知っておくと便利な機能、知ってはいるけれど使い分けがよく分からない機能。そんなちょっとした小技を取り上げていきます。

今回のお題は、「低分子測定におけるバルクレスポンスの観察と溶媒補正の誤差の見積もり方」です。

低分子測定におけるバルクレスポンス

低低分子化合物のストック溶液は、多くの場合DMSOに溶解されているため、アナライト溶液として数%程度DMSOを含んだ状態で測定することになります。ランニング緩衝液とアナライト溶液中のDMSO濃度1%の違いは約1200 RUのバルクレスポンスに相当するため、ランニング緩衝液とアナライト溶液中のDMSO濃度を揃えていただくことが重要です。

それでも、図1のように例えば5% DMSOを含むランニング緩衝液中に5.1% DMSOを含むアナライト溶液が流れると、120 RU程度のバルクレスポンスが確認できます。また、厳密に見ると、リガンドが固定化されたセルは、リガンド固定化分センサーチップ近傍へアクセスできるDMSO量が減るため、溶媒効果のずれが生まれます。Biacore™には、これを補正する溶媒補正(Solvent Correction)機能があります。

図1:DMSOによる、リファレンスセルとリガンド固定化セルにおける溶液効果のズレ

低分子測定におけるバルクレスポンスの観察と
溶媒補正の誤差の見積もり方

逆にこのバルクレスポンスを利用することで見えてくるものがあります。DMSOによるのランニング緩衝液とアナライト溶液とのずれが大きいということは、測定環境として、結合相と解離相のバッファー環境が異なっているということ、または、(DMSO濃度と相関するはずの)化合物濃度がずれていることを意味します。そのため、以下の手順で測定系の信頼性について確認することをお勧めします。

  • リファレンスセルのバルクレスポンスの大きさを確認することで、正しい化合物濃度、バッファー環境でアナライトが調製されているかを確認する。(*)
  • [1]のずれが研究目的の上で許容できるようであれば、溶媒補正でさらに真度の高いデータを取得することが理想です。

*:全インジェクションに対するバルクレスポンスの範囲を確認するには図2のReport point rangeで確認できます。個別のインジェクションに対するバルクレスポンスを確認するには、解析ソフトウエアのBinding levelのPlotでFcをリファレンスセルに設定して確認してください。)

濃度のずれそのものを、リファレンスセルのバルクレスポンスで確認して、それが問題で無いと判断できることがまず重要です。続いて、溶媒補正後のレスポンスの真値からのずれに関しては、得られる特異的結合レスポンスの大きさに対して研究の目的上無視できるかどうかで判断します。

特異的結合レスポンスの大きさがどれくらいになるのかは、初めて試される試験の場合は予測できないことも多いと思われます。溶媒補正に関しましては、従来1%までのDMSO濃度では必要ないと記述されてる資料もありますが、最終的には、溶媒補正をしない場合に生じる測定系ごとの誤差を測定者が許容できるか次第です。この判断に迷われる場合は、溶媒補正を実施してください。

もし、すでに試されている試験で、十分に特異的結合レスポンスが高く得られて、調製濃度のずれのリスクが非常に低いと判断できるのであれば、溶媒補正を入れないという選択肢もあります。そして、それはDMSOの濃度で決められるものではありません。

その測定系において、DMSOのずれがどれだけ補正後のデータにずれを生じるかは図2の溶媒補正における補正用曲線を見ると判断することができます。

図2:溶媒補正における補正用曲線

例えば5% DMSOを用いる場合、4.5%~6%のような5%を挟んでやや高めの範囲でDMSO溶液を4点~8点程度セットすることが標準的です(**)。X軸:リファレンスセルのレスポンス、Y軸:リガンド固定化セルーリファレンスセルのレスポンス。Report point range:本測定の各検体が示したバルクレスポンス(リファレンスセル)の範囲、Correction range:補正される最大補正値(RU)~最小補正値 (RU)の範囲(=溶媒補正をしなかった場合想定される誤差範囲)。

**:特にBiacore™8K/8K+では流路構造の工夫により検量線がおおむね直線的になるため、標準設定として4点になります。それ以外の機種では、設定するDMSO濃度の範囲の広さ、検量線の直線性、測定に求める真度と測定時間やバイアル設置個所のバランス、などの要素を考慮して濃度点数を決定してください。

溶媒補正の詳細なプロトコルについては、以下をご参照ください。

溶媒補正の検量線はどこを参照しているか
検体はどこの検量線を参照しているか

前述の通り、例えば5% DMSOのランニングバッファーで、4.5%~6%の範囲でDMSO溶液を4点程度セットします。すると図3のようなセンサーグラムが得られます。ランニング緩衝液に5% DMSOが含まれる場合、6% DMSOを添加した場合には上向きに、4.5% DMSOを添加した場合には下向きにレスポンスが現れることを確認してください。

図3:溶媒補正のセンサーグラム

Biacore™の機種によって、溶媒補正用のDMSO溶液をインジェクションする時間やレポートポイントのデフォルト設定が多少異なります。また、溶媒補正サイクルに挟まれるサイクルの検体レスポンスがどの検量線を参照して補正計算されるかも異なります。表1にまとめましたのでご参考ください。

表1:機種による溶媒補正の違い。
(***)Biacore™ 8K/8K+標準のInsight Evaluation Softwareによる検量線の参照方法です。本Software はBiacore™ T200/S200にも対応しますが、各機種Evaluation Softwareと検量線の参照方法が異なりますのでご注意ください。

次に検量線サイクルの各プロットにフィッティングした検量線がどのくらいの補正誤差を生じうるのかの確認方法ついてご紹介します。検量線は2次関数に各検量線サイクルのプロットをフィッティングしています。それが各プロットに対してどのくらい正確にFitしているかはChi2が一つの判断指標になります(図4)。弊社の英語版のBiacore™T200のマニュアルにはChi2<2であることを推奨していますが、もちろんこれも測定者の許容する誤差に基づいて判断していただいて構いません。

ただここでChi2が測定者が許容する基準に達していない場合は、各サイクルのプロットを右クリックすることによりそのサイクルのセンサーグラムを確認することができますので、なにか明らかに異常が起こっていてそのデータを棄却するべきかどうかを判断してください。そのうえで、OKを押して溶媒補正を実行する、というワークフローになります。

また、図4の通り、溶媒補正用DMSO溶液の濃度範囲に、本測定の各検体が示したバルクレスポンスの範囲(Report point range)が収まらなかった場合、センサーグラムの補正誤差が大きくなることはもちろん、アナライト溶液の一つもしくは複数の調製そのものに問題があると考えられますのでご確認ください(上述の 1) および(*)参照)。

図4:溶媒補正における補正用曲線と判断指標

最後に、競合アッセイなどに有用なA-B-A Injectionというコマンドを使用する際、溶媒補正における注意点があります。A-B-A Injectionとはなにかも含め、「Tips・FAQsこんな機能あったんだ(1):Dual injection」と「A-B-A injection」」をご覧ください。