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生化夜話 第16回:大盛りだったので、、、1967年、フランスのギュスターヴ・ルシー研究所のジャン・ベルナール・ル・ペックが、エチジウムブロマイドと核酸が形成する複合体の蛍光に関する研究結果を発表しました。その論文の冒頭で、ル・ペックはエチジウムブロマイドなる化合物について、若干の説明をしています。 エチジウムブロマイドは本来は抗トリパノソーマ剤で、近年の研究から一部のウイルスに対しても増殖抑制効果があり、核酸合成を阻害し、核酸と相互作用することが明らかになっている。 過去の研究事例を紹介する比較的あっさりしたイントロの中で、ル・ペック自身がどうしてエチジウムブロマイドを選んだのかについては説明していません。実は、ル・ペックがエチジウムブロマイドを材料にしたのは偶然で、わざわざ説明するような高邁な理由がないからなのでした。 もとは家畜用の抗生物質1930年代後半に窒素を含む六員複素環式化合物であるフェナントリジンが抗トリパノソーマ剤として使えることが示され、さまざまな誘導体が開発されました。エチジウムブロマイドは、そうした誘導体の開発から生まれた物質の一つで、やはり抗トリパノソーマ剤として使われていました。 フェナントリジン誘導体をあつかっていたイギリスのBoots Pure Drugに勤めるディッキンソンが、フェナントリジン誘導体を使ってバクテリオファージの増殖を抑えられることを1952年に報告しました。このときの研究で、遊離ファージを直接不活性化しているのではなさそうだ、ということも示されました。 翌1953年、ディッキンソンは23種類のフェナントリジン誘導体を使った実験結果を報告しました。この研究では化合物を構造で分類し、ウイルスや宿主への影響を比較しています。 別の研究者によるフェナントリジン誘導体の研究で、抗トリパノソーマ剤としての効果は、構造と相関性があるということが示されていました(効果のある化合物の一つとしてエチジウムブロマイドも挙げられています)。ディッキンソンも1953年の研究で、同様にこの構造が抗ウイルス活性をもつのだ、と示したかったのではないかと思います。しかし、残念ながら構造と効果の相関は認められず、よくわからない結果に終わりました。 どうしてフェナントリジン誘導体に抗トリパノソーマ剤としての効果があるのかについては、ディミジウムブロマイド存在下で多核のトリパノソーマが多く観察されることから分裂を妨げているとする研究者や、生化学分析の結果からリボヌクレオタンパク質をRNAとタンパク質に分離しているとする研究者もいましたが、1950年代前半までの研究ではあまり調べられていませんでした。 流行に乗って1957年、ケンブリッジ大学のニュートンが、フェナントリジンの作用機序と題して、フェナントリジンの一つであるエチジウムブロマイドによる細胞分裂と核酸合成への影響を調査した結果を発表しました。この研究から、エチジウムブロマイドはリボヌクレオタンパク質ではなく、核酸の代謝に影響を与えていることがわかりました。 それから少し時間が経って1960年代、ジョージ・ワシントン大学のトムチックとマンデルが、大腸菌とセレウス菌を使って、エチジウムブロマイドの感受性の違いを生化学的に検討しました。1964年に発表された結果では、大腸菌では、RNA合成、タンパク質合成にはほとんど影響はなく、DNA合成が阻害され、セレウス菌ではDNA合成とRNA合成の両方が阻害されるという結果になりました。彼らはエチジウムブロマイドがDNAと複合体を形成し、核酸の合成を阻害しているのではないかと推測しました。 その1964年の論文の片隅に「電気泳動の移動度がエチジウムブロマイドと等しく、蛍光を発する化合物」が見られたとの記述があります。ここをもっと追究していれば、核酸研究の現場に革新を起こすツールの発見につながったはずなのですが、その事実の記載のみに終わっています。 今日でも研究に流行があるように、この時期、抗生物質と核酸の相互作用を調べる研究が流行していました。上記のように代謝への影響を調べるものから、抗生物質と核酸が結合する際の塩基特異性を調べるものまで、いろいろでした。医学、薬学的な目的の研究も多いのですが、核酸を研究するための生化学的ツールにならないかという期待も少なからずあったようです。 特によく研究されていたのは殺菌作用をもつアクリジンで、変異原性があることやDNAと結合することなどが示されていました。エチジウムブロマイドを含むフェナントリジンは、その頃多数研究されていた抗生物質の一つという位置づけでした。 流行に乗るつもりが前述のル・ペックは、何か新しいものを作ってやろうという野心的な思いを抱いていたのではなく、医薬品や生理活性物質にもアクリジンと同じようなDNAと結合する構造があるかどうか調べたら面白そうだ、という軽い気持ちでその当時流行していた抗生物質の研究に手を出しました。 いろいろと論文を読んでみると、抗トリパノソーマ剤のフェナントリジンが核酸の代謝を阻害すると書いてあります。フェナントリジンを研究材料にすることに決めると、ル・ペックはディッキンソンに彼が使ったフェナントリジンのサンプルを分けてくれるよう頼みました。 ディッキンソンからさまざまな誘導体のサンプルが送られてきましたが、その量は誘導体によりまちまちでした。さて、こんな時はどうするでしょう。やはり、実験に失敗したときのことを考えて、まずは量の多いものを使ってみるのではないでしょうか。ル・ペックもサンプルの中で一番量の多いものを手に取りました。エチジウムブロマイドをサンプルとして選んだ理由はこれだけです。 量だけで選んだこのサンプルは、結論から言うと大当たりでした。 DNAとエチジウムブロマイドを混ぜて複合体ができるかどうか、差スペクトル分光光度計で観察するというシンプルな実験を繰り返していたある日、エチジウムブロマイド-DNA溶液のボトルが少し光っているように感じました。DNAと結合したエチジウムブロマイドが蛍光を発するか気になったル・ペックは、早速DNA入りのエチジウムブロマイド溶液と、DNAなしのエチジウムブロマイド溶液のボトルを用意し、蛍光光度計のビームに当ててみました。 DNAなしの溶液は光っているのかどうか肉眼ではわからなかったのですが、DNA入りの溶液は、あのお馴染みのオレンジ色に輝きました。ル・ペックは、その日のうちに定量的な蛍光測定の実験を開始し、塩濃度やpH、DNAのGC含量などがどう影響するかまで調べ上げ、その結果をめでたく1967年に公表することができました。 お隣さんから世界へその後、ル・ペックはポスドクでカリフォルニアの研究所に移りました。ル・ペックの隣の研究室に、バウアーとヴィノグラッドという二人組がいました。後年、ル・ペックが述べているところによると、エチジウムブロマイドがここまで世界に広まったのは、彼らの研究によるところが大きいそうです。 彼らは、DNAの巻き戻しを研究するために、二本鎖の間に入る(インターカレーションする)色素を探していました。その当時、理論研究からDNAに色素がインターカレーションすると、らせんが色素一分子あたり12°巻き戻るとする説が有力になっていましたが、36°という説もありました。 ル・ペックは二人にエチジウムブロマイドを紹介し、それを用いた研究で巻き戻りが12°であることが確かめられました。こうしてエチジウムブロマイドのインターカレーションでDNAが巻き戻ることが確かめられると、エチジウムブロマイドはセシウム密度勾配遠心で閉環状DNAを調製する試薬として急速に広まりました。(無傷のプラスミドなどの閉環状DNAに比べて、二本鎖の一方に切れ目(ニック)が入った環状DNAや直鎖状DNAはエチジウムブロマイドが入りやすいためよく巻き戻ります。巻き戻ると分子が占める空間が大きくなるため、密度が下がります。これを利用して閉環状DNAを遠心で調製します。) 参考文献
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