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生化夜話 第37回:正体不明の有名人 - 旧黄色酵素

区別がつかないので全員が疑わしく見えます・・・

1993年、ミシガン医科大学のケルヴィン・ストットは、FPLCを用いて旧黄色酵素(Old Yellow Enzyme)を精製したことを報告しました。その論文の中で、旧黄色酵素の役割の理解にかなり近付いたと信じる、とストットは述べていますが・・・

何が旧?

さて、この旧黄色酵素、生化学上の大問題を解決するのに一役買っているのですが、そちらの本題に入る前に、ちょっと名前の話を。

旧があるからには新があるのかといえば、あります。

1931年に生体内での酸化と還元、つまり細胞の呼吸酵素に関する研究でノーベル賞を受賞したオットー・ハインリヒ・ワールブルクは、その後も細胞の呼吸に関わる酵素の研究を続けていました。

ワールブルクは酵母をモデル生物として利用していました。メチレンブルーを用いてグルコース-6-リン酸を酸化すると6-ホスホグルコノラクトンになり、それを還元するとまたグルコース-6-リン酸に戻ります。この還元反応を触媒する成分として、下面発酵酵母(Saccharomyces carlsbergensis)から、酸化還元活性のある黄色の分画を抽出しました。ワールブルクはその抽出物にGelbe Ferment(黄色発酵素)と名前を付けて、1933年に報告しました。ちなみに、この時代はenzyme、fermentなどの名称が入り乱れていました。今日ではenzymeで統一されていますので、以下は発酵素ではなく酵素で統一します。

※夜話作者の独り言:上面発酵酵母ではなく下面発酵酵母を材料とした点について、ワールブルクがエール(上面発酵)ではなく、ラガー(下面発酵)を好んだから、かどうかについては、調べてみましたが分かりませんでした。エールは英国を中心に発展したのに対して、ラガーはワールブルクの母国ドイツが発祥の地であり、その一種であるピルスナーが広く親しまれていたので、下面発酵酵母の方が入手しやすかったのかもしれません。

それから少々時は下り1938年、カイザーヴィルヘルム研究所のエルヴィン・ハースが同じく酵母からワールブルクの酵素とは別の黄色の酵素を抽出しました。こうして酵母由来の2つの黄色酵素が見つかってしまいましたので、先に見つかったワールブルクの黄色酵素が古い方の黄色酵素(Old Yellow Enzyme)と呼ばれるようになりました。そのようなわけで、この新旧はあくまでも発見の順序であって、どちらの酵素の方が起源が古いか、共通祖先の配列に近いか、という観点からつけられたわけではありません。

※夜話作者の独り言:某オンライン百科事典サイトではワールブルクは黄色酵素の研究でノーベル賞を云々と書いてあります(2012年3月12日時点)。しかし、ノーベル賞受賞時のレクチャーを読んだ感じでは、確かに黄色酵素が関わる反応も含まれているのでしょうが、主役はむしろCytochrom cあたりのような気もします。どなたか細胞の呼吸がご専門の方の見解をいただければ幸いです。

酵素活性はフォース?

酵素は以前はタンパク質であると考えられていたが、これはもはや信じられていない。(ブリタニカ百科事典、1929年)

今日では多くの酵素の本体がタンパク質であることに疑問を呈する人はいないと思いますが、第1回でも簡単に触れたように、酵素活性を担う物質の正体については議論があり、このように「タンパク質ではない」、と否定されていた時代もありました。

酵素の本体はタンパク質ではない、という説が幅広く支持されるようになったきっかけは、どうやらドイツの化学者リヒャルト・ヴィルシュテッターの研究結果のようです。

1920年代、酵素の正体は何なのかを解明するために、酵素活性を持つ抽出物に含まれる不純物を担体に吸着させて全部取り除いてゆくという、骨の折れる作業に取り組みました。その結果、タンパク質、糖、鉄などを除去しても、まだ酵素活性は残っていたので、酵素の本体は既知の化学物質ではないとヴィルシュテッターは結論づけ、何らかの未知の力(フォース)がはたらいているのだろうと推測しました。

ヴィルシュテッターはペーパークロマトグラフィーの開発者で、植物色素の研究でノーベル化学賞を受賞している有名人です。生化学の研究で今時フォースがどうのと言い出せば北米未来伝奇映画の見過ぎと言われそうですが、そこはノーベル賞化学者の影響力でしょうか、彼の説は幅広く支持されることになりました。

白の場合

ヴィルシュテッターの研究とちょうど同じ頃、コーネル大学のジェームズ・サムナーがウレアーゼのタンパク質を結晶化しました。続いて、ロックフェラー研究所のジョン・ノースロップたちも、ペプシン、トリプシンなどのタンパク質を結晶化することにに成功しました。

彼らは、このタンパク質こそが酵素の本体であると主張しましたが、なかなか受け入れてもらえませんでした。タンパク質は賦形剤のようなものではないか、というのがその当時の反応だったようです。賦形剤とは、医薬品を服用しやすくするために、増量したり成形できるようにしたりする添加剤のことで、それ自体は薬効を有しません。

サムナーもノースロップも、彼らが結晶化したタンパク質と酵素がイコールであることを示唆する根拠は出していたのですが、その当時の技術では決定的な実験ができなかったのです。当時の精製技術ではどうしても不純物が多い上に、結晶化したタンパク質はどれも無色であり、例えば電気泳動で成分ごとに分離した上で、タンパク質のバンドと同じ場所で触媒反応が起こっていることを示す、といった実験も困難でした。

黄の場合

ワールブルクが抽出した旧黄色酵素も、この時期の他の事例と変わらず純度が低く、特に多糖が大量に混入していました。しかし、この酵素は無色ではなく黄色だったことが、その後の研究に大いに役立つことになりました。

この酵素には、還元すると色が消え、酸化すると黄色に戻る、という興味深い性質がありました。このことから、この酵素に含まれる黄色の色素が、酸化還元プロセスに関わっていると考えられました。また、旧黄色酵素を、分子量が小さい色素と賦形剤の役割を果たしていると思われる無色の高分子に分離できることもワールブルクをはじめとする研究者の研究でわかっていました。

カロリンスカ研究所のヒューゴ・テオレルは、酸化還元反応の後でも旧黄色酵素には変化がないことから、触媒としての定義を満たしており、好都合なことに目で見てわかる有色の酵素なので、抽出した成分のうちのいずれに酵素活性があるのかを示せると期待し、詳細な分析に取り組みました。

ティセリウスによる電気泳動法確立の前の話ですので、テオレルは自作の電気泳動装置で分子量の小さい色素と無色の高分子を分離しました。色の変化から考えて、機能上重要に思えるのは色素の方ですが、この色素だけでは反応は起こりませんでした。そこで無色の高分子はいったい何ものなのか、という点についても研究を進めました。

その結果、旧黄色酵素はリボフラビン(ビタミンB2)に似た色素で黄色に着色したタンパク質であり、透析でリボフラビン様色素を除去すると、これまで観察されていたように無色のタンパク質が得られました。

分離したそれぞれを試した結果、色素だけでも、タンパク質だけでも反応は生じないこと、両者を混ぜると機能が回復することが確認されました。

テオレルはこの結果を1935年に報告し、ようやくタンパク質は賦形剤などではなく、酵素反応の機能を担う主役であることが、実験的に示されました。

ちなみに、色素についても、リボフラビンそのもの(リボフラビン5'-リン酸)であることをテオレル自身が1955年に報告しました。1935年のテオレルの論文は、ビタミンの生化学的な役割を示す最初の例にもなりました。

結局、何をしている酵素なの?

このように、生化学上たいへん重要な問題の解決に貢献し、また発見が早かったこともあり、旧黄色酵素は詳細に研究されました。しかし、(筆者がいろいろと論文を漁ってみた限りでは)旧黄色酵素のin vivoでの役割はよくわかっていません。

アミノ酸配列が旧黄色酵素によく似た酵素は、細菌、真菌、植物、線虫など、実に多くの生物から見つかっています。これらの酵素は、たいへん大きな酵素のファミリーを構成しているようなのですが、その生物ごとに機能が異なっていました。さらに、重金属を含む有害な分子を還元できることが知られているShewanella oneidensisにいたっては、旧黄色酵素のホモログが4つありましたが、それぞれ性質が異なっていました。また、旧黄色酵素を含むファミリーの酵素はさまざまな反応を触媒でき、TNTを処理できることを活かした火薬汚染土壌のバイオレメディエーション、アルカロイドの構造変化させられることを活かした新規医薬品の探索など、工業的な活用まで考えられています。

このように、旧黄色酵素を含むファミリーの機能は多彩ですが、アミノ酸配列はよく似ています。しかし、不思議なことに、配列の類似性を説明できそうな共通の機能はまだ見つかっていません。活性部位の配列がよく似ているにもかかわらず、反応性が大きく異なる例もあり、この点も解明されていません。

また、最初に見つかった旧黄色酵素となると、状況はいっそう謎めいています。

Saccharomyces cerevisiaeには旧黄色酵素のパラログ遺伝子が2つあることがわかっており、これを両方ともノックアウトすることに成功した研究者もいましたが、表現型の変化は認められませんでした。ゲノミクスの研究が進み、ステロール代謝、細胞骨格の組立などなど、さまざまな機能が提案されていますが、いまだにその基質すら不明のようで、冒頭のストットの論文から20年近くが過ぎようとしていますが、彼が期待した機能解明にはもう少し時間がかかるかもしれません。

遺伝子の塩基配列から豊富な情報が得られる時代にはなっていますが、生化学者がタンパク質そのものとの格闘から解放される日はまだまだ先のようです。

謝辞

本稿の執筆に際し、神戸大学・自然科学系先端融合研究環・内海域環境教育研究センター、村上明男准教授より調査のきっかけとなる情報をいただき、文献資料の探索でもご協力いただきました。

参考文献

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  • Theorell H., The nature and mode of action of oxidation enzymes, Nobel Lecture (1955)

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