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生化夜話 第49回 pETのETは何?pGEXについている数字の意味は? - 細菌用発現ベクターこの数回、生化学の研究内容についての話が続きましたので、久しぶりに研究用ツールのお話をしようかと思います。 シティオブホープ研究所の板倉啓壹たちがソマトスタチンとβ-ガラクトシダーゼ(lacZ)の融合タンパク質の発現を1977年に報告し、続いて1979年にデイヴィッド・ゴーデルや板倉たちがヒトインスリンの発現も報告しました。 1980年代に入ると、大腸菌で外来の遺伝子を発現させるための発現ベクターが多数開発されました。 初期の主流はlacZとの融合タンパク質を発現させるものでした。板倉たちの研究ではlacZが入っていないpBR322を出発材料にしていましたので、lacZを持つベクターなら目的のDNA断片をクローニングサイトに挿入するだけで使えますので便利です。 こうしたベクターをいくつかピックアップしてご紹介します。 lacで楽をするためのベクターたちlacZとの融合タンパク質をつくる初期の発現ベクターでよく使われたものの1つに、1983年に報告されたpURシリーズがあります。 開発したのはウルリッヒ・リュターとベンノ・ミュラー=ヒルです。ちなみに、ミュラー=ヒルはラクトースオペロンの研究で、クローニングもない1960年代にlacリプレッサーを部分的に精製したことで知られています。 1980年代初頭における真核生物遺伝子解析の流れは、mRNAの単離からはじまり、それをテンプレートにcDNAを合成、クローニングして塩基配列を決定し・・・となっていました。クローンは主にHybrid selected translationを用いてスクリーニングしていましたが、mRNAの量が少ない、つまり目的遺伝子が少量しか発現していない場合には実用的ではありませんでした。 目的タンパク質のアミノ酸配列から対応するオリゴDNAを合成して、コロニーハイブリダイゼーションでスクリーニングする、という方法もとられるようになりました。しかし、この方法の場合、部分的にでもアミノ酸配列を知らなければならないので、タンパク質を精製する必要がありました。また、遺伝コードの縮重を考えると、例えばグルタミン酸を表すだけでもGAA、GAGの2種類のオリゴDNAになってしまうように、かなりの種類のDNAプローブが必要になってしまいます。 そこで、塩基配列が未知の遺伝子のクローンを同定するために使われるようになったのがイムノアッセイで、cDNAをクローニングして大腸菌で発現させ、目的遺伝子産物に対する抗体で同定する方法でした。 リュターたちの発現ベクターは、当初は目的遺伝子のフラグメントをlacZのN末端、つまり上流側に結合させるものでした。このベクターを用いた研究で、ニワトリのリゾチームをコードするexonを見つけることができました。 さて、このベクターにcDNAを丸ごと入れたらどうなるでしょう?cDNAに含まれる終止コドンでタンパク質の生合成が止まってしまい、lacZとの融合遺伝子になりませんね。 そこで、リュターたちはcDNAの発現用に、lacZのC末端側に目的のDNAを挿入するベクター、pURを構築しました。ベクターの種類と制限酵素サイトを適切に選べば、さまざまな遺伝子の融合タンパク質をつくることができ好評でした。 ちなみに、pURの名前を遡ってゆくと少し前、1980年のベクター構築の論文にたどり着きました。そこで、pURのURが何なのか明言はされていませんが、1980年の論文はウルリッヒ・リュターの単著ですので、彼のイニシャルではないかと筆者は推測しています。 同時期にキース・スタンリーとジョン・ポール・ルジオが、やはり大腸菌で発現さえて抗体で同定することを目的とした発現ベクターを構築しました。彼らが開発したpEXシリーズは、バクテリオファージのλPRプロモーターを使って発現させ、終結シグナルをはじめ挿入したDNA断片の転写や翻訳に必要なシグナルも組み込まれているのが特長でした。 pEXという名前から、GST融合タンパク質を発現させるための某人気ベクターとの関係を期待して調べた筆者でしたが(pEXにGを足すと・・・)、調べた限りにおいては特に関係はないようです。 それはともかく、見るからに発現ベクターという感じを受けるEXなどという名前をつけられるところは、名前を自由に選べる先駆者の特権というところでしょうか。 そのままがいいlacZとの融合タンパク質をつくる発現ベクターが開発される一方で、融合させずにインタクトなタンパク質を発現させるベクターの開発も行われていました。 もちろん、可用性や安定性が高まるなどlacZと融合することで得られる利点はなくなりますが、そのままのアミノ酸配列のタンパク質を発現させられるのは魅力です。 原理上は、よく制御されたプロモーターとリボソームの結合サイトがあれば、タンパク質を発現させることはできます。 従って、真核生物の遺伝子の場合、プロモーターと原核生物のリボソームが結合するサイトをベクター上に用意する必要があります。プロモーターには、λpL、trp-lac、T7プロモーターなどが使われました。 なお、T7プロモーターは、バクテリオファージT7(以下T7)が溶原と溶菌の2つのサイクルで増殖することを利用するためのプロモーターでした。溶原サイクルでは宿主を害さないよう、溶菌に関する機能は抑制されています。溶原と溶菌の切り替えをうまく使えば、宿主となる大腸菌に有害な遺伝子でも、とりあえずクローニングして後で発現させることができます。ちなみに、この用途のベクターはpKC30でした。 また、真核生物と原核生物では転写・翻訳の開始シグナルが異なることに着目し、開始コドン入りのベクターを構築した研究者もいました。 ペットではなくパーだったスタンリー・テイバーとチャールズ・リチャードソンは、バクテリオファージT7の別の性質に目をつけ、発現ベクターへの組み込みを試みました。 T7の遺伝子の多くはファージのゲノムにコードされたRNAポリメラーゼによって転写されます。RNAポリメラーゼもT7プロモーターによって特異的に制御されているという性質もありました。また、T7 RNAポリメラーゼは、大腸菌のRNAポリメラーゼの5倍ほどの速さで合成することができるという大量発現向きの特徴もありました。 なかなか発現ベクターに向いた性質のように思えますが、問題は、元々大腸菌にないT7 RNAポリメラーゼをどうやって持ち込むかというところで、発現させたい遺伝子を挿入する発現用ベクターとは別にT7 RNAポリメラーゼをコードしたベクターも併用することにしました。 さらに、T7 RNAポリメラーゼの発現量が少ないことも悩みの種でした。溶原サイクルではT7に感染した細胞に含まれるタンパク質の0.1%を占める程度にしかRNAポリメラーゼが発現しません。 テイバーとリチャードソンは、λpLプロモーターを使ってT7 RNAポリメラーゼの発現を制御するベクターを構築し、可用性タンパク質の20%に相当するところまでRNAポリメラーゼの発現を効率化できました。 ウィリアム・スタディエとバーバラ・モファットも、同様のアプローチでT7 RNAポリメラーゼを活用しようとし、テイバーとリチャードソンの報告の翌年、1986年に結果を報告しました。DEまたはCEというT7 RNAポリメラーゼをコードしたベクターと、pBR322を元にしたpARという目的遺伝子を挿入するベクターの2つで構成された系でした。 その後、スタディエのグループで、さまざまな制御因子を組み込みつつ、それらを除去して新しい発現ベクターを容易に構築できるようにした改良型発現ベクターを構築し、1987年に報告しました。この1987年の論文で、plasmid for Expression by T7 RNA Polymerase、pETという名前が初めて使用されました。 変性は困りものこうして大腸菌で異種タンパク質を発現させるためのベクターはいろいろ開発されましたが、精製に難がありました。 lacZとの融合タンパク質の場合は、基質との親和性や、β-ガラクトシダーゼを認識する抗体を用いたクロマトグラフィーで精製できます。またprotein Aとの融合タンパク質をつくるベクターもありましたが、これはIgG-Sepharose™を用いたアフィニティークロマトグラフィーで精製するのが普通でした。 これらの精製法では、変性剤を使用しますので、せっかくタンパク質を精製しても、構造や機能が失われている可能性がありました。 そこで、ドナルド・スミスとケヴィン・ジョンソンは、マイルドな条件で精製できるGST融合タンパク質を発現するベクターの構築に取組みました。そして、pGEX-1、pGEX-2T、pGEX-3Xという3つのベクターを構築し、1988年に報告しました。 なお、1、2T、3Xの数字は読み枠のずれを、数字の後のT、Xは切断認識サイトとしてトロンビンとfactor Xaのどちらのための配列を入れているか、を示しています。 さらに、1992年にウィリアム・ケラン・ジュニアをはじめとするグループが、キナーゼによるリン酸化で32P修飾するためのcAMP依存性タンパク質キナーゼのペプチド認識配列をpGEX-2Tに組み込み、今のpGEXベクターの基本形ができあがりました。 その後、切断酵素にPreScission™ Proteaseを使えるようにしたり、pGEX-3Xを改変したpGEX-5Xシリーズができたりと改良を加えられて今日に至っています。 参考文献
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