バイオダイレクトメール vol.60 細胞夜話
<第22回:形質転換とともに歩んできました - E. coli DH株>
形質転換に頻繁に使われる大腸菌の中に、DH5やDH5αがありますが、このDHという株は形質転換技術に関する研究の長い歴史の中で生まれてきました。
1960年代、多くの大腸菌が他の大腸菌由来のDNAを認識し、分解する能力があることが知られていました。また、宿主によってλファージのDNAが分解されてしまったり、分解されずに増殖できたりすることも知られていました。当時、どうして一部の宿主では外来DNAに対してそのような「制限」がかかるのかを解明するための研究が盛んに行われていました。
その研究が、やがて制限酵素の発見やDNA組換え技術の確立につながり、最終的にスイスのアーバーやアメリカのネイサン、スミスのノーベル賞受賞(1978年)へと続いてゆくことになりますが、ハーバード大学のメセルソンもそんな流れの中にいた多くの研究者たちの一人でした。
E. coli MM294
メセルソンは1968年に外来DNAを分解するエンドヌクレアーゼを単離し、その酵素がS-アデノシルメチオニン、ATPそしてMg2+を必要とすることを示した論文を発表しました。
メセルソンは同時期にホフマン・ベーリングによって作出されたE. coli 1100からファージの増殖を制限できない1100.293という変異株をつくって実験に使用しました。
後にDH株の構築にE. coli MM294という菌が使われていますが、その菌についてのReferenceはどれも1968年のメセルソンの論文を挙げています。しかし、1968年のメセルソンの論文にはMM294なる菌は一切出てきません。1968年の論文に記載されている1100.293がMM294と呼ばれるようになったのかもしれません。
細胞夜話執筆担当がメセルソン教授に1100.293とMM294の関係について取材を試みていますが、現時点では回答が得られていません。
後にMM294は非常に形質転換しやすい大腸菌として知られるようになり、今日でも多くの実験マニュアル的な書籍でその名前を見ることができます。
E. coli DH1
1977年にメセルソンのラボに加わったハナハンは、メセルソンとともに組換えDNA技術の研究に取組みました。翌年には学位論文執筆のため別のラボに移ってしまったようですが、その後も研究は継続し、1983年にプラスミドを用いた大腸菌の形質転換の効率に影響する要因を検討した研究結果を報告しました。ハナハンの研究はたいへん多くの側面をカバーしており形質転換法の改善に多大な貢献をしました。
その1983年の研究でハナハンはDH**という名称の一連の変異株をつくっており、DH1もそれらのうちの1つでした。ハナハンはメセルソンのMM294とRec-変異の研究のためにロウが1968年につくったKL16-99をかけ合わせ、その結果得られた菌にUVでセレクションを行い、UV感受性のDH2を単離しました。その後、さらにgryA変異を導入したものが、E. coli DH1でした。他にもこの研究でDH1/F′、DH20、DH21といった変異株をつくっていますが、研究は主にDH1を使って行われました。
DH1はMM294よりもさらに形質転換効率がよく、多くの研究者に使用されるようになりました。DH1から派生したDH5やさらにその変異株であるDH5αは今日の研究現場で頻繁に使われています。
余談ですがハナハンはSOBおよびSOC培地の考案者でもあり、同じ1983年の論文がこれらの培地の初出となっています。
一部にはDH5のReferenceとして1983年の論文を挙げる向きもありますが、同論文にはDH5の名前が出てこないのが不思議なところです。
参考文献
- Meselson M. and Yuan R., DNA Restriction Enzyme from E. coli, Nature, vol. 217, 1110-1114 (1968)
- Meselson M. and Yuan R., Formation of merodiploids in matings with a class of Rec- recipient strains of Escherichia coli K12, Proc. Nat. Acad. Sci., U.S.A., vol. 60, 160-167 (1968)
- Hanahan D., Studies on Transformation of Escherichia coli with Plasmids, J. Mol. Biol., vol. 166, 557-580 (1983)
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