2021.03.08

Molly Stevensの内なる宇宙の旅

By Cytiva

Discovery MakerであるMolly Stevensを紹介します。生物と非生物の間にあるフロンティアを探索している科学者です。モリーは人間の目に見える大きさの100万分の1というナノスケールで研究を進め、身体の修復力を増強させようとしています。


Astronaut cartoon

彼女が踏み出す大きな一歩

Molly Stevensの内なる宇宙の旅

科学のブレークスルーは、あらゆる形と大きさで現れます。ニール・アームストロングの小さな一歩は、文字通りであり、そして確実に目に見えるものでした。一方、Molly Stevens教授は、驚異的に小さなスケールで、比喩的な意味において長足の進歩を遂げています。ナノスケールとは、正確に言えば、ヒトのDNA鎖(直径2.5 nm)は扱いやすく、紙(厚さ100,000 nm)は怪物のように巨大に見えるスケールです。

モリーはインペリアル・カレッジの生体医用材料および再生医療の教授として、生物と非生物の間のフロンティアで研究を進める多様な研究者の集まりである「スティーブンスグループ」を率いています。

肉眼で見えるサイズの100万分の1以下というスケールのこの奇妙な世界において、モリーと彼女のチームメンバーは、身体の自然治癒を助ける材料を設計しています。

モリーはバース大学で薬学を学び、ノッティンガム大学で博士号を取得した後、マサチューセッツ工科大学(MIT)で過ごしました。2004年にインペリアル・カレッジにポジションを得て以来、彼女は科学の枠を押し広げ、30以上の賞を受賞してきました。

動画に収められたディスカッションの中でモリーは、このような複雑な問題に取り組む動機、科学がチームスポーツとして楽しいと感じられる理由、ナノスケールでの発見が月面歩行と同じくらいエキサイティングであることなどを明らかにしました。

スティーブンスグループは再生医療の最先端にあり、研究に関する報道は枚挙に暇がありません。新聞の見出しの向こう側にある、ラボの様子はどのようなものですか?

私のラボは少し変わっています。私は組織のナノスケール構造を解明するような基礎科学に興味を持っていますが、同時に、私たちの研究が人々の生活にどのように影響を与えるかということにも大いに意欲を感じています。基礎科学と応用科学のバランスがとれているのは幸運なことです。

多くの人は、科学者は夜遅くまでラボで孤独に作業し、「ひらめいて」発見をする人だと考えています。私にとっては、そうではありません。実際にはチームワークです。私のチームは、私に大きなモチベーションを与えてくれています。本当に素晴らしい人たちです。

彼らは科学の点で非常に賢く、さまざまな分野から来ています。外科医も、化学者も、細胞生物学のエンジニアもいます。科学の問題に取り組むには、共同作業の方がずっと効率的で快適な方法です。私のグループにはたくさんの人が応募してくるため、多人数の中から選ぶことができます。誰を採用するか厳選することができますし、その人が優れた化学者であるだけでなく、優れた人であることも確信できます。

Brain and hearts cartoon

あなたは長年にわたって仲間の化学者と密接に協力し合っています。採用の際にはどのような資質を求めていますか?

創造性は非常に重要です。非常に複雑な問題に取り組むためには、革新的な方法を考える能力が必要です。私にとって創造性とは、さまざまなアイデアを1つにまとめることでもあります。ですからその総体は、構成要素の合計よりも大きいのです。例えば、これまで考えられていなかった方法で化学と細胞生物学を結びつけることです。しかし、思いやりがあることも非常に重要です。チームメンバーに対して思いやりがあり、公平であること。

私のグループはフレンドリーなので、初めて加わるときには、とてもエキサイティングな会議に参加しているような感じだと思います。たくさんの興味深い科学研究が進められており、理解の対象となる物事も多くあります。私のグループ出身の人たちが次の場所でうまくやっているのも嬉しいことです。学界で自分自身のグループを率いたり、起業したりしています。それは素晴らしい遺産です。

再生医療に対するあなたのアプローチは、本質的に人体の中に小さなラボを作るというもので、革新的かつ魅力的です。このコンセプトはどのようにして生まれたのでしょうか?

私はポスドクとしてあるグループで研究を行っていましたが、そこで私たちは、体内で組織を再生するというこの新しいアプローチを考案しました。私がラボで設計したゲルを体内に直接入れることで、幹細胞の再生能力を活用しようというアイデアでした。

これがin vivoバイオリアクターと呼ばれるアプローチです。身体そのものを使って修復プロセスを支援することによって、幹細胞をin situで活性化し、自然な再生を可能とするような、制御された環境を手に入れることができます。最初の例では、大量の骨ができました。

科学者でない人にとってナノスケールは想像しにくいものです。ナノスケールについてどのように説明しますか?また、細胞単位での作業で何を学びましたか?

例えば、太陽をサッカーボールの大きさにまで縮小し、そしてそのサッカーボールを再び同じ比率で縮小したとします。これで、私たちが考えているナノスケールの領域に到達しています。

ただ1つの細胞について考えても、理解できないほどの複雑さがあります。このことには驚かされました。また、身体の自己修復能力の高さにも驚きました。本当に信じられないほどです。身体は指揮者のようです。組織を正確に修復するには、こうした複雑なピースをすべて集める必要があります。

細胞がどのようにしてお互いに話し合い、この統制のとれた組織修復メカニズムを作り上げるのか、その複雑さはとても魅力的です。これは、私たちが人工的に模倣することができるようになったばかりのものです。

Megaphone and Cell cartoon

身体の細胞システムと連携する人工材料は、まるでSFのようです。どのように機能するのかを詳しく教えてくださいますか?

例えば骨折や肝臓のちょっとした損傷については、身体は信じられないほどうまく自己修復することができます。しかし、骨折箇所が大きい、あるいは組織の損傷があまりにひどい場合があります。私たちは、身体の自己修復プロセスを利用した材料の設計を進めています。

その複雑さを統合し、影響を与えることができるような素材を実際に作ることができるのです。そして、すでに体内にある組織とシームレスに統合された新しい組織を作ります。これは本当に素晴らしい科学であると思います。

細胞が人工材料とどのように相互作用するかについては、まだ多くのことを学んでいる最中です。例えば、硬い3Dプリント材料と柔らかいゲル状の材料とでは、幹細胞の反応は異なっており、特殊な組織を形成します。

また、他にも重要なことがあります。例えば、他の種類の細胞に由来する化学物質やシグナル、材料自体のナノ構造およびマイクロ構造などです。材料に組み込まれたさまざまな工学的特徴は、実際のところ、非常に大きな生物学的効果をもたらします。

また、私たちは共同研究者と協力して、小さな針のような素材をデザインしました。1つの細胞あたり10本から数十本のこの針を、個々の細胞と相互作用させることが可能です。これを使って、これまでにない高い解像度で、細胞内で進行している複雑な生化学的現象を測定することも、分子を細胞内に送り込むことも可能となるのです。

あなたの研究が個人に与える影響やグローバルヘルスに与える影響はどのようなものでしょうか?

非常に多くの可能性があります。想像してみてください。心臓発作を起こしたり、足を骨折したりした場合のことを。膝がすり減ったり、脳の機能が低下してきたりしたらどうでしょう。再生医療を利用して身体を修復し、これらの組織を元の健康な状態に戻すことができれば、ご想像のとおり、人々の生活の質を完全に変えることができるでしょう。

私はかつて、アフリカのさまざまなグループと素晴らしい共同研究を実施しました。私たちは優れた機能を持ちつつ、手頃な価格で入手可能な材料を設計しています。これによって、より多くの人々の役に立つでしょう。私たちが行っている研究がグローバルヘルスの現場でどれほど大きな影響を及ぼしうるかについて、私は非常に注目しています。私のグループでは、先進国だけに利するような物事について研究してほしくありません。

人間の身体は地球上でもっとも複雑な機械であると、多くの人が認めています。私たちはいつか人体を完全に理解することがあると思いますか?

この分野ではまだ学ぶべきことがたくさんあります。私たちは常に前進しています。人々は組織の構成について考え始めています。大きなスケールで組織について考えると、例えば、骨は非常に硬く、脳は非常に柔らかいと思うかもしれません。

しかし、私たちが本当に関心を持っているのは、これらの組織の構造にズームインしたときに何が起こるかを理解することです。組織中の繊維やマトリックスに何が起こっているのか、細胞はそれらとどのように相互作用しているのか。そうした構造を観察し、その複雑さを再現できるように、新しいタイプのイメージング技術を開発中です。

基礎科学から再生医療へと移行するきっかけはどのようなものでしたか?

私は一分子生物物理学の博士課程で学んでいる間に、この分野に出会いました。博士課程の終わりごろ、アメリカのボブ・ランガー教授の講演を聴きました。教授は、再生医療に関する素晴らしい研究をいくつか紹介する中で、重度の肝不全を患っている小さな男の子の写真を示しました。

この状況を支援するために科学を利用できるのだと考えると、意欲をかき立てられました。そのようにして、この分野でポスドク研究をするようになったのです。教授は、本当に重要な臨床上の問題について私が考えるヒントをくれました。まだ解き明かされていない難題の解決です。これは、ロンドンの私のラボで今も続いていることです。

Riding a motorcycle cartoon

あなたはすでに多くのことを成し遂げていますが、生体材料や再生医療は今後どのようになっていくでしょうか?

私たちは、病気の発見に役立つ材料の設計に興味を持っています。それががんであれ、心臓病であれ、感染症であれ、いずれについてもです。例えば、ウイルスから放出されるタンパク質に結合できるナノ粒子を開発しています。するとその粒子がシグナルを発して、その人が特定の感染症に罹っていることがわかる仕組みです。

W標準的な妊娠検査薬に少し似ていて、それよりも感度の高い検査法を開発しています。これらの検査法を、携帯電話で読み取れるようにして現場に出したいと考えています。そうすれば、診療所には行けなくても携帯電話は使える人々が、検査結果を確認できるようになるでしょう。早期発見ができれば予後に大きな差が生まれます。

科学は素晴らしいブレークスルーばかりではありません。失敗に対してはどのように対処しますか?

私は学生たちにこんな風に言っています。「予想外の結果になったとしても、それを敗北と思ってはいけませんよ」と。実験がうまくいかないことが「失敗」であることはめったにありません。なぜなら、いつもそこから何かを学ぶことはできて、次の科学に進むことができるからです。これはポジティブシンキングと、予想外の結果をどのように利用して自分の強みにするか、ということです。

チームで働くことの楽しさを語ってくださいましたが、最後に、科学者として個人的にわくわくすることは何か、教えてくださいますか?

私にとって、科学者であることは特権です。本質的には趣味であることを、日常的に実行できるのです。新しい科学の成果を初めて目にしたとき、それは衝撃的です。誰もやったことがないことをしているのですから。やがてそれを他の人に伝えるわけですが、最終的には、あなたがその知識を得た最初の人となるのです。私にとってそれは、月面を歩いている感覚に似ています。

心臓や脳の組織を修復できるようになるのは将来の話ですが、それほど遠いことではないかもしれません。世界がパンデミックに襲われている現在、モリーは、無症状の人でもコロナウイルスを早期に検出できる携帯型の新型コロナウイルス感染症の検査法の開発に取り組んでいます。ナノスケールではまだ発見されていないことが多くあるため、Molly Stevensが内なる宇宙の探索を続けて、どのような新しい驚きをもたらしてくれるのか、私たちは期待して待つばかりです。