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生化夜話 第32回:最初の人工融合タンパク質は何だった?コロンブスの卵。最初に実行することがいかに難しいかを示す言葉として、よく引き合いに出される言葉です。今日ではごくありふれた技術でも、よく考えてみれば大胆な挑戦、そんなコロンブスの卵は研究現場にもいろいろあるのではないでしょうか(コロンブスの卵の逸話そのものは、どうやら後世の創作のようですが)。 今日では精製用のタグをつけた融合タンパク質の構築をはじめとして、世界中の研究室で使われている遺伝子融合(gene fusion)も、大胆な挑戦だったのではないでしょうか。 lacで楽々発現解析1950年代から60年代にかけての研究で、DNAから、まずmRNA(転写)に、そしてタンパク質(翻訳)へという流れがはっきりしてくると、転写の活性が気になってくるのが人情というものでしょうか。そうはいっても、今日のようにPCRやマイクロアレイがあるわけではありませんので、個々の遺伝子の産物を直接測定するのは途方もない労力が必要になるのは火を見るより明らかです。 そこで考えられた方法が、目的遺伝子の発現をコントロールしているプロモーターの活性を測定する、というものでした。そして測定するためのレポーターとして注目されたのが、1960年代に発見されたラクトースオペロンでした(以下lac、ラクトースオペロンを構成する遺伝子の1つであるlacZには日々お世話になっている方も多いのではないでしょうか)。 活性を調べたいプロモーターの下流にラクトースオペロンを構成する遺伝子群を挿入してやると、プロモーターが目的遺伝子とラクトースオペロン遺伝子の両方の発現量をコントロールすることになります。したがって、ラクトース代謝の活性を指標として間接的にプロモーターの活性を測定できるのです。こうした手法は早くも1960年代中頃には最初の例が見られるようになりました。 武器はつまようじさて、lacとプロモーターの融合技術については、狭義の遺伝子融合からは外れるような気もしますが、いくつか逸話がありますので、もうちょっとお付き合いください。 前述のようにlacとプロモーターを融合させて測定する発現解析は端緒についたものの、操作が煩雑で汎用性も低かったため、実際には細菌を用いた遺伝学の大家とされるような研究者のグループでしか実施されていませんでした(ある研究者のカウントでは片手の指で足りるほどだったとか)。 そこでハーバード大学のマルコム・カサダバンは、これをもっと簡単で多くの研究室で使えるものにできないかと、工夫をこらして大腸菌染色体上のさまざまなプロモーターの下流にlacを挿入できる方法を考案しました。1970年代中期には制限酵素を用いた組換え技術が広まりつつあったのですが、カサダバンはペトリ皿とつまようじを武器に、巧妙な相同組換えを用いて専用のファージを組み上げました。カサダバンは分子生物学的手法に頼らずに数多くのファージや大腸菌の株をつくりましたが、多いときには20を越える株を組み合せていたそうです。カサダバンによると、大工だった父親の仕事を見ていて、こうした複雑巧緻な構築に興味をかき立てられたそうです。 もっとも当初は制限酵素を使っていなかったカサダバンも、彼の手法をもっと手軽なものにするために、後に制限酵素を使うようになりました。なお、カサダバンは遺伝子操作で弱毒化したペスト菌を原因とした史上はじめての死亡事故で2009年に亡くなりました。この不幸な事故はアメリカ疾病予防管理センター(CDC)でも調査され、大きなニュースになりました。 嫌いなものは叱るより工夫して食べさせる嫌いなニンジンを食べさせるために子どもの好物のハンバーグにニンジンを混ぜるという話は、野菜嫌い対策の定番ではないかと思います(念のため注:筆者はニンジンをはじめとする野菜全般が好きです、ウニやカニ味噌は苦手です)。無理やり食べさせるよりは、このような工夫をする方が、お互いに気持ちよいですね。 大腸菌にももちろん好き嫌いはあります。といっても、本稿での話題は栄養物質ではなく、大腸菌で発現させたタンパク質のことですが。1970年代、制限酵素処理や形質転換といった分子生物学的手法が確立し、DNAの化学合成もできるようになったことで、ヒト由来のタンパク質を大腸菌で発現させることが容易になりました。しかし、そうしたタンパク質は大変不安定なことが多々ありました。大腸菌のプロテアーゼですぐに分解されていたのです。 ロサンゼルス近郊にあるシティオブホープ研究所の板倉啓壹たちが発現させようとしたタンパク質ホルモンの1種、ソマトスタチンもそんな不安定なタンパク質の1つでした。 最初はlacプロモーターにソマトスタチンの遺伝子を直接つなげていたのですが、大腸菌で発現させたソマトスタチンは非常に不安定でした。そこで、ソマトスタチン単独で発現させるのではなくて、大腸菌の細胞内でとても安定なlacZ(β-ガラクトシダーゼ遺伝子)とくっつけてみようということになりました。ソマトスタチンをコードするDNAをlacプロモーターの直後ではなく、その下流にあるlacZの後に入れてみると、狙い通りにβ-ガラクトシダーゼとソマトスタチンが一続きになったタンパク質が安定して発現しました。板倉たちは、その融合タンパク質を臭化シアンで切断し、ソマトスタチンを精製することができました。世界で最初の融合タンパク質発現として1977年に報告された板倉たちの結果は、プロモーターと遺伝子の融合実験を行っていた研究者たちには、大変好評だったそうです。 余談ですが、この研究を行ったグループにはカリフォルニア大学のハーバート・ボイヤー、同じくフランシスコ・ボリバルもいました。そんなわけで、発現に使われたベクターはボリバル作のpBR322(細胞夜話 第29回:pBR322のpとpUC19のpは別物?)でした。 さらに、板倉たちは大腸菌でインスリンのA鎖とB鎖をそれぞれβ-ガラクトシダーゼとの融合タンパク質として発現させることにも成功し、その結果を1979年に報告しました。 その後、機能しているタンパク質に比較的小さなドメインが付加されることが進化上重要であるとする仮設が提唱され、その証拠も増えてくると、既存のタンパク質のドメインを取り替えるような、さらに大胆な融合タンパク質も構築されるようになりました。また、精製に便利な配列を結合させた各種タグ融合タンパク質も開発され、生化学の研究現場で広く使われるようになりましたが、タグ融合タンパク質をあつかうには、その前段として固定化金属イオンアフィニティークロマトグラフィー(IMAC)にも触れなければなりませんので、本稿はここまでにしたいと思います。 参考文献
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