士にうかがいました。

グラハム「私はライデン大学に移ってから始めた実験に通し番号を付けていました。HEK 293細胞が得られた実験は、293番目の実験でした。293番目の実験の培養皿番号3.1から得られた細胞だったので、当初は293-3.1と命名しました」

余談になりますが、この時期、実験が順調に進むようになって気持ちに余裕が出てきたのか、細胞の世話を上司であるvan der Ebと研究室の技官に任せて、グラハムは夫人とイタリア旅行に行っています。

その後、HEK 293細胞は培養やトランスフェクションが簡単で扱いやすい細胞であるため、特に細胞そのものがあまり重要ではない実験の材料として、世界中に普及してゆきました。その後、HEK 293細胞にSV40 large T antigenを組込んだHEK 293T細胞株もつくられました。
また、HEK 293細胞はAd5の増殖に必要な遺伝子の一部を含んでいるため、それらの遺伝子を欠損させて一般の細胞では増殖できないようにしたアデノウイルスを増殖させるために使用できます。この点を利用して、アデノウイルスベクター構築の欠かせない材料となっています。

参考文献

  1. Graham F. L. et al, Characteristics of a human cell line transformed by DNA from human adenovirus type 5., J Gen Virol. 1977 Jul;36(1):59-74.
  2. Graham F. L. et al, A new technique for the assay of infectivity of human adenovirus 5 DNA., Virology. 1973 Apr;52(2):456-67.
  3. Graham F. L., CITATION CLASSIC - A NEW TECHNIQUE FOR THE ASSAY OF INFECTIVITY OF HUMAN ADENOVIRUS-5 DNA, CURRENT CONTENTS/LIFE SCI, (46): 16-16 NOV 14 1988
  4. Graham F. L., CELL-LINE TRANSFORMATION - A CITATION-CLASSIC COMMENTARY ON CHARACTERISTICS OF A HUMAN CELL-LINE TRANSFORMED BY DNA FROM HUMAN ADENOVIRUS TYPE-5, CURRENT CONTENTS/LIFE SCI (8): 8-8 FEB 24 1992
  5. Graham F. L.より私信
  6. 関連製品情報

    培地

    ウシ胎児血清

    FBS代替品

    細胞凍結保存培地


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