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生化夜話 最終話:夜話の裏話、作者の願い

長年のご愛読ありがとうございました。
夜話挿絵の名優たちと筆者(右端)

2005年春の細胞夜話連載開始から数えれば8年以上続いてきた夜話シリーズも、ここで一区切りします。筆者の駄文に長年お付き合いいただき、誠にありがとうございました。

夜話シリーズの最終回にあたり、夜話の裏話や連載を通じて願っていたことなどを書き残しておこうかと思います。

夜話の裏話

弊社の社員がお客さまとのお話で夜話が話題になった場合に、興味をお持ちになるのは「作者は何者?」「どうやって調べているの?」という点のようですので、まずはここから。

作者について

引退したベテランの先生が書いていると想像している方もいらっしゃったようですが、分子生物学が広まってきた1975年の生まれです。作中で冷戦華やかなりし頃の情勢を語っていることもありますが、自身の記憶ではありません。

高校時代の成績は、生物をはじめとした理系科目よりも、地理や日本史などの方がよかったです。ですので、好みという点では歴史家になりたかったのですが、食っていくのは難しそうだなと思い、理科系科目の中では成績がよかった生物系に進みました。

「歴史家になりたかったのになあ」とぼやきつつも、大学院ではミトコンドリアゲノムのシークエンス解析をやっていました。そのため大腸菌の培養だけは経験があります。しかし、細胞夜話で取り上げた多種多様な細胞や細菌を自分の手であつかったことはありません。また、ゲノミクス専門でしたので、タンパク質の精製や電気泳動も自分の手で行ったことはありません。

ただ、大学院時代の研究室は人数が少なく頻繁に論文紹介の当番が回ってきたため、英語の論文を読むスピードについてはかなり鍛えられました。枚数ではなくセンチメートルで数えた方がよさそうな論文の束を毎月積み上げても何とかなったのは、大学院時代のトレーニングのおかげかと思います。

文章について

誰でもそうだと思いますが、今まで読んだ本に影響を受けている部分が大きいかと思います。さまざまな分野の本を乱読していますが、その中でも影響があったかと思うものをいくつかピックアップしてみます。

  • ラヴクラフト全集(大西尹明訳):20世紀はじめに活躍したSFホラー作家ハワード・フィリップ・ラヴクラフトの作品は異なる訳者により何度か日本語化されていますが、このシリーズは装飾的で古風な言い回しが特徴的です。
  • 佐藤大輔の作品いろいろ:硬派な表現が特徴的な仮想戦記作家です。歴史を改変したいポイントよりも大きく時代をさかのぼって歴史をいじりはじめるという手法は、重要な研究や発見にいたる前史に重きを置く夜話シリーズの構成に大きく影響していると思います。また、舞台裏を語ったエッセイ集にも影響を受けたかなと思います。
  • ファウスト:ゲーテの名作です。メフィストフェレスや本編前の序文に出てくる道化の語り方が気に入っています。
  • ヨーゼフ・ゲッベルスに関するいろいろ:言わずと知れた第三帝国の宣伝マンです。彼の本来のプロパガンダに関する考え方は、対象者の知的水準が高い場合は政治臭が強いものは効果的ではなく、楽しめる娯楽作品の中に主張を挿入すべし、というものだったようです(特に映画についてはその考えが強く出ていました)。読んで楽しいことが大前提、という夜話シリーズのコンセプトの起源です。
  • 生化学(丸山工作、裳華房):大学の生化学の講義で使われていた教科書で、はじめて生化学という分野に触れた本です。入門者向けの配慮かと思いますが、本文中の人名はすべてカタカナ表記です。夜話シリーズの人名表記の方針は、この本を踏襲しています。

昔の話の調べ方

日本語版のWikipediaは生化学や細胞についての記述はあまり豊富ではありませんが、英語版のWikipediaは調査の出発点としてよく利用しています。といっても、これまでの経験上、論文を読んでみるとWikipediaに記載されている解釈に疑問を感じることも一度ではありませんので、調査の足掛かりになる論文を見つけるのがその用途です。原著論文が挙げられていないこともよくありますが、多くの場合、そこに挙げられている論文からリファレンスをたどって原著論文に到達できます。

Wikipedia作戦が使えない場合、PubMedで検索して、年代の古い論文からタイトルを見て、研究手法に関するトピックの場合は新手法や既存手法の改善を提案するタイトルの論文、細胞や細菌の場合は単離や樹立をタイトルにしている論文を読んでみます。すると、原著論文そのもの、そうでなくても原著論文へのリファレンスは得られます。

しかし、化学や生化学の古い研究はPubMedやWikipediaには出てこないことも多く、そのような場合は、Google™で地道に検索します。

原著論文の著者名で検索すると著者自身による回顧や、故人である場合は追悼記事が見つかることが多く、そうした記事は裏話の宝庫です。

また、原著論文のイントロには、その研究にいたる過去の研究や背景が記されていることが多く、ここに記載されているリファレンスの収集も実り多いものでした。

原著論文の評価や価値を知るためには、その後の概説記事も、もちろん重要な情報源でした。

こうして、積み上げた論文を読みながらメモを取ってゆき、そのメモを後で時系列順に再構成し、ストーリーに仕立てたものが夜話シリーズです。

ただ、公開されている論文だけでは情報が十分でないこともあり、そうした場合は論文著者に電子メールでインタビューしたこともあります(常勤でない場合でも、大学や公的な研究所に籍がある場合は、研究テーマとともに連絡先が公開されていることが多いので、直接連絡が可能なのです)。しっかり論文を読み、そのうえで「この点が分かりません」「この背景を教えてください」と問いかけると、ほとんどの場合たいへん丁寧に教えてもらえました。

夜話シリーズを書いていてうれしかったできごと

最近ではいろいろと活用されていますが、途中のある時期まで夜話シリーズについての社内での評判はあまり芳しくなく、「時間をつかいすぎ」「もっと回数減らしたら?」「夜話書けるって、評価の対象じゃないよ」など、いろいろ言われたこともありました。それでも挫けずに続けられたのは、社外に強力な味方、読者の皆さまがいたからです。ここで、いくつかうれしいエピソードをご紹介します。

細胞夜話出版

3年ほど続けた細胞夜話を一区切りした際に、読者の皆さまからのコメントを募集しました。筆者自身を含めて、社内の誰もがこれほど来るとは思っていない数のコメントをいただきました。中でも出版のご希望を多数いただき、その結果として細胞夜話はめでたく書籍化することができました。

また、この時にコメントをくださった方の中に、今でも定期的に夜話シリーズへの感想をお寄せくださる方や、オンライン書店のWebページに書評を書いてくださった方もいらっしゃいます。本当にありがたいことです。

夜話、教材になる

ある大学では、学部の1、2年生向けの読書ゼミで、夜話シリーズをお使いいただいています。その取り組みは新聞でも紹介され、担当の先生にその記事を見せていただきました。古典や名作の間に挟まれた細胞夜話の名前を見たとき、うれしいやら恥ずかしいやら・・・。

その新聞記事や大学のシラバスのコピーは、大事な記念品です。

サイン

ある朝、出社してみると、私の机に某製薬会社の分厚い封筒が。その中には、サインがほしいというお便りとともに細胞夜話の本が。さっそく慣れない手つきでサインをお入れし、生化夜話の冊子も加えてお送りしました。

夜話執筆へのご協力(1)

ある大学の先生から、こんな話があるよ、とお便りをいただきました。そのお便りをきっかけに調査を開始しましたが、その過程で近隣では手に入らない資料がいくつかありました。しかし、お便りをくださった先生が、かわりに資料を入手してくださいました。

夜話執筆へのご協力(2)

ある調味料の製法に関わる手法の回では、たまたまその調味料のメーカーに筆者の知人が勤務していましたので、協力を依頼し研究・開発に携わる方から話を聞いてもらいました。

夜話執筆へのご協力(3)

たいへん古い電気泳動装置の現況の調査にあたった際には、その装置をかつて管理されていた先生にご連絡し、その先生から現在管理されている先生をご紹介いただきました。最終的には、現在は博物館に展示されていることが判明し、その写真を撮ることができました。

その他、夜話の舞台裏

○○夜話

2005年春、細胞に関する昔話を連載することにした筆者は、そのシリーズ名を何にするか悩んでいました。そこでふと思い出したのが、当時筆者が読んでいたBSD Magazineというコンピューター雑誌です。その中に、「焼肉屋夜話」という連載がありました。コンピューター雑誌ですので、焼肉屋のルーツを語っているわけではなく、経験豊富な開発者が焼肉を食べながら昔話をしたり新技術の批評をしたりという内容でした。そこから細胞夜話という名前をひねり出したのでした。

挿絵のキャラクターについて

細胞夜話の途中から挿絵に登場している髭面のキャラクターにはモデルが存在します。細胞夜話連載当初はもう少しマジメな、そしてちょっとクールな雰囲気の絵を入れていましたが、挿絵画家の交代があり、画風の違う方に無理に真似してもらうよりは、と大幅な変更を決断しました。

そこで、筆者のお気に入り3コマ漫画ディルバートに登場するエルボニア人をモデルにキャラクターを考案しました。エルボニア人は、ディルバートでもあまり賢明とはいえないキャラクターですので、夜話シリーズの彼もあまりスマートではありません。

各話のタイトルや小見出し

内容に即して設定していることも多々ありますが、既存の小説や映画などのタイトルのパロディもたくさんあります。中でも、ラヴクラフトの作品タイトルのパロディはよく使っています。

ラヴクラフト 夜話
未知なるカダスを夢に求めて 未知なる燃料を芋に求めて
ピックマンのモデル スヴェドベリのモデル
異次元の色彩 異文化の色彩

ラヴクラフトに限らず他にもいろいろありますので、お暇なときに探してみてください。

筆者が願っていたこと、そして皆さまへのお願い

何をお伝えするにしても、まずは面白いことが大前提であると思い、表向きは「研究者に飲み会の余談のネタを提供する」ことを夜話シリーズのコンセプトとして掲げました。しかし、もうちょっとマジメなことも考えてはいましたので、最後にそれをご紹介し、今後に向けて皆さまへのお願いをして締めくくります。

サイエンスコミュニケーションの一つの形としてのクロノロジー

これについては、細胞夜話を一区切りした際にも書いていますので、ここで改めて長文を弄することしませんが、これから科学の道へ進むかもしれない方々に向けた、気持を盛り上げるようなサイエンスコミュニケーションが、もっとあってもよいのではないかと思います。その一つの形として、今使っている細胞や手法がどのようにできているのかがわかるクロノロジーをお届けしてきました。

皆さまへのお願い:その1、活用エピソード募集!

前述のように、ある大学では、学部1、2年生向け読書ゼミの教材として、細胞夜話を使ってくださっています。夜話シリーズを教育活動に活用されたことがありましたら、その方法やエピソードなど、ぜひお聞かせください。

また、夜話シリーズを読んだことが、ご自身の専攻に生物学や生化学を選んだきっかけになった方がいらっしゃいましたら、ぜひお聞かせください。

論文には出ない試行錯誤の記録

研究機器や試薬メーカーのWebに研究者の皆さまがどのような期待をされているのか、どのようなサービスがあると研究がはかどると考えていらっしゃるのか、そういったことをうかがいに、その当時のバイオダイレクトメール編集長<沖>と手分けして研究室を訪問して回ったことがありました。

その折に、Webの話とは関係ないけれど、と前置きしてある先生が語ってくださったのが、現代生化学を築いてきた先生方が定年を迎えつつあり、論文には書いていないノウハウや研究の進め方などが失われてしまうのではないかという危機感でした。

そこで、夜話シリーズで論文著者インタビューの機会がある場合は、その研究の着想をどのように得たのか、どんな苦労があったのか、などもうかがうようにしていました。夜話シリーズを通じて、先人の試行錯誤の一端でも感じていただけたら幸いです。

皆さまへのお願い:その2、次はあなたの番です!

「研究成果よりも、そこにいたる人の活動に重きを置いたWebで読めるクロノロジー」というのは、細胞夜話連載当時においては希少でした。しかし、夜話シリーズを続けてきた感覚では、人の活動としての研究をあつかった物語は、広く受け入れられる素地があると感じています。そこで、研究の成果は論文としてまとめられることになると思いますが、それと並行して、ご自身の研究のアイディアはどのように得たのか、どのような困難があり、それをどうやって乗り越えたのか、そんなサイドストーリーをぜひ何かの形で残してください。研究分野にも流行はありますし、科学的知見はどんどん新しくなってゆくものです。しかし、既知の事実や観察を基に仮説を立て、その仮説を証明するための実験系を考え、実験を行い、そして結果をもとに考察するという流れは、今後も変わらないはずです。その研究という人間の活動がどのように成されたのか、そうした話は、研究成果とは別に後世の誰かの役に立つはずです。

科学研究も美術や文学と同様にそれを成し遂げた者の人間性が大きく反映される、大変創造的な仕事だと信じたアルヌ・ウィルヘルム・ティセリウスの手になる電気泳動についての回想には、研究結果にいたる試行錯誤を後世に残すことの重要性が記されています。筆者の大好きな文献の1つです。
Tiselius A., Reflection from both sides of the counter, Annual review of biochemistry, vol. 37, 1-24 (1968)

パソコンさえあれば電子書籍を自分でつくって配布できる時代になりましたし、Webやブログもあります。ぜひ、皆さまの研究の足跡を、西暦2100年の誰かのための贈り物として残してください。

○○探日録を書いてみましょう

「夜話」という、ちょっと日陰ものっぽいタイトルで続いてきましたが、そろそろ日のあたるところに出てもよいかと思います。というわけで、名前を変えましょう。究の々の記、という意味でシリーズ名は「○○探日録」にします。○○には何を入れていただいてもよいですが、せっかくの機会ですから、ご自身のお名前を入れてみてはいかがでしょうか。例えば、筆者の場合でしたら「藤元宏和探日録」という具合です。

書き方の大枠は

  1. それまでに誰が、どのような研究をしていたのか。そして、その過去の積み重ねのうえに、どのような研究をしようとしたのか(この部分は、論文のIntroductionをもっと詳しく書いていただければよいと思います)
  2. どうして1に記述した研究を思いついたのか、発想のポイントやきっかけ
  3. 研究を行ううえで遭遇した困難、間違い、失敗、偶然など
  4. 3で記述したできごとに対して、何を考え、どのように対応したのか

でいかがでしょうか。

いつの日か、たくさんの探日録を見られることを願いつつ、藤元版の夜話シリーズはここで閉幕といたします。

たくさんの探日録が見られる日を夢見て
2013年12月


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