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バイオダイレクトメール vol.58 細胞夜話
<第20回:ゲノムなんてバラバラになっても平気です -- Deinococcus radiodurans

20世紀初頭にはX線を照射することで微生物を殺せることがわかっていたため、第二次世界大戦前から食品の滅菌に放射線を使うことが提案されてはいました。しかし、実際に本格的な開発がはじまったのは第二次世界大戦終了後のことです。開発は主にアメリカで進められたため、当然、対象となる食品には肉製品が多く含まれていました。

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そんな流れの一環として、今から約50年前の1956年にオレゴン農業実験所で缶詰にした牛肉の滅菌にガンマ線が使えるかどうかの試験が行われました。滅菌されているはずの缶詰を22度または38度で保温しておいたところ、膨らんだ缶詰が見つかりました。調べてみると、膨らんだ缶詰の中では二酸化炭素が発生し、わずかにタンパク質の分解も生じていることがわかりました。同所のアンダーソンたちは原因となっている細菌を単離し、その性質を調査しました。

調査の結果、単離された細菌は他の細菌に比べて放射線に耐える能力が著しく高くいことがわかりました。形状や培養の条件、カタラーゼ活性などから、この時点ではMicrococcusに近い細菌であると考えられていました。ただ、Micrococcusは放射線に比較的強いものの、ここまで極端な放射線耐性菌が存在しないことが不思議な点でした。また、他の細菌が全滅してしまうような放射線にこの細菌が耐えられる理由もよくわかりませんでした。

後に、この研究で単離された細菌は実際にはMicrococcusとはかなり異なっていることがわかり、「奇妙な(Deino)粒(coccus)」という意味のDeinococcus属に分類され、「放射線に耐えられる(radiodurans)」という意味を合わせてDeinococcus radioduransが正式な学名とされ、今日に至っています。

ちなみに、現在の規定では食品照射は特別な場合を除いて10 kGyまでとなっていますので、もし仮にガンマ線滅菌された缶詰にDeinococcus radioduransが混入にしていた場合は、1956年の実験同様に膨らんだ缶詰になってしまうかもしれません。

2つの疑問とその後の研究

放射線を細胞に照射すると放射線の電離作用により水分が電離してラジカルが生じます。ラジカルは細胞中のDNA分子と化学反応を起こし、DNAを切断します。宇宙線や微量に含まれる同位体など、環境中にもある程度の放射線源は存在するため、細胞にはそのような環境中の放射線による損傷を修復する機構が備わっています。しかし、過剰な放射線を浴びると修復能力の限界を超えてしまい細胞が死んでしまいます。例えばヒトは5 Gyも被曝すればほぼ確実に死んでしまいます。ところがDeinococcus radioduransは数千Gy程度ではまったく問題なく、30000 Gyもの放射線を照射されても全滅はせずにかなりの割合で生き残ります。

このようなDeinococcus radioduransの驚異的な放射線耐性に関して、主に2つの問題が提起されました。

  1. 損傷したDNAの修復機構そのもの
    強力な放射線を浴びるとDNAの切断が多数発生して、ゲノムは小さな断片に分断されてしまいます。これは、普通ならば致命的であるはずです。しかし、Deinococcus radioduransは細かく断片化してしまったDNAから完全なゲノムを再構成することができます。その仕組みは一体どのようなものなのでしょうか。
  2. 修復機構の存在意義
    数万Gyにも達するような強力な放射線は、原始地球やガボン共和国のオクロ鉱床にあるような天然原子炉を含めても自然に存在したことはありませんでした。そのため、Deinococcus radioduransに備わる高度な放射線耐性がどうして必要なのか、その存在意義を進化的な適応で説明するのは困難でした。

偶然の副産物でしかなかった?

1995年にマッチモアとバティスタが、Deinococcus radioduransの放射線感受性変異株を用いた実験を行いました。彼らの実験の結果、野生型のDeinococcus radioduransは乾燥に対しても高い耐性を示し、放射線感受性変異株は乾燥に弱いことがわかりました。乾燥もDNAの損傷によるゲノムの断片化の原因となり、また自然界で頻繁に発生する現象であることから、マッチモアとバティスタはDeinococcus radioduransの驚異的な放射線耐性は、乾燥耐性を獲得した際に偶然生じた副次的な性質であることと考えました。現時では、彼らの説は広く受け入れられ定説となっています。

ゲノムの解読と比較生物学

1999年にはゲノムの解読が完了し、そこからさまざまな知見が得られました。また、他の生物との比較からも、さまざまな興味深い知見も得られています。

  • Deinococcus radioduransのゲノムは2つの環状の染色体およびメガプラスミド、プラスミド各1で構成されている
  • Thermasに非常によく似ているが、共通遺伝子はほとんど1番目の染色体上にある(共通祖先から受け継いだのは1番目の染色体だけ?)
  • DNA修復に関連すると思われる遺伝子のホモログは、基本的にどれも他の原核生物に存在するものばかりだが、数が非常に多い
  • 対数増殖期には4から10コピーのゲノムをもつ
    ただし80コピーのゲノムを持っていても放射線に弱い細菌が存在することから、単純にコピー数が大きければ耐性が高まるというわけではない
  • 乾燥耐性に関与する遺伝子の一部のホモログが植物にも存在し乾燥耐性に関与している
  • それまで真核生物や藻類でしか見つかっていなかった遺伝子をもつ
    それらの遺伝子は水平移動によって獲得されたものと考えられるものの、それに関与していたと思われるDNAウイルス由来の配列は見つからない

修復機構の解明へ

Deinococcus radioduransのDNA修復機構についてはさまざまな説が提案されましたが、単離から半世紀が経過しても解明には至りませんでした。数百個に断片化したゲノムを間違いなく再構成するDeinococcus radioduransのDNA修復機構は、それまでに提案されていた説からすると効率が高すぎたのです。

しかし、2006年になってメセルソン-スタールの実験と同じ大変古典的な実験手法で得られた結果を元に新しい説が示され、今のところもっとも無理なく説明できるとして注目されています。その方法は、Deinococcus radioduransの細胞に複数コピーのゲノムが存在し、DNAの断片化がランダムに起こることを利用したものです。

  1. 断片の一本鎖になっている末端が別コピーのゲノムの相補的な部分にアニーリング
  2. 別コピーのゲノムを鋳型として一本鎖部分を伸長
  3. 長く伸びた一本鎖部分が粘着末端としてはたらき隣接するDNA断片と相補鎖を形成
  4. 一本鎖部分をポリメラーゼが埋めるて直鎖状の二本鎖DNAを形成
  5. 二本鎖DNA間の組換えによって環状の染色体を再構成

修復の流れ

この機構にどのような遺伝子が関与してどのように制御されているかは、今後の研究が待たれるところです。

また、Deinococcus radioduransのゲノムは、細胞内で凝集して非常に緊密な環状の構造を形成しています。このようなゲノムの存在様式も修復能力に関連している可能性もあります。まだまだDeinococcus radioduransはその小さな細胞の中にさまざまな驚きを隠しもっているようです。

2007.04.17追記

PLoS Biology Vol. 5(4) April 2007に細菌の放射線耐性に関する新しい論文が掲載されました。ラジカルによるタンパク質の酸化がDNAの損傷以上に致命的であり、Deinococcus radioduransのような放射線耐性菌はマンガンを利用してタンパク質を酸化から守っているそうです。
Protein Oxidation Implicated as the Primary Determinant of Bacterial Radioresistance

Deinococcus radioduransの仲間たち

Deinococcus属は非常に古い細菌だと考えられていますが、その割には発見されている数は少なく、Deinococcus radioduransも含めて7種です。カナダの病院の空気中から見つかったり、イタリアの温泉から見つかったりと、どうも発見場所に統一性がありません。珍しいところでは、ラマやゾウの糞から見つかったものもあります。
どれも放射線に耐性がありますが、Deinococcus radioduransほどではありません。

Deinococcus radioduransの商業利用

DNA修復能力は高いもののDeinococcus radioduransは遺伝子を操作することは困難ではありません。核兵器の製造工場跡地など金属と放射性物質の両方に汚染された土壌に含まれる金属を、Deinococcus radioduransに金属汚染耐性菌の遺伝子を導入した組換え株を利用して毒性の弱い化合物に変えてしまうバイオレメディエーションの実験が行われています。


高度な放射線耐性が乾燥耐性の単なるオマケとして生じたとは考えにくいとする研究者もいるようです。彼らは高度な放射線耐性が進化的に必然となる環境として火星をあげ、Deinococcus radioduransは火星で進化し隕石に混じって地球に到達したとする説を2006年のAstrobiology誌に発表しています。違う惑星に起源を持つ生物が地球の生物とまったく同じ遺伝物質を使い、同じ化合物で細胞を形成していることに深い疑問を感じてしまう細胞夜話執筆者は、想像力の翼がやや弱いのかもしれません。

参考文献

  1. Anderson A. W., Nordan H. C., Cain R. F., Parrish G. and Duggan D., Studies on a radio-resistant micrococcus. I. Isolation, morphology cultural characteristics and resistance to gamma radiation. Food Technology, Vol. 10, 575-578 (1956)
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  5. Brim H., McFarlan S. C., Frederickson J. K., Minton K. W., Zhai M., Wackett L. P. and Daly M. J., Engineering Deinococcus radiodurans for metal remediation in radioactive mixed waste environments. Nature Biotechnology, Vol. 18, 85-90 (1999)
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  12. Pavlov A. K., Kalinin V. L., Konstantinov A. N., Shelegedin V. N. and Pavlov A. A., Was earth ever infected by martian biota? Clues from radioresistant bacteria. Astrobiology, Vol. 6, No. 6, 911-918 (2006)
  13. 専門的解説 食品照射解説資料(独立行政法人 日本原子力研究開発機構 食品照射データベース)

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