|
||
Location:Home > テクニカル情報配信サービス > バイオダイレクトメール > 生化夜話 |
||
生化夜話 第39回:ECL™と同時に画像解析装置もつくろうとしたのですが・・・CCD画像解析装置(1)画像センサーをつくるつもりでは・・・1960年代後半から1970年代にかけて、ベル研究所の機器部門は革新的で挑戦的な機器の開発に集中していました。半導体レーザー(レーザーの発振自体は1960年代前半に実現していますが、1970年にベル研究所を含むいくつかの研究室で室温での連続発振に成功し、実用化に向けて大きく前進しました。ちなみに、ベル研究所でこの実験を成功させたのは、日本人の物理学者林厳雄です)、固体レーザー、ホログラフィー、非線形光学、磁気バブルメモリーなどがその例です。 磁気バブルメモリーは磁性体単結晶の薄膜を利用した記憶装置で、薄膜上の磁化された区域を移動させることで情報を操作します。磁気バブルメモリーは読み書き可能な不揮発メモリーとして一時期よく使われ、日本でも富士通株式会社が1981年に発売した8ビットパソコンFM-8のオプションとして一般向けに市販されたこともありました。 ベル研究所のエレクトロニクス部門を担当する副社長は、磁気バブルメモリーの原理をたいへん気に入っており、その動きを模した半導体製品をつくれないかと思っていました。また、半導体技術を担当する研究グループは、磁気バブルメモリーに対抗できる新しい技術を開発できなければ、予算がカットされるらしいという話を聞いていました。 半導体技術を研究するグループの1人、ジョージ・スミスは、かつてシリコンダイオードアレイカメラの開発に携わっていました。シリコンの基盤上に並べたダイオードが光を受けて電荷に変換し、その電荷の状態を電子ビームでスキャンして情報として取り出す装置で、ビデオカメラの撮像管に使われました。基盤上の電荷を移動させることができれば、磁気バブルメモリーにおける磁気の代わりに電荷を用いた記憶装置ができるのではないかと、スミスは考えました。 ここまで思いついたら、その後は早く、同僚のウィラード・ボイルとの1時間ほどの議論で新しい記憶装置の大枠を固めました。基本構造を試作し、それから数週間いろいろと試しつつ周囲の同僚たちとも相談して、実証用のプロトタイプをつくってみることにしました。プロトタイプは1週間で完成し、原理とこれを用いた実験結果を、ベル研究所の成果を報告するBell System Technical Journalで1970年に発表しました。 スミスとボイルの論文のタイトルはCharge Coupled Semiconductor Devices、日本語訳すれば電荷結合半導体素子といったところでしょうか。やがて、Semiconductorが省略されて、Charge Coupled Devices(CCD)と呼ばれるようになりました。 CCDは磁気バブルメモリーの考えを半導体に持ち込んだ技術でしたので、1970年の論文で挙げられている用途は、循環型メモリーやデータを保存するまでの遅延回路でした。画像センサーとしての用途については、そういったものもつくれるかもしれない、とあくまでも可能性を指摘するのにとどめています。 そのようなコメントとともに世に出たCCDですが、早くも1974年にはフェアチャイルドセミコンダクターが画像センサーとしてCCDを発売し、1980年代に入るとソニーがCCDの量産に取り組みました。今日では、安価で小型なCMOSセンサーに、かなり置き換わってきていますが、CCDは代表的な画像センサーとして広く使われています。一方、CCDの元になった磁気バブルメモリーはというと、半導体メモリーやハードディスクの大容量化と低価格化により、記憶装置としての活躍の場を失い、姿を消してゆきました。 さて、昨年ようやく自分用のデジタルカメラを購入した身としては、センサーの話も楽しいのですが(といっても、筆者が購入したHS20EXRのセンサーはCMOSですが)、そろそろCCDセンサーを用いた生物学研究用画像解析装置の話に移りましょう。 ECL™試薬と画像解析装置、になるはずが1977年にケンブリッジ大学のフレデリック・サンガーがジデオキシ法を報告して以来、DNAの塩基配列決定が盛んに行われるようになりました。今日では蛍光色素で標識するのが一般的ですが、当時は放射性同位体(ラジオアイソトープ、RI)による標識でした。 当時の解析方法はというと、ポリアクリルアミドゲル電気泳動で分離した後、X線フィルムを感光させ、塩基に対応した4レーン(RI標識なので色で分けられませんから、塩基の種類別に産物をつくって泳動するしかないのです)のバンドを見比べて配列を読み取ることになります。これはとても時間のかかる作業ですので、自動化が待ち望まれていました。 1970年代には、DNAの分析に使われるもう1つの重要な手法も開発されました。標識した1本鎖DNAで特定の塩基配列のDNAを検出するサザンブロッティングです(第10回参照)。 研究の現場では32Pで標識したDNAがプローブとして用いられていました。研究の場合は使用量も限られていますし、使用者も訓練を受けた研究者やテクニシャンであり、設備も整っていますので、大きな問題にはなりませんでした。しかし、DNA/DNAハイブリダイゼーションの原理が、DNAフィンガープリントによる識別、遺伝病の診断、感染症の診断など研究以外のルーチンワークでも使われるようになると、RI標識が問題になりました。こうした32P標識プローブと同様の感度を保ちつつ、安全で廃棄の問題もなく、長期間保存できるDNA検出系を求める声に対して、放射性同位体の大手メーカーの1つであったアマシャムの研究者は、RIを使わない検出系が主流になって同社のビジネスが先細りになるという危機感もあって、発光レポーター試薬と専用の電子検出器の研究に取り組みました。 発光レポーター試薬については、第24回および第25回で紹介したECL™シリーズとして結実し、核酸検出用のECL™試薬、ウェスタンブロッティング用のECL™試薬の順に世に出ました。 一方、アマシャムの研究者の中でも機器を担当しているグループは、データのデジタル化と分析のためのシステム開発に取り組みました。ECL™試薬を用いたサザンブロッティングの検出と、前述のようにDNAシークエンシングのデータ読取り作業が現場の研究者の大きな負担になっていましたので、DNAシークエンシングで得られるオートラジオグラムのデジタル解析を目標としました。 ECL™シリーズの開発中、成分や条件の最適化を行う際に、極低温冷却CCDをシグナルの検出と定量に使っていました。その経験からCCDは撮像素子としてよく使われていたビジコン型撮像管よりも、感度、直線性、ダイナミックレンジの点で優れていることがわかっており、試作画像解析装置のセンサーにも冷却CCDを採用しました。 敵は暗電流にありところで、なぜCCDを冷やすのでしょうか。 CCDの感度を制限する主な要因はノイズです。その当時のアマシャムの研究者の見解では、CCDを用いた画像解析装置におけるノイズは以下の6種類でした。
化学発光は光量が少なく、露出時間を長くする必要があります。そのため前述のノイズの中でもCCDの暗電流ノイズが問題になりました。 アマシャムの研究者たちは液体窒素を用いてCCDを-140℃に冷却して実験を行い、サザンブロッティングやオートラジオグラムの画像データ取得に成功しました。また、液体窒素ではなくペルチェ効果を用いてCCDを冷却することも試したところ、一応使えたのですが、ノイズのレベルが高く液体窒素冷却したCCDに比べて見劣りする結果となりました。 CCDの性能が伴わずアマシャムの研究者たちは、こうした冷却CCDを用いた画像解析装置のテストの結果を1990年に報告しました。その後どうなったかというと、筆者が調べた限りではアマシャムは画像解析装置をすぐには市販しなかったようです。1990年の報告には、ビニング(複数の画素を仮想的に1つの画素としてあつかう)によって感度を上げると、ノイズ、ダイナミックレンジの点では有利になりますが、画像の解像度が低下してバンドが近接している場合に分離が困難になったことが記されています。当時のCCDは今日のような百万を超える画素数は実現できておらず、感度をとれば解像度が不足し、解像度をとれば感度が不足するという状況だったようです。 また、暗電流ノイズをさまざまなサンプルで実用的な程度に抑制するには、当時のCCDでは液体窒素を用いた冷却が必要で、実用化には液体窒素を使わずにノイズを抑制できるCCDの開発も必要であるとアマシャムの研究者たちは1990年の報告に記しています。 ECL™の脅威?RIの将来性を悲観したアマシャムの研究者がやや慌てすぎな勢いで開発したのがECL™試薬でしたが、このECL™試薬の出現によりRIを対象とする製品の将来性に不安を感じた人々がいました。RI画像解析装置BASシリーズを開発した富士写真フイルム株式会社(現富士フイルム株式会社。以下、富士写真フイルム)のエンジニアです。 RIを使わないECL™試薬の登場は1991年ですが、それに呼応するかのように1993年からBASシリーズの売り上げが伸び悩むようになりました。本当にECL™試薬の登場によりRIが使われなくなったせいでBASシリーズの勢いが削がれてしまったのかは定かではありませんが(筆者の勝手な憶測ですが、RIによる検出を高い頻度で行っていて予算もある研究室には行き渡ってしまったから、という市場をリードする企業にありがちな状況にも思えるのです)、さらに困ったことに、画像解析装置に硫化物イメージングプレートを採用した他社は可視光の青に近い部分も一応はあつかえたので、1台でRIも化学発光も検出できることを売り文句にしてきました。こうなると富士写真フイルム株式会社としても対応を考えざるを得ません。 まず試したのが既存のBASでもできないか、ということでした。X線を照射して全体を感光させたイメージングプレートに化学発光の光を作用させ、それからBASで読み出すと、化学発光の光を受けた部分のシグナルが抜けたネガフィルムのような像が得られました。ただ、この方法ではダイナミックレンジが狭い上に、イメージングプレートにX線を照射するための設備が必要になり、ラボの脱RIという流れに反しています。 硫化物イメージングプレートももちろん試しました。しかし、硫化物イメージングプレートでの化学発光検出は、理想的な条件ではないので、富士写真フイルムのエンジニアとしては満足な品質の画像データとは言えませんでした。 そうした試行錯誤の末に残ったのが、微弱光の測定用に社内で使っていた冷却CCDカメラでした。そもそも化学発光の光はどのような特性があるのかを調べるために使っていたカメラで、冷却には液体窒素を使う高価な裏面照射型CCDでした。これをそのまま画像解析装置に組み込んでしまうと、とんでもない価格になってしまいます。 そこで、彼らは代わりになるCCDを探すことにしましたが、幸いなことにそれは身近なところにありました。 写真現像システム用パーツの流用品のはずが写真フイルムの国内トップメーカーである富士写真フイルムは、ネガフィルムを現像して印画紙にプリントするシステムであるミニラボの国内トップメーカーでもあり、1990年代前半、このミニラボのデジタル化に取り組んでいました(当時のデジタルカメラはまだ解像度が低く、銀塩フィルム現像のワークフロー改善は写真業界にとって大きな意味がありました)。 CCDでネガフィルムをデータ化することを目指しましたが、市販のCCDに求める性能を満たすものがないため、専用のCCDを自社開発していたのです。 最近ではハニカム構造などいろいろ工夫されていますが、当時、CCDの画素で実際に光を受けとる部分の面積はわずかなものでした。そこで、CCDを少しずつずらして繰り返し検出することで、面積を有効に活用し、130万画素のCCDを使って、その4倍の解像度、520万画素のデジタル画像を取得することができました。 また、印画紙に書き込むレーザーですが、光の三原色のうち赤のレーザーについては十分な性能のものが市販されていましたが、青と緑のレーザーは市販品ではノイズが多く、これらもまたSHG(Second Harmonic Generation)レーザーとして自社開発しました。 ※今回の話には出てきませんが、FLAシリーズにはこの自社開発のSHGレーザーが活かされました。 画像解析装置に用いるCCDを探していたエンジニアたちは、このCCDを流用できないかと考えました。電気泳動ゲルの画像解析という用途であれば、解像度は130万画素でも十分で、むしろ感度の方が問題でしたので、化学発光のような微弱な光の検出能力を高めた改造品をCCDの製造部門に依頼してつくってもらいました。さらにカメラレンズについても検討を加えました。改造CCDの大きさは1インチサイズ(対角長 16 mm) を超えていたため、市販品にはF値の小さな(=明るい)大口径レンズがありませんでした。そこで、これも専用のレンズを新規に開発したのです。一眼レフカメラ用の明るいレンズのF値といえば、F 1.4が代表格ですが、画像解析装置用に開発したレンズはF 0.85となりました(簡単な計算比では、F 1.4レンズの2.7倍の明るさ)。 この改造CCDと大口径レンズを搭載した画像解析装置は、LAS-1000と命名されてライフサイエンスの画像データ解析を大きく前進させることになりますが、だいぶ長くなってしまいましたので、LAS-1000発売までの試行錯誤や、その後の改良については、回を改めたいと思います。 余談ですが、LAS-1000はたいへん好評で、改造品であるはずのCCDが本来のミニラボ用CCDの数倍製造されることになりました。 謝辞本稿の執筆にあたり、山口晃氏(富士フイルム株式会社ライフサイエンス事業部主任技師)、伊神盛志氏(富士フイルム株式会社ライフサイエンス事業部)に多大なるご協力をいただきました。この場を借りて深く感謝申し上げます。 参考文献
お問合せフォーム※日本ポールの他事業部取扱い製品(例: 食品・飲料、半導体、化学/石油/ガス )はこちらより各事業部へお問い合わせください。 お問い合わせありがとうございます。 |
||
© 2024 Cytiva