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生化夜話 第19回:実は古くからある技術? - バイオセンサー最初のバイオセンサー?ビーカーの透明な液体の中にマウスがいて、その液体の上には水の層があって魚が泳いでいる。そんな写真が世に出回ったことがありました。それは、何かのトリックや偽造写真ではなく、液体呼吸という技術のデモでした。マウスは下層の透明な液体、フルオロカーボンに大量に溶け込んだ酸素を肺から取り込んで生きていたのです。 この実験をやった人物、リーランド・クラークは、この一件で有名になりましたが、元はホルモンを研究していました。 自分の代わりに酸素電極クラークは大学では化学を専攻していましたが、ごく微量であるにも関わらず、体に大きな変化を引き起こすホルモンに魅力を感じ生理学の道に入ってゆきました。その後、職を得たオハイオ州のフェルズ研究所でも、血中のホルモンやビタミンの定量法を研究していました。 ところがある日、心臓の手術などの際に一時的に血液の循環やガス交換などを肩代わりする人工心肺を、同じ研究所内のグループが開発していると聞きました。それを聞いたクラークは自分でもひと工夫した人工心肺をつくってみました。 クラークの人工心肺は問題なく使用でき、特に、完全に分解して滅菌できるところが好評でしたが、手術器具夜話ではないので詳細は割愛します。 ところで、人工心肺は血液のガス交換もしなければなりませんので、当然、使用中は適切な濃度の酸素を血液に混ぜる機能が欠かせません。クラークの人工心肺には、とても素敵な光学式酸素濃度センサーが付属しており、酸素濃度をチェックしていました。そのセンサーは、リーランド・クラーク型アイボールセンサーとでも言うべきでしょうか、クラーク本人でした。熟練した生理学者であるクラークは、血液の色で酸素濃度を判断できたのです。 とは言うものの、自分がいないと使えない装置のままでは困りますので、クラークは酸素濃度を測定する方法を考えました。プラチナ電極で酸素を還元することで酸素濃度を測定できるはず、と思ってやってみると、生理食塩水では成功しましたが、血液ではうまくいきませんでした。血球やタンパク質が電極のまわりに溜まってしまい、電極に酸素が届かなくなるのです。 その対策として、クラークは半透膜で電極を包むことを思いつきました。結果は良好で、この電極はクラーク電極、クラーク式酸素電極といった名前で呼ばれるようになりますが、クラークの手による試作品を包んでいた半透膜はというと、タバコの箱を包んでいたセロハンでした。 手段と目的を逆転させてみたら電極の調整の際、グルコースの溶液にグルコースオキシダーゼを反応させて酸素を消費させていました。クラークは、この方法を使ってグルコースを検出できるのではないかと思いつきました。早速、グルコースオキシダーゼを電極に固定した試作品を製作し、試してみたところ、予想通りグルコース濃度の低下に比例して酸素のシグナルも下がりました。1960年代のこのできごとが、生体分子を使ったセンサー、バイオセンサーのはじまり、ということになっています。 その後、クラークはBiosensors & Bioelectronics誌の創刊に携わり、編集委員会で長く活躍しました。 変化を「見る」:光学系バイオセンサークラークのバイオセンサーは生体分子による反応を電気的に測定することで、標的分子を検出していましたが、電気ではなく光学的に検出するバイオセンサーもあります。 実は古株?"生体分子の特異性を利用して目的の分子を見つけ出し、それを信号として取り出す検出器"とバイオセンサーを定義するのであれば、前述のクラークのセンサーよりももっと古い時代の事例がありました。 General Electric(GE)の研究所に所属していた化学者アーヴィング・ラングミュアと、同僚のヴィンセント・シェーファーは、フィルムに生体分子を吸着させ、光の干渉を利用して厚さの変化を検出する試作品を1937年に報告しています。その論文ではさまざまな事例が手短に紹介されていますが、その中に、フィルムにジフテリア毒素を吸着させ、さらにジフテリア抗毒素、現代の生化学の知識で言えば、ジフテリア毒素に対する抗体を結合させ、厚みの変化を検出した例もありました。 筆者が探した範囲では、この1937年の論文が最も古いバイオセンサー的なものの例になりそうですが、まだまだ古い例がどこかにあるかもしれません。 ちなみに、この論文が発表されるちょっと前、1932年にラングミュアは界面化学の研究でノーベル化学賞も受賞しています。 愛すべき跳ねっ返り界面化学の専門家であるラングミュアもサンプルとして使ったように、界面でのタンパク質の挙動は、血栓形成、補体活性化、炎症反応、各種の感染機構といった点から注目されていました。20世紀中期には実験的な固体表面にタンパク質を固定し、反応を解析する研究も行われるようになりました。 その時期の研究現場でよく使われた検出法の1つに、エリプソメトリーという技術がありました。エリプソメトリーは、サンプルにあてた光と、あたって反射してきた光の偏光の度合いを調べる方法です。生体分子の研究では、エリプソメトリーで吸着による膜の厚さの変化、試料の屈折率、吸着量といったデータを得ることができます。高感度で、標識も必要なく、リアルタイムに検出することができる点が注目されていました。 エリプソメトリーを使った生体分子の研究は、1945年にはじめて実施されたようですが、本格的に、つまりシステマチックに利用したのは、1960年代のレオ・ヴロマンが最初でした。ただし、エリプソメトリーの設備がある研究室は限られており、この技術がある程度広まりだしたのは1970~80年代のことでした。 公式通り?エリプソメトリーはそもそも物理の分野では19世紀から研究されているような伝統ある技術だったので、結果を換算するための定理や公式は生物学研究に適用した段階でひと通り出揃っていました。 ただ、物理や化学から出てきた技術なので、そうした研究の対象となるようなある程度の大きさの均一な表面が想定されています。しかし、現実の生物学研究では、吸着するのはタンパク質と溶媒の混合液で、屈折率すらわからないような代物でした。また、選択した固体表面の性質、タンパク質自体の性質、pHなどさまざまな要因から、測定対象になる領域の全部に試料が行き渡らないこともしばしばでした。 果たして、そんな状況の表面に生物学に比べれば巨視的な技術の定理・公式をそのまま当てはめてよいものか、という疑問の声も上がりました。 それに対して装置や機材の改善、ラジオアイソトープを使った検証などが行われました。1980年代半ばの論文を見ると、厚みや屈折率よりも、吸着している面積から割り出される吸着量を主に扱っているものが出てきています。エリプソメトリーの典型的なデータである厚みは、さすがに生物学の試料がつくる不均一な表面を評価するのにはあまり適さなかったのかもしれません。 バイオセンサーは電気カナリアの夢を見るか1984年にスウェーデンのウルフ・ヨーンソンとマグヌス・マルムクヴィストがIgGやフィブロネクチンの吸着を調べた論文を見てみると、表面の調製方法だけで1ページ近く使っていますが、試料のフィブロネクチンの調製などは、アフィニティークロマトグラフィーの後でSephacryl™ S-300でゲルろ過した、とたったの一文で終わりです。エリプソメトリーの実験において、試料を吸着させる固体表面の調製は、重要かつ相当手間のかかる作業だったのでしょう。 この論文の著者の所属は、よく見るとスウェーデンの国立防衛研究所で、どうしてバイオセンサーの研究をしていたのか、不思議でしたが、そのヒントと思われるものは、同じ時期に発表された別の研究者の論文にありました。1983年に表面プラズモン共鳴を利用したバイオセンサーの論文を報告した、同じくスウェーデンのリンシェーピング大学に所属するボー・リードベリたちは、バイオセンサーをまずガス検出器として使っています。標識が不要でリアルタイム、という特性を考えると、ガス、特に戦場での毒ガスの検出装置の技術として有望ではないでしょうか。 そこでさらに調べてみたところ、スウェーデンの国立防衛研究所でどういう意図で研究が行われていたかはわかりませんでしたが、NATO Science Seriesという出版物で、実際に表面プラズモン共鳴を利用した携帯型生物化学兵器検出器を試作し、その結果が報告されていました。 その後、この携帯型の機器が制式採用されたかどうかはわかりませんが、カナリアの代わりにバイオセンサーが活躍する日が来るかもしれません。 参考文献
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