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生化夜話 第44回:PEGが界面活性剤だと勘違い - 水性ポリマー2相分配

なんで泡立たないの?

水溶液と有機溶媒を混ぜると2相に分離し、それを使って親水性または疎水性の化合物を抽出する手法は化学実験では古くから行われているものの、この方法は生体分子の精製にはあまり向きません。しかし、相分離は水溶液と有機溶媒の間に限らず、水溶液や親水性ポリマーでも生じます。

オランダのマルティヌス・ウィレム・ベイエリンクは、微生物学や植物学で実績のある生物学者で、ウィルスのアイディアを最も早い時期に提唱した一人としても知られています。そんなベイエリンクが、ゼラチンの溶液とアガーの溶液が2相に分離することに気づいて、物理化学的に面白い現象として19世紀の終わり頃に報告しました。

ベイエリンクの存命中に、その報告が注目されることはなかったものの、1940年代に入ってから、他の研究者によってこの現象はある程度調べられました。しかし、この現象が生体分子の分離に役立つには今少しの時間と偶然が必要でした。

頑固な緑色に・・・

ウプサラ大学のペル・オーケ・アルバートソンは、1954年に大学院生としてティセリウスの生化学研究所に加わりました。アルバートソンの指導にあたったホーカン・レイオンは、電子顕微鏡を使って葉緑体を研究していました。その影響でアルバートソンは葉緑体に含まれるピレノイドの構造と機能に関心を抱くようになり、ピレノイドを単離してみることにしました。

その当時、生物を研究するための分離技術として定評のあったのが遠心分離だったからなのか、アルバートソンは分画遠心、密度勾配遠心など、さまざまな遠心分離のテクニックを駆使してピレノイドの単離を試みました。ところが、ピレノイドそのものが不安定であるのに加えて、遠心分離ではピレノイドと他の細胞成分の分離が難しく、1年が過ぎてもピレノイドは単離できませんでした。

悪戦苦闘するアルバートソンに、ティセリウスはクロマトグラフィーを試すようすすめました。

その当時、ティセリウスの研究所で実用化された最新の担体はハイドロキシアパタイトでしたので(Sephadex™が発表されたのは1959年です)、アルバートソンはハイドロキシアパタイトを用いた吸着クロマトグラフィーを試してみました。しかし、細胞や細胞断片の分離ならうまくいったこともあったのですが、葉緑体を単離することはできませんでした。

確かに、ハイドロキシアパタイトカラムで他の成分から分離することはできたのですが、回収できなかったのです。葉緑体はハイドロキシアパタイトに強固に吸着してしまい、溶出用のバッファーを変えてもカラム上部にできた緑色のバンドはそこに居座ったままでした。

葉緑体はサイズが大きいので、単に物理的にカラムの上部に引っかかっているだけかと一縷の望みをかけて、ハイドロキシアパタイトと葉緑体を混合するバッチ法を試してみたこともありましたが、葉緑体はハイドロキシアパタイトに吸着していることがわかっただけでした。

界面活性剤投入!

溶出条件をいろいろ検討していよいよ手詰まりになったアルバートソンは、界面活性剤を試すことにしました。以前読んだ界面活性剤の本でポリエチレングリコールという名前が出てきたのを、アルバートソンは記憶していました。実験室の棚を見ると、そこにはたまたまポリエチレングリコールが。

さっそくポリエチレングリコールと葉緑体が吸着したハイドロキシアパタイトを混ぜてみたアルバートソンはびっくり仰天。クロマトグラフィーのバッファーが高濃度のリン酸を含んでいたためか、ポリエチレングリコールは別個の相を形成しました。それまで何をしても緑色のままだったハイドロキシアパタイトが白くなり、ポリエチレングリコール相が見事な緑色になっていました。

界面活性剤ではないの?

その成果を吹聴していて誰かに指摘されたのか、後日アルバートソンはポリエチレングリコールが界面活性剤ではないことを知りました。調べてみれば、ポリエチレングリコールは界面活性剤の製造に使われているだけでした。どうやらその部分の本の記述を誤って覚えていたようです。

夜話筆者のひとりごと:アルバートソンが界面活性剤について正確に記憶していたら、どんなことが起こったのでしょうか。

この結果に気を良くしたのか、アルバートソンはリン酸カリウムとポリエチレングリコールの組合せで、微生物や細胞壁などを単離し、その結果を1956年のスウェーデン生化学会とNatureで発表しました。

実は、この発表の準備をするまで、アルバートソンは2相分配が化学では以前から知られていたということに気づいていなかったようです。アルバートソンの論文では、現象の理論的解釈にかなりの紙面を割いているのは、そうした先行研究があったために、単に単離できたという報告では掲載されなかったからかもしれません。

ただ、リン酸カリウムとポリエチレングリコールの組合せで論文は出せたものの、リン酸濃度がたいへん高いため、そこがあまり生理学的な環境のように感じられず、アルバートソンはそこが不満でした。

もっと穏やかな環境での分離を模索していたアルバートソンは、ポリエチレングリコールが親水性のポリマーなので、もう一方のリン酸カリウムも別種の親水性ポリマーに置き換え可能ではないかと考えました。そこで、ティセリウスの研究所で開発され、ファルマシアが商品化していたデキストランを試してみました。この水性ポリマー2相分配は、それまでのリン酸カリウムとポリエチレングリコールの系よりも穏やかな環境で良好な結果を示しました。

その後、アルバートソンは、ポリマーのタイプや濃度、分子量、分離したい粒子の濃度などのパラメーターが分離にどう影響するのかを調べあげたり、2相分配でのタンパク質の挙動とコントロールを研究したりと、2相分配の基礎的な性質の研究を行い、また、その当時の実験に使われていたクレイグ式の分配装置では時間がかかるため短時間で分配実験ができる装置の開発にも取り組みました。

アルバートソンが基礎を固めた水性ポリマー2相分配は、最近ではあまりラボスケールの分離・精製で使われることはなくなりましたが、その当時はさまざまな場面で使われました。例えば、スタンフォード大学の岡崎恒子とアーサー・コーンバーグは、枯草菌のDNAポリメラーゼを抽出する過程でデキストランとポリエチレングリコールの2相分配を行う際に、たまたまコーンバーグの研究室に短期間滞在していたアルバートソンの助けを借りています。ちなみに、岡崎恒子は岡崎フラグメントの発見で有名な岡崎夫妻の一人です。

ところで、最初の目的は?

なお、アルバートソンの当初の目的だったピレノイドはどうなったかというと、1990年の時点でアルバートソンがその当時を振り返った際には、まだ単離できていないと述べています。

参考文献

  • Albertsson P.-Å., Partition of proteins in liquid polymer - polymer two-phase systems, Nature, vol. 182, no. 4637, 681-700 (1958)
  • Albertsson P.-Å. and Frick G., Partition of virus particles in a liquid two-phase system, Biochimica et biophysica acta, vol. 37, no. 2, 230-237 (1960)
  • Okazaki T. and Kornberg A., Enzymatic Synthesis of Deoxyribonucleic Acid: XV. Purification and properties of a polymerase from Bacillus subtilis, Journal of Biological Chemistry, vol. 239, no. 1, 259-268 (1964)
  • Johansson G., Hartman A. and Albertsson P.-Å., Partition of proteins in two-phase systems containing charged poly(ethylene glycol), European Journal of Biochemistry, vol. 33, no. 2, 379-386 (1973)
  • Albertsson P.-Å., History of aqueous polymer two-phase partition, Partitioning in aqueous two phase systems, theory, methods, uses and application to biotechnology, 1-10, Academic Press (1985)
  • Albertsson P.-Å., Citation Classic, Current Contents, no. 43, 22 (1990)
  • Hatti-Kaul R., Aqueous two-phase systems. A general overview, Molecular biotechnology, vol. 19, no. 3, 269-77 (2001)

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