およそ2年に1回のペースで、弊社主催の国際的な分子間相互作用解析シンポジウムであるDiPIAを開催しています。新型コロナウイルスの影響を受け、前回に引き続きDiPIA2022もオンラインで執り行われました。ここでは公開可能な資料から内容を一部抜粋してまとめをお届けします。
DiPIAとDiPIA2022について
Developments in Protein Interaction Analysisの頭文字を取ってDiPIAという名称を取っています。前身であるGE Healthcare時代、2005年にペンシルバニア州フィラデルフィアで実施されたDiPIA2005を皮切りに、およそ2年に1回のペースで世界中で実施されています。1990年にBiacore™の初号機が誕生してから30周年という節目の年であったDiPIA2020から、残念ながら新型コロナウイルスの影響を受け、オンラインでの開催が続いています。DiPIA2022も引き続きオンラインでの開催の運びとなりました。今年は2日間の設定で、日本時間で2022年10月19日21時開始、0時終了、20日21時開始、0時終了というスケジュールでの実施でした。日本時間にはややハードですね。
DiPIA2022では総勢9名の外部講演者様をお招きし、またCytiva R&Dから1名の発表(Biacore™の新製品、Biacore™ 1 seriesの発表でした)、その他パネルディスカッションやポスター発表などが行われました。一部の資料は公開されており、ここからご登録の上、無料でご視聴いただけます。オンラインながら過去最大のご登録者をお迎えすることができ、分子間相互作用に対する世界的な機運の高まりを感じました。
DiPIA2022 公開されている資料のご案内
ここでは現在公開されている資料についてサマリーを掲載いたします。詳細に関してはぜひビデオをご覧ください。以下のサマリーでは、ご講演者様の発表内では述べられておりませんが私からの補足情報も掲載しております。補足情報に関しては*の注釈マークを付けておきましたのでご参考になさってください。
Biacore 1 seriesの発表
Veronica Fridh, Cytiva
2023年よりみなさまにお届けできる予定の新装置、Biacore 1 Seriesのご案内です。
一挙にBiacore™ 1K, 1K+, 1S+という3機種が発表になります。こちらに関しては詳細をご希望の方はぜひ弊社までお問い合わせ( Tech-JP@cytiva.com )ください。より詳しい内容をお届けできます。簡単にご確認いただける製品ご案内ページはこちらです。
Unexpected moves in MutSα result in high affinity DNA mismatch binding
Alexander Fish, Netherlands Cancer Institute
2015年にノーベル賞「DNA修復機構の解明」における「ミスマッチ修復機構」でも登場したMutSについて動的変化を検証しています。MutSタンパク質は誤ったヌクレオチドを認識しますが、特定のドメインがDNA結合を安定化するキーとなることを証明しました。
ヒト由来のMutSα は MSH2とMSH6のドメインの二量体です。DNAとE.coli由来のMutSあるいはMutSαの複合体の結晶構造は類似している一方で直接結合のデータを比較するとMutSは解離が速くMutSαは非常に遅いことが分かります。nanoDSF解析において変性中点温度はMutSαV63E≒MutSαWTですが、一方でDNAとの複合体はDNA-MutSαV63E<DNA-MutSαWTとなりました。
*MutSは細菌からヒトまで存在するDNA損傷修復誘導タンパク質です。
MutSαのV63はMSH2とMSH6の中間付近に位置するアミノ酸ですが、mutantのV63EはMSH2とMSH6のinterfaceを阻害します。Interfaceの変異はMutSαがDNAと結合できなくなるほどの激しい影響こそないものの、安定性が失われることを確認しています。Interface付近に関連する複数のアミノ酸置換体mutantを作製し、Biacore™で解離速度を検証し、MutSαV63EはMBD2(DNA結合ドメイン)がダイナミックに移動することを確認しました。MBD2はsafety lockのように働くと結論付けました。
Application of SPR to understand complement mediated disease and therapeutic approaches
Claire Harris, Cardiff Univ. Honorary Prof. and Newcastle Univ. Visiting Prof.
センサーチップ表面上で補体の活性化機序を完全追跡、抗補体治療薬の「表現型スクリーニング」とも言うべきツールを提供しました。SPRが病気の原因となる補体のメカニズムを解読するための有用なツールであることを明示しています。
補体は細菌の表面に穴を開け、水や電解質を侵入させ死滅させます。常に活性化し続けて身体を守る役目を果たしますが、一方で自己と非自己を認識できません。これを制御する機構の研究が趣旨になります。補体が病原体に結合する3種類の経路のうち、免疫複合体もなしにC3が自発的に抗原と結合する別経路について、SPRセンサーチップ表面上で活性化プロセスを再現しています。C3b固定化チップを作成後、fBとfDを添加、Bbが排除されるとC3を基質として添加、活性化でC3aとC3bに分離されると、非常にユニークにC3bは何のケミカルもなしにチップ表面上で共有結合します。こうしてチップ表面上のC3bをクラスター化することに成功しています。クラスター化されたC3bにC5+C6を添加することでMAC(Membrane Attacking Complex)に続く経路も確認が取れ、さらにC7との結合も確認しています。またC3bBbにDAFを添加するとまるで再生溶液を添加したかのようにC3bだけの状態に戻ることも検証したりと、チップ表面上での補体制御メカニズムを再現しています。
The role of biosensor-based interaction kinetic analysis for the discovery of direct acting COVID-19 drugs
Helena Danielson, Uppsala Univ.
コロナウイルスRNAから翻訳された巨大タンパク質から構成タンパク質に切断する酵素Mproに対する阻害剤検討です。彼らのスクリーニングカスケードを明示しています。
阻害剤のスクリーニングにおいては1) in silico screening 2) 商用hitの購入/in-house合成 3) hitsの実験的検証(SPR、酵素活性アッセイ、細胞でのウイルス複製) 4) hit analogues選別、場合により2)に戻る、という流れを組んでいます。酵素アッセイではなくSPRをメインドライバーとすることの意義として、阻害剤と酵素の詳細な相互作用の情報は基質ベースのアッセイを介在せずにしか得ることができない、経口ベースの酵素アッセイを使用して得られた阻害データは蛍光シグナルを持つ化合物や消光する化合物については困難であること、親和力の強い化合物のIC50が求められないことなどを挙げています。
アッセイのセットアップに関するscreening cascade(How to要素)が多く含まれている発表でした。Drug Discovery Projectにおける相互作用測定には、第一にHigh quality proteinの確保、第二にHigh quality chemical librariesの確保、第三にHigh quality reference compoundsの確保、第四に適切なアッセイセットアップと解析であると述べており、測定系云々の前に材料の重要性を説いていることも実に注目していただきたいポイントです。
* Mpro(メインプロテアーゼ)、PLpro(パパイン様プロテアーゼ)はウイルスRNAより翻訳された巨大なタンパク質から構成タンパク質に切断する酵素です。この酵素を阻害することでウイルスの複製を防ぎます。C型肝炎ウイルスやHIVにも同様の機構が備わっているため、これらの阻害剤の探索は有意義なものです。Mproはその他のコロナウイルスと高ホモロジーです。既に2つのMpro阻害剤が概念実証されており、一つはPfizerのPaxlovid、もう一つはShionogiのEnsitrelvirです。
Stabilization of protein-protein interactions(PPIs) through molecular glues: promising approach in drug discovery
Marta Westwood, Pharmaron
近年急速に研究が進む分子糊について、モデルタンパク質を対象としてその選択性やkineticsの変化を検証しました。分子糊については作用機序の深い理解が望まれます。
14-3-3タンパク質というモデルタンパク質を用いてこれまでに報告されている14-3-3/PMA複合体の相互作用を安定化させる分子糊フシコシンAについて紹介したのちに、14-3-3/SLP76相互作用を安定化させる分子糊の探索を行っています。HTRFで20000化合物をスクリーニングし、16化合物まで絞り込んでSPRで詳細解析を行っています。
*14-3-3タンパク質ファミリーは酵母からヒトに至る全ての真核細胞生物の広範な細胞に普遍的に存在し、あらゆる局面に関与します。ホモ二量体を形成しておりω型で、クライアントタンパク質の特定の配列内にあるSer/Thr残基をリン酸化依存的に認識捕捉し、クライアントのリン酸化状態の生理的機能を発現させる役割を担います。500以上のクライアントと結合できるのは、このようにクライアント全体を認識しているわけではなく、リン酸化部位周辺配列のみを標的としているためです。14-3-3はSLP76のSH2ドメインと結合することでネガティブなT細胞レセプターシグナルを調節します。14-3-3/SLP76のPPIは過剰活性化されたT細胞により引き起こされる自己免疫疾患や炎症性疾患に効果的と言えます。
What rules the recognition of Tcell engagers to neoantigens? Structural and kinetic binding insights
Sandra Gabelli, Johns Hopkins Univ.
癌細胞で起こる遺伝子変異により新たに出現した癌抗原(ネオアンチゲン)とT細胞上のCD3を認識するBispecific抗体を作製、詳細解析しその構造学的な違いを明らかにしました。
腫瘍細胞上にHLAを介して提示されるMANAsのペプチドとT細胞上の抗原に対するBispecific抗体をファージディスプレイで作製しました。p53R175HHLAに対するanti-CD3(TCR用)/anti-pHLAのBispecific抗体の詳細解析にBiacore™ T200を使用しています。
*ネオアンチゲンとは、がん細胞で起こる遺伝子変異により、新たに出現したがん抗原のことです。多くのがんはよく知られたドライバーとなる遺伝子変異を持ち、MANAs(Mutation-Associated Neo-Antigens)を生み出す可能性があります。
いかがでしたでしょうか?ぜひ世界のユーザー様のBiacore™の活用方法や価値についての考え方に触れていただき、それを持ち帰ってみなさまのご研究室でお試しいただければと思います。