東北大学大学院生命科学研究科 小川 智久先生
探日録 第6回:難産であればあるほど面白い!?《前編》
“ボツ実験”の中に、新たなアイデアが!?
研究はできるだけ簡単に、短期間でスマートに! できるに越したことはありません。優れたアイデアや戦略で、難しい課題も難なくクリアする場合(スーパー研究者?)もあるでしょうが、多くはボツ実験のヤマです。
しかし、その“ボツ実験”の中にも、新たなアイデアに繋がる有用な情報があり、より面白い方向に(わき道に?)進むような宝が眠っているかもしれません。生物の多くの謎は、仮説通りに説明できない場合も多く、意外性があるほうが面白いのです。今回の探日録では、私たちがこれまで偶然に(運命的に?)見いだすことができた「タンパク質の加速進化」にまつわるエピソードを中心にお話ししたいとおもいます。実験に日々苦労している皆さんの少しでもお役にたてれば幸いです。
苦労してクローニング
私が九州大学理学部で博士課程を過ごした20ウン年前の話です。博士論文のテーマは、それまで学部・修士課程で行ったペプチド合成とは全く異なる「ハブ毒ホスホリパーゼA2(PLA2)アイソザイムのタンパク質工学的解析」を行うことになりました。これは、当時在籍していた研究室(生物化学研究室)に着任されたばかりの大野素徳教授が新たに設定された研究テーマでもありました。ハブ毒中の筋壊死や溶血、浮腫など機能が異なる数種のPLA2について、変異体を作成して構造と機能の相関を明らかにするというものです。そのため目的のcDNAをクローニングし、リコンビナント発現系を構築することになりました。
博士課程も半年が過ぎた頃から、上田(小田)直子さん(現崇城大学薬学部教授)と一緒に遺伝情報実験施設の榊 佳之先生のラボにお世話になることになりました。まずは、ハブ毒腺組織からRNAを抽出・精製して、poly A RNAを精製、cDNAを合成した後、ファージライブラリーの作成を目指したのです。今日では試薬メーカーから様々なキットが販売され、1週間もかからずにcDNAライブラリが作成できます。
しかし、当時はcDNA合成とファージライブラリの作成用キットがあったものの、RNAの抽出・精製は、自分で調製した試薬を使って超遠心機をひたすら回す必要がありました。
またpoly(A) RNAの精製は、オリゴdTカラムを自作するような時代でした。その時は、T社から発売されたばかりの「オリゴdTが付いた濾紙」を使って精製を試みましたが、これが苦労の始まりでした。cDNAの合成が全く上手くいかなかったのです。RI標識したヌクレオチドの取り込みをシンチレーションカウンターでドキドキしながら測定し、がっかりすることの繰り返しでした。しかし、コントロールのRNAでは問題なくcDNAが合成できていたので、RNA調製に問題があるようでした。最初に疑うのは自分で調製した試薬類ですが、何度作り直しても改善されません。
今では毒ヘビ“ハブ”が特定動物となってしまったため、ほぼ不可能ですが、当時は奄美大島から九州大学にハブを送ってもらい、理学部の中庭でハブと格闘しながら、RNA調製用にフレッシュな毒腺組織を取り出したりしました。そのように試行錯誤しながら過していたある日、思いついたのです。
「poly(A) RNAに精製する前のtotal RNAは、どうだろうか?」
上手いくべき反応が上手くいかないのは多くの場合、原料に問題があります。それは修士の時にペプチド合成に苦労したことからも判っていました。
poly(A) RNAの精製に問題があるのならば、その精製前のRNAではどうだろう?cDNA合成キットに、逆転写反応用のランダムプライマーも含まれていたことも幸いしました。早速total RNAを用いて逆転写反応を行うと見事にcDNAが合成できました。poly(A) RNAの精製に問題があったのです。
「オリゴdTが付いた濾紙」ではpoly(A) RNAをうまく精製できないことがわかったので、オリゴdTカラムを自作しなければならない羽目になったのですが、この時ちょうどCytiva社の前身、ファルマシア社から新製品として“オリゴdTカラム”が売り出されました。まさに「渡りに船」。
すぐに購入して実験を進めたところ、ハブ毒腺cDNAライブラリの作成に難なく成功しました。ファルマシアに感謝です。
もう少しでRACE法だった!?
作成できたcDNAファージライブラリーから、RI標識したオリゴヌクレオチドをプローブとして用いて、目的のcDNAクローンをスクリーニングしました。
しかし、縮重塩基配列を含むためプローブとしては効率が悪いのです。そんな時にPCR法が開発されて、PCR産物をプローブに使うことになりました。当時はまだ、それぞれ温度設定したインキュベータに時間を測りながら手で移し、DNAポリメラーゼを毎回加えてPCRを行っていた頃です。ただ、この時も運良く榊研究室にシータス社のPCR装置が導入され、Taqポリメラーゼを用いてのPCRを行うことができました。
PCR産物をプローブとすると、すぐに目的のPLA2のcDNAをクローニングすることができました。そして引き続き別の筋壊死型PLA2アイソザイムのcDNAクローニングも行ったのですが…どうしてもシグナル配列やN末端部分を含む全長をコードするクローンが得られません!ポジティブクローンはたくさん得られるのに、どれもN末端側数残基のところで切れているのです。
おそらくRNAの2次構造で逆転写伸長反応がストップしたのでは?と推察しました。それで逆転写反応前のRNAの熱変性を十分に行い、再度cDNAライブラリを作り直しましたが、結果はあまり変わりませんでした。
「どうすれば全長をコードするクローンが得られるのか?」いろいろと考えるうちに、あるアイデアがひらめきました。
「cDNAライブラリを鋳型として、ベクターの部分と目的cDNAのプライマーを用いてPCRで増やして、より長い産物をスクリーニングすればよいのでは?」PCR産物の配列も確認のため解析しました。
そうです!これは5’RACE法と同じアイデアでした。まさか今のようにRACE法がcDNAの配列解析の主流になるとは思いませんでしたが、同じようなことを考えてキットまで作る人がいるのだと感心したのでした。
ヘビ毒の遺伝子は加速進化している
さんざん回り道を強いられたあげく、 PLA2の二つのアイソザイム(溶血型と筋壊死型)の5’非翻訳領域の配列を含む配列を決めることができました。そのデータをじっくりと眺めると、不思議なことに翻訳領域よりも非翻訳領域の方がよく保存されているように見えたのです。
これは5’側のRNAの2次構造の影響で伸長反応が止まったのではないかとの仮説を確認するために、配列を比較してよく見ていたために気づいたのでした。
また、リコンビナント発現用に全長クローンを得ようと、5’と3’非翻訳領域のプライマー間でPCRを行ったところ、筋壊死型PLA2だけでなく、他の浮腫性や神経毒性など様々なPLA2アイソザイムも増幅されたのです。全てのハブ毒PLA2群遺伝子で、翻訳領域よりも非翻訳領域の方が保存されている「これまでにない特徴」が明らかになり、おかげでこれが博士論文の主要な内容となりました(1)。
「これらの遺伝子構造は、どうなっているのでしょうか?」次なる興味深い疑問が出てきました。ただ、ゲノムDNAの解析を進めたいが、博士論文のテーマであるリコンビナント発現系の構築もしなければいけません。どうしようかというところで後押しされたのが、当時指導いただいていた佐々木裕之先生(現九州大学生体防御研究所教授)の「今、ゲノムインプリンティングの面白い研究を行っていなければ、自分がハブ毒のゲノム解析をやりたいくらいだ」という言葉でした。(佐々木先生は、その後すぐに英国Surani研の方へ留学されましたが…)
すぐに大野先生に「ぜひハブ毒PLA2のゲノム解析をすべきです。」と進言し、当時修士1年だった中島欽一君(現九州大学医学部教授)にゲノム解析を行ってもらうことになりました。その後、中島君の頑張りもあり、程なくゲノム構造が明らかとなりました。
その結果、非翻訳領域が保存されているのではなく、むしろ非翻訳領域やイントロン部分は通常の進化速度であり、翻訳領域(エキソン部分)の進化速度が4倍以上も速く、しかもアミノ酸を積極的に換える加速進化であることがわかりました(2,3)。
実験は合理的過ぎても…及ばざるがごとし
結局、苦労したことは「吉」となったのでしょうか?
そもそも、私たちよりも前にマンバやクサリヘビなどのヘビ毒からPLA2を含めていくつかの毒タンパク質cDNAは既にクローニングされ、それらの配列が報告されていました。
にもかかわらず、ハブ毒PLA2のcDNAに見つかった「非翻訳領域の方が,翻訳領域よりも保存されている」という特徴が、それまで他の毒ヘビでどうして見いだされていなかったのでしょうか?
その疑問が解かれたのは、フランスパリ郊外にあるCEAのタンパク工学研究所のAndré Ménez研究室に2ヶ月程共同研究で滞在したときのことでした。
私はMénez研のDucancel博士の論文を読んだことがあり、Ducancel博士も私の論文を読んでいました。そこで、ヘビ毒のcDNA配列について聞こうとしたところ、向こうからは逆の質問がありました。「cDNAの翻訳領域よりも非翻訳領域の配列が保存されているのをどうして見つけたのですか?」
彼は、PLA2のリコンビナントタンパク質発現系構築のためには、アミノ酸配列を含む翻訳領域だけをチェックすればよいと考え、非翻訳領域まで詳しく見なかったのだそうです。より合理的に考える欧米人との違いなのでしょう。
すぐに解析できなかった筋壊死型PLA2の5’側の塩基配列も、発現系構築には必ずしも必要ありません。そのまま諦めていたら毒遺伝子の興味深い「加速進化」も最初に発見することはできなかったでしょう。
ところで、肝心のハブ毒PLA2のリコンビナント発現はどうなったのでしょうか?Ducancel博士は、PLA2のリコンビナント発現が上手くいかなかったので止めてしまったとのことでしたが…
「タンパク質の加速進化」のその後とともに、次回紹介しましょう。
参考文献
- Ogawa T., Oda N., Nakashima K., Sasaki H., Hattori M., Sakaki Y., Kihara H., Ohno, M. (1992) Unusually High Conservation of Untranslated Sequences in cDNAs for Trimeresurus flavoviridis Phospholipase-A2 Isozymes. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 89, 8557-8561.
- Nakashima K., Ogawa T., Oda N., Hattori M., Sakaki Y., Kihara H., Ohno, M. (1993) Accelerated Evolution of Trimeresurus flavoviridis Venom Gland Phospholipase-A2 Isozymes. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90, 5964-5968.
- Nakashima K., Nobuhisa I., Deshimaru M., Nakai M., Ogawa T., Shimohigashi Y., Fukumaki Y., Hattori M., Sakaki Y., Hattori S., Ohno, M. (1995) Accelerated Evolution in the Protein-Coding Regions Is Universal in Crotalinae Snake-Venom Gland Phospholipase A2 Isozyme Genes.
Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92, 5605-5609.
東北大学大学院生命科学研究科 小川 智久先生
1963年福岡県生まれ。大分育ち。1986年九州大学理学部化学科卒業。同大学大学院理学研究科化学専攻修了(理学博士)。学術振興会特別研究員,九州大学理学部助手を経て,1997年より東北大学農学部助教授,2001年より東北大学大学院生命科学研究科助教授(2007年から准教授),現在に至る。雑誌RikaTan(理科の探検)企画・編集委員。専門はタンパク質科学,タンパク質工学。最近は,ヘビ毒(ベノミクス)研究のほか,レクチン・糖鎖研究や真珠バイオミネラリゼーションの研究なども行っている。
趣味は,週イチのテニス。安くて美味しい日本酒,ワインを見つけること?
東北大学大学院 生命科学研究科のHP
今回、「探日録」をご執筆いただいた、小川 智久先生の書籍です。
Protein Engineering - Technology and Application
- Edited by Tomohisa Ogawa
- ISBN 978-953-51-1138-2
- 196 pages
- Publisher: InTech
- DOI: 10.5772/3363
InTechにてOpenAccessでご覧いただけます。