バイオダイレクトメール vol.57 細胞夜話
<第19回:そろそろ50歳だワン -- MDCK細胞>
哺乳類の細胞というと、ヒトの他には、マウス、ラットといったモデル生物の細胞がどうしても多くなりがちですが、今日までに実に多くの生物の細胞株が樹立されています。最も古くに家畜化された動物であるイヌについても、広く研究に用いられている細胞株が存在します。
カリフォルニア大学のマディンとダービーが調べたところでは、1958年当時、家畜の組織細胞株については胚や精巣から樹立したものを含めても9種類しかありませんでした。そこで、彼らはまずウシとヒツジの腎臓から細胞株を樹立することを試みました。初代培養細胞から増殖のよい細胞を選んで継代培養してゆくというシンプルな方法で細胞株の樹立に成功し、彼らの名前と動物種、組織の頭文字を使って、ウシの細胞はMDBK(Madin-Darby Bovine Kidney)、ヒツジの細胞はMDOK(Madin-Darby Ovine Kidney)と名付けられました。
同じく1958年、MDBKとMBOKに引き続いてマディンとダービーは、コッカー・スパニエルという種類のメスのイヌの腎臓細胞を材料に細胞株の樹立を試みました。彼らはこの試みにも成功し、その細胞株はMDBKやMDOKと同様の方法でMDCK(Madin-Darby Canine Kidney)と命名されました。
なお、この研究でコッカー・スパニエルの細胞を使用した理由など、その当時の状況は2002年にマディンが鬼籍に入ってしまい、うかがい知ることはできません(ダービーのその後については、1971年の時点でカリフォルニア大学のデービス校に在籍していたことまでしかわからず、編集部では現在の消息をつかむことができませんでした)。
MDCKの亜種
MDCKは主にウイルスと宿主細胞の関係を調べる研究の材料として多くの研究室で使われるようになりますが、その割には細胞そのものについてはあまり調べられることはありませんでした。そこで、サウスダコタ大学のゴーシュたちはATCC、NIH、カリフォルニア大学医療センターに保管されていたMDCKについて調査を行い、1966年に報告しました。
その結果、染色体数や一部のウイルスに対する感受性がそれぞれの株で異なる、ガンに見られるような染色体の構造の変化が生じている、といった知見が得られました。また、ゴーシュたちは彼らの研究で調べた3種類のMDCKの中では、染色体数が元のイヌの染色体数にもっとも近いATCCに保管されているものが元になっており、NIH、カリフォルニア大学医療センターはATCCの株から派生したものだろうとしています。
MDCKの亜種に関しては、その後、主に電気抵抗から分類されるMDCのStrain IとStrain IIについて、トーマス・ジェファーソン大学のハラたちが詳細な研究を行いました。彼らの研究から、電気泳動でタンパク質の発現パターンを比べた場合、総タンパク質ではそれほどパターンは変わらないものの、先端面膜タンパク質に限ると発現パターンがかなり異なっていること、細胞の大きさも異なっていることなど、さまざまな違いがわかってきました。ハラたちは彼らの研究結果から、Strain Iは腎臓の中でも集合管に、Strain IIは近位尿細管に性質が似ているとしています。ただし、特にStrain IIでは近位尿細管がもつ重要な性質のいくつかが見られないなどの差異もあり、前述の部位の細胞そのものとは言いがたいようです。
その後のMDCK
1970年にレイトンは培養したMDCKに水ぶくれのようなものを見つけました。それが培養皿と細胞の単層の間にたまった塩と水によるものであり、塩や水を能動的に輸送する性質があることがわかると、それまでは専らウイルスの研究に使われていたMDCKが上皮細胞の研究対象としてもあつかわれるようになりました。
さらに1990年代後半には、MDCKの医薬品候補化合物を吸収させてみたところ、それまで化合物の吸収特性を調べるために使われていたヒト結腸ガン由来のCaco-2と同様に吸収するものが多いことがわかりました。培養に3週間を要するCaco-2よりもはるかに短い時間(3日間)で培養できることから、医薬品探索での膜透過性のスクリーニングツールとしても有用であることが示されました。
参考文献
- Madin S. H. et al, Established kidney cell lines of normal adult bovine and ovine origin., Proceedings of the Society for Experimental Biology and Medicine, Vol. 98, No. 3, 574-576 (1958)
- Gaush C. R. et al, Characterization of an established line of canine kidney cells (MDCK)., Proceedings of the Society for Experimental Biology and Medicine, Vol. 122, No. 3, 931-935 (1966)
- Richardson J. C. et al, Identification of two strains of MDCK cells which resemble separate nephron tubule segments., Biochimica et biophysica acta, Vol. 673, No. 1, 26-36 (1981)
- Taub M. et al, An established but differentiated kidney epithelial cell line (MDCK)., Methods in Enzymology, Vol. 58, 552-560 (1979)
- Irvine J. D. et al, MDCK (Madin-Darby Canine Kidney) Cells: A tool for Membrane Permeability Screening., Journal of Pharmaceutical Sciences, Vol. 88, No. 1, 28-33 (1999)
2007.11.15追記
G大学のA様より、MDCKのStrain IとIIを識別する方法の有無についてお問合せをいただきました。
細胞夜話筆者が調べた限りではStrain IとIIを識別する一般的な方法というのは見つけられませんでしたが、論文にはいくつかの違いが記載されています。
- 過去の研究で使われているMDCKの多くはStrain II
- 培養した細胞のモノレイヤーの電気抵抗が異なる
リチャードソンの1981年の論文(上記参考文献参照)では、Strain Iが4.1 kΩ/cm²であるのに対して、Strain IIでは76 Ω/cm²
- Strain IIではアルカリホスファターゼとγ-glutamylトランスペプチダーゼ活性が認められたが、Strain Iでは検出されなかった(同じくリチャードソンの論文)
- 近年の研究結果ではStrain IとIIを比べると、ERKの活性がStrain Iでは高い(ヘルマンら、下記参考文献参照)
参考文献(追記分)
- Hellman N. E., Greco A. J., Rogers K. K., Kanchagar C., Balkovetz D. F. and Lipschutz J. H., Activated extracellular signal-regulated kinases are necessary and sufficient to initiate tubulogenesis in renal tubular MDCK strain I cell cysts. Am J Physiol Renal Physiol. 2005 Oct;289(4):F777-85
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