バイオダイレクトメール vol.52 細胞夜話
<第15回:最初は注目してもらえなかった? -- ハイブリドーマとモノクローナル抗体>
世界を変えてしまうような画期的な研究成果が、必ずしもすぐに注目を集めるとは限りません。その最たるものが、本人の死後にようやく価値が認められたメンデルの研究ですが、今日の研究に欠かせないモノクローナル抗体をつくるハイブリドーマの研究も、発表当時はあまり注目されない研究だったのです。
1892年にベーリングがジフテリアと破傷風毒素への抗血清をつくるのに成功すると、その抗血清を用いて病気を治療する血清療法が盛んに行われるようになりました。
血清療法は当時としては画期的な治療方法で、これによって多くの患者が助かったのも事実ですが、現在使用されている抗体医薬品に比べると、効果も低く副作用が大きかったようです。それもそのはずで、初期の抗血清には抗体以外のさまざまな夾雑物が含まれていましたし、肝心の抗体にしてもポリクローナル抗体ですから、抗体の中には病気の治療には寄与しないものも少なからず含まれていました。
まず、行われたのが精製方法の改善で、血清から抗体だけを分離することができるようになりました。こうしてつくられたのが、抗体医薬品の第一世代である免疫グロブリン製剤でした。
一方、標的となる病原菌だけに結合する純粋な抗体、つまり現在のモノクローナル抗体を入手するための技術は、1970年代になってようやく実現したのでした。
ハイブリドーマの登場
免疫グロブリンを産生するマウスミエローマ細胞株の樹立はかなり早く、最も古いものは1957年にコーンが樹立したX5563です。ちなみに、X5563は実験のAccession No.だそうです。しかし、望みの抗体を産生するミエローマ細胞株を人為的に作り出すのは非常に難しく、ミエローマによるモノクローナル抗体産生は現実的ではありませんでした。
1970年代前半、ケンブリッジ大学のミルステインたちは、免疫グロブリン産生ミエローマ同士の融合実験を行いました。この研究では異なる免疫グロブリンを産生するミエローマをセンダイウイルスを用いて細胞融合させました。ただし、論文によると、免疫グロブリンの各部をコードする遺伝子が正しい組合せではたらき、免疫グロブリンを形成する仕組みの解明、特に各遺伝子の発現制御を研究する材料をつくろうとしていたようで、この段階では特定の抗原に対するモノクローナル抗体というアイディアはなかったと思われます。
しかし、それに続く1975年の論文では明確に所定の抗原に対するモノクローナル抗体の産生を念頭に置いています。この実験では、マウスのミエローマ細胞とあらかじめ免役したマウスの脾細胞をセンダイウイルスを用いて融合させ、抗体を産生する安定した細胞株を作成可能なことを実験的に証明しました。
この功績によりケーラーとミルステインは後にノーベル賞を受賞することになりますが、その当時の研究者にはあまり注目されなかったようで、同じ免疫学の研究者からでさえ大した反応がなかったとミルステインは回想しています。
最初の実用的なハイブリドーマ
その後、ミルステインたちはラットの主要組織的合成複合体(MHC)を抗原としたモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマの作出に取組みました。マウスやヒトの抗原ではなかったのは、ミルステインによるとポリクローナル抗血清に基づいてすでに確立されていたHLA血清学と対決するのを避けるためだったそうで、このあたりにも研究成果があまり注目されなかった悲哀がにじみ出ています。
この実験ではセンダイウイルスではなくポリエチレングリコール(PEG)を使用して細胞融合を行い、目的の抗体を産生するハイブリドーマを作出しました。この段階で今日見られるようなモノクローナル抗体作製の大枠が確立されました。
なお、ミルステインたちはスクリーニングのために、溶血アッセイを行っています。このとき、最初は溶血活性が見られるのに、その細胞をそれぞれクローン化すると溶血活性がなくなり、それらのクローンの培養上清を混合すると溶血活性が復活するという不思議な現象に悩まされました。結局のところ、これは2分子のIgGが抗原に結合しそこにC1qが結合するという補体の第一経路(古典的経路)による溶血現象だったのですが、この問題でかなり時間をとられたようで、ミルステインは後にもっと単純なバインディングアッセイにしておけばよかったと述懐しています。
ちなみに、この実験で血清学と遺伝学を担当したホワードが補体の研究を進め、1979年に補体による溶血には2分子のIgGの結合が必要であることを発表しています。
今日では欠かせない研究ツールとして普及し、市販の診断薬にまで使われているモノクローナル抗体ですが、ミルステインたちの論文を読む限りでは、免疫学の研究材料を供給することを目的としていたようです。自分たちの研究がここまで世界を変えてしまうとは、夢にも思わなかったかもしれません。
まめ知識:ミエローマの株につけられる略称の例
当時の研究にはMOPC 21やAdj PC 5といった名前のミエローマが登場しますが、それには意味がある言葉の略号でした。PlasmacytomaもしくはPlasma cell tumorを表す「PC」に以下に挙げるような略号をつけて細胞株名とされていました。
- Adj : Adjuvant
- MO : Mineral oil
- TE : Tetramethylpentadecane
- HO : 7n hexyloctadecane
- SA : Salmonella associated
- M : Merwin
- D : Dunn
- S : Sanford
- Mc : McIntire
- Y : Yancey
- G : Goldstein
- MS : Moriwaki
したがって、MOPCはMineral oil induced plasmacytomaといった意味になります。
ただし、Salk Instituteのコーン等はPCを使わずにSやJといった名前を付けています。
参考文献
- Potter M., Immunoglobulin-producing tumors and myeloma proteins of mice., Physiological Reviews, Vol. 52, No. 3, 631-719 (1972)
- Horibata K. and Harris A. W., Mouse Myelomas and lymphomas in culture., Experimental Cell Research, 60, 61-77 (1970)
- Cotton R. G. H. and Milstein C., Fusion of two immunoglobulin-producing myeloma cells., Nature, Vol. 244, 42-43 (1973)
- Köhler G. and Milstein C., Continuous cultures of fused cells secreting antibody of predfined specificity., Nature, Vol. 256, 495-497 (1975)
- Galfré G., Howe S. C. and Milstein C., Antibodies to major histocompatibility antigens produced by hybrid cell lines., Nature, Vol. 266, 550-552 (1977)
- Milstein C., The first useful hybridoma., CURRENT CONTENTS (1992)
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