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生化夜話 第8回:給料が上がらず開発が止まりました - アフィニティークロマトグラフィー

何が釣れるかな?

1930年代後半、電気泳動法を研究していたウプサラ大学のティセリウスは、血清に含まれる他のタンパク質からガンマグロブリン、つまり抗体を分離することに成功しました。しかし、他のタンパク質から抗体を分離できたからといって、それで抗体研究ができるわけがありません。多種多様な抗体ですが、物理・化学的特性はよく似ており、それを電気泳動で分離しようとすることは無意味であるとして、ティセリウスは電気泳動でそれ以上本格的に抗体を調べようとはしませんでした。

生物学的特異性があるタンパク質なら、その特異性を利用して分離してみようと、1940年代から1950年代にかけて、抗原抗体反応を使った抗体精製がいろいろと試みられましたが、結果は満足なものではありませんでした。

同じく生物学的特異性を利用した精製の試みとして、シカゴ大学のラーマンが酵素の基質や競合的阻害剤を固相に結合しておき、酵素を結合させることで精製しようとしました。セルロースにリガンドを結合させ、マッシュルームのチロシナーゼを精製しようとした論文を1953年に発表しています。また、1965年にはコーネル大のマコーマックがワットマンのセルロースにビオチンを結合させ、アビジンの精製に挑戦しています。

後述のクアトレカサスは、結局この時期のさまざまな試みは、方向性としては悪くなかったものの、リガンドを結合させるための担体としてポリスチレンやセルロースを使っており、それがよくなかったと述べています。

担体探し

結局、生物学的特異性を利用した精製に適した担体を見つけたのは、ウプサラ大学のポラートのグループでした。しかし、当初は精製用の担体を開発しようとしていたのではありませんでした。

ポラートの弟子で10年以上一緒に仕事をしたウプサラ大学のヤン・クリスター・ヤンソン教授によると、ポラートとフローディンのウプサラ大学・ファルマシアチームは、ゲルろ過とSephadex™に続く次の課題として、ペプチド合成に使う担体を開発するつもりだったとのことで、この時点では、生物学的特異性を利用した抗体や酵素の吸着剤をつくろうとしていたわけではなさそうです。

まず試したのは開発したばかりのSephadex™ G-25を材料に、ジアゾカップリング反応でp-アミノベンジルSephadex™とカップリングすることでした。この結果は悪くはなかったのですが、報告されることなく終わったようです。
また、ポリアミノスチレンに固定したイソチオシアン酸塩を使ってタンパク質を濃縮しようとした他のグループの試みを参考に、Sephadex™にイソチオシアン酸塩を導入して、チオ尿素結合で目的とする分子固定化することも試みました。

ところが、こうして進みはじめたかに見えた開発は、材料や技術などとはまったく関係ない問題で頓挫することになります。

給料上げてくれなかったら辞めてやる

この時期の開発の中断ついて、ポラートは「予想しなかった状況による中断」としか書いていませんが、実はフローディンがファルマシアを辞めてしまったために作業がストップしてしまったようです。

Sephadex™の開発という成果があり、ゲルろ過の論文で博士号を取得したにもかかわらず、当時のファルマシアの社長はフローディンの給料を上げてくれなかったそうです。残念に思っているところに、化学メーカーのパーストープから非常に挑戦しがいのある案件で誘われたために、フローディンは1962年にファルマシアを出て行ってしまったのだそうです。ファルマシアの社長は、いずれフローディンは戻ってくるものとたかをくくっていたようですが、フローディンはその後ヨーテボリのチャルマース工科大学の教授になってしまい、結局ファルマシアに戻ることはありませんでした。

アミノ酸充填120パーセント!え?

フローディンが抜けてから、ポラートは同じウプサラ大のロルフ・アクセンと仕事を再開しました。1962年には、Sephadex™にアミノ酸、ペプチド、タンパク質をカップリングした結果を発表し、また1966年にはその手法を使ったはじめてのラジオイムノアッセイの結果も報告してはいます。しかし、ポラートは、もっとよい固定化法を開発するべきだと感じていました。

その後、アクセンがNIHのベルンハルト・ウィトコップのところにタンパク質の選択的切断法などを学びに行きました。NIHから戻ったアクセンは、NIHで学んだことを活かして、アミノ基をもつタンパク質のシアナミド-Sephadex™へのカップリングを提案しました。この実験はポラートの研究室に入って1年目の研究生スヴェルケル・エルンバックのテーマとなりました。

エルンバックはアミノ-Sephadex™をハロゲン化シアンで処理して、シアナミド-Sephadex™を調製しました。その担体を使ってアミノ酸のカップリング効率を調べたところ、理論値の100%を超える効率が得られました。この結果は、シアナミドだけでなくSephadex™そのものにアミノ酸がカップリングされていることを意味します。ポラートは大急ぎでエルンバックに追試をさせて、Sephadex™をハロゲン化シアンで処理しただけでタンパク質を効率よく固定化できることを確認しました。ポラートはエルンバックにblind experimentsをやらせたと書いていますので、アミノ-Sephadex™と偽ってそのままのSephadex™を渡して実験させたのでしょう。

この結果を受けて、さらばイソチオシアン酸塩よ、とポラートたちは実験をハロゲン化シアン(中でもハロゲン化臭素、CNBr)によるカップリング法の研究にシフトしましたが、その中にはヤティーンが1962年にようやく実用的な精製法を発表したばかりのアガロースのCNBr処理も含まれていました。

Sephadex™からSepharose™へ

最終的にSephadex™ではなくアガロース(Sepharose™)を使うことになった理由は、前述のヤンソン教授によれば、架橋デキストランとアガロースの以下のような物理・化学的性質の違いにありました。

  • アガロースゲルの微細孔(ポア)のサイズがタンパク質のアフィニティークロマトグラフィーに適している
  • Sephadex™はCNBr処理でさらに架橋が進みポアサイズが小さくなってしまうが、アガロースでは生じない
  • アガロースゲルは同じポアサイズの場合、Sephadex™ゲルより丈夫である

ここでちょっと脇道に逸れてヤンソン教授登場の経緯をご紹介します。

「生化夜話」夜話

すべてが秋色に染まりゆく11月のある日、愛する知覧煎茶の入った湯飲みを片手に、筆者はオフィスの天井を見上げていました。

アフィニティークロマトグラフィーの基盤となるSepharose™のCNBr-activationについて、ウプサラ大のポラート教授自身が語っていると思われる文献を見つけたのはよかったのですが、それが掲載されているのはイタリアの学会の会誌か何からしく聞いたこともない雑誌です。案の定、国内でもいくつかの図書館に所蔵されてはいるものの、すぐに取りに行けそうな場所にはなく、古い文献ゆえにオンラインにもない。こうなると、正直なところお手上げという感じです。

しかし、ポラート教授自身による解説は12月号の記事の核心部分を含むと思われるため、取らないわけには行きません。ここは論文収集のための旅に許可を出してくれるよう直談判するしかないと、絶叫系マシンに乗る時よりも悲壮な覚悟を決めた筆者(筆者は高所恐怖症です)ですが、その前にダメもとでウプサラの本社スタッフにメールを出して、アフィニティークロマトグラフィーの開発史を調べるためにその文献が必要なことを伝えたのでした。

そして12月のある日、筆者のもとに一通のメールが届きました。差出人はJan-Christer Jansonとなっています。つい最近聞いたことのある名前だと思って生化夜話に使った参考文献の山を掘り返してみれば、何とSephadex™の開発のあらましを蛋白質核酸酵素に寄稿したことのあるウプサラ大学の教授です。ファルマシア時代の人脈を辿って今回の調査の話が伝わったらしく、教授のメールには「私のPharmacia™の古い友人から、あなたがSephadex™の歴史に関して興味をもっていると聞いたので、自分が適切な人間だろうと思う」と名乗りを上げてくださった経緯が書かれていました。

ヤンソン教授は、私が入手に困っていた論文を送ってくださった上に、「予想しなかった状況による中断」の実態や、ウプサラ大でカップリングの研究を始めた際の目的、後述のウプサラ大とNIHのグループの関係など、文章にはなっていない歴史を教えてくださいました。

また、Sephadex™ではなくSepharose™を選んだ理由についても、上に挙げた理由を「自分の推測」と断って伝えてくださいましたが、後日ポラート教授宅を訪問し相違ないことを直接確認までしていただきました。

ヤンソン教授によると、ポラート教授は87歳と高齢で体調もあまりよくないとのことでしたが、Sephadex™ 50周年(※来る2009年はSephadex™とゲルろ過の最初の論文が発表されてから50年の節目にあたります)を喜んでくださっているそうです。

同じものを見ていても、見方が違えば、、、

さまざまな条件検討も経て、今日あるアフィニティークロマトグラフィーの一歩手前までたどり着いておきながら、なぜかポラートたちはこの技術をもっぱら固定化酵素の製造にばかり使っていました(後に、吸着剤をつくるくらいのことはするようになったそうですが)。

結局、CNBrで活性化したSepharose™にリガンドをカップリングして酵素の精製に使用できることを示したのは、NIHのペドロ・クアトレカサス、メイア・ウィルチェクとクリスチアン・アンフィンセンでした。1968年、彼らはポラートたちとまったく同じ材料(ファルマシアから買ったSepharose™ 4B)を、ポラートたちが論文に記した方法の通りにCNBrで活性化してリガンドをカップリングし、ブドウ球菌のヌクレアーゼ、α-キモトリプシン、カルボキシペプチダーゼAを精製してみせたのでした。クアトレカサスたちは、この精製法に「アフィニティークロマトグラフィー」という名前をつけて、それから数年間で数多くの論文を発表し、この手法の普及のために尽力しました。

ちなみに、クアトレカサスたちもSephadex™とSepharose™を使い比べていますが、Sephadex™も悪くはないが、アフィニティークロマトグラフィーに使うならSepharose™の方がよりよい、と結論しています。また、彼らは、ポリアクリルアミドビーズの評価も行っています。理論上はアガロース以上にリガンドをつけた担体ができているはずでしたが、空隙率が低いためにタンパク質とリガンドが接触しにくく、その当時の市販のポリアクリルアミドビーズは1種類を除いてどれも使い物にならなかったそうです。(ポリアクリルアミドビーズの品質はその後改善されたようで、1970年の論文では将来有望であると書いています。)

クアトレカサスたちの論文を読んだポラートたちが何を思い、どう反応したかはわかりません。ひょっとしたら「Åh nej !(=英語のOh no !)」くらいは言って悔しがったかもしれませんが、ウプサラ大のグループとNIHのグループは親しく交流するようになり、中でもウィルチェクにいたっては1970年代にファルマシアの顧問に就任しています。

参考文献

  1. Porath J., The Uppsala school in separation science and the development of bioaffinity chromatography, Annali dell'Istituto superiore di sanitá, vol. 10, no. 1-2, 95-102 (1974)
  2. Axén R. and Porath J., Chemical coupling of amino acids, peptides and proteins to Sephadex™, Acta chemica Scandinavica, vol. 18, no. 9, 2193-2195 (1964)
  3. Wilchek M., My life with affinity, Protein Science, vol. 13, 3066-3070 (2004)
  4. Porath J., Citation Classic, Current Contents, vol. 22, p21 (1984)
  5. Cuatrecasas P., Protein purification by affinity chromatography, Journal of Biological Chemistry, vol. 245, no. 12, 3059-3065 (1970)
  6. Cuatrecasas P., Wilchek M. and Anfinsen C. B., Selective enzyme purification by affinity chromatography, Proceedings of the National Academy of sciences of the U. S. A., vol. 61, 636-643 (1968)
  7. Lerman L. S., A biochemically specific method for enzyme isolation, Proceedings of the National Academy of sciences of the U. S. A., vol. 39, 232-236 (1953)
  8. McCormick D. B., Specific purification of avidin by column chromatography on biotin-cellulose, Analytical biochemistry, vol. 13, 194-198 (1965)
  9. Flodin P., The Sephadex™ story, Polymer Engineering and Science, vol. 38, no. 8, 1220-1228 (1998)
  10. Jan-Christer Jansonより私信

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