20世紀もそろそろ半分が過ぎようとしていた頃、研究者の間では溶菌や溶原化など、バクテリアとウィルスに関する問題が注目されていました。特定の菌で何らかの変化が生じるていることはわかっているものの、その過程を顕微鏡で観察することができず、その機構は謎に包まれていました。
そんな中、1949年の秋に、ファージの研究で有名なルリアの研究室に、ジュゼッペ・ベルターニが加わり、溶原化の研究を提案しました。ルリア自身は病原性ファージT2の発達に関する別の問題に集中していたため、溶原化の研究にはあまり乗り気ではなかったそうです。それでもルリアは、ベルターニの研究の材料となる菌の手配には協力し、やがてレーダーバーグからE. coli K-12やShigellaなど、いくつかの菌が送られてきました。
Shigellaは病原菌とされていたため、当然、無害なE. coli K-12とλファージを用いた系を中心に研究が進められましたが、菌を送ってきた当のレーダーバーグから待ったがかかります。λファージの発見は当時未発表だったため、ルリアを通じて他の菌を使うよう要請があり、ベルターニはしかたなく病原菌であるShigellaを使った研究に切り替えました。このとき、ベルターニがShigellaの培養に使った培地が、LBでした。
その後、LBを用いることでさまざまな細菌を効率よく培養できることがわかり、LBは多くの研究室で使われるようになりました。今では、分子生物学実験の教科書にも登場する基本的な培地として広く定着しています。
LBとは?本人に問合わせてみました
LBの開発にまつわる話や、LBの本来の意味について開発者本人に問い合わせてみました。
細胞夜話:LBの開発の経緯は?当時の既存の培地では何か研究上の不都合があったのですか?
ベルターニ:LBは、溶原化の研究をするために、Shigellaを効率よく繁殖させようとして作った培地です。LBは、その当時販売されていた2種類の培地、tryptone brothとyeast extractを混合したものです。両者はともに標準的な培地としてすでに広く使われていました。しかし、その当時は、それぞれが別個に使われており、混合して使うことはありませんでした。Shigellaの生育効率を最大にするために必要な成分がそれぞれに含まれていたため、両者を混合して使用したものがLBです。
細胞夜話:なぜこれほどまでにLBは普及したのでしょう?
ベルターニ:LBがこれほど多くの細菌の培養に適しているのはなぜなのか、私も知りません。グルコースや塩を加えたのがよかったのかもしれませんし、あるいは当時は最近生理学研究などで合成培地に少量を混ぜて使われることが多かったyeast extractをかなりの高濃度で使用したのがよかったのかもしれません。
細胞夜話:LBの名前の由来は?
ベルターニ:ルリア博士の研究室では、標準的な培地と区別するために、培地には略号をつけていました。例えば、nutrient brothならNB、tryptone brothならTBという具合です。LBは溶原化の研究に使っていた培地なので、"L"ysogeny "B"rothを略してLBにしました。
細胞夜話:LBの意味についての諸説が流布しているようですが
ベルターニ:1951年に論文を発表した後、1954年にはルリア博士の研究室を離れてしまったため、どのようにしてLBの意味についての諸説が形成されていったかはしりません。ただ、研究室を離れた後もルリア博士の研究室ではLBが使われており、多くの研究者がルリア博士の研究室からLBの製法を学んだことが関係しているのかもしれません。
研究材料に関するちょっとした偶然から生まれ、50年の歳月を分子生物学研究とともに歩んできたLB。今夜のLBはちょっと重厚な香りがするかもしれません。
謝辞
50年以上前の研究について快く答えてくださったベルターニ博士に深く感謝します。
参考文献
- Giuseppe Bertani, Lysogeny at Mid-Twentieth Century: P1, P2, and Other Experimental Systems, Journal of Bacteriology, February 2004, p. 595-600, Vol. 186, No. 3
- Giuseppe Bertaniより私信
関連製品情報
培地など各種溶液のろ過に
番外編:LBの塩濃度は0.5 %か1.0 %か