ka、kd測定時にはマニュアル等の至適固定化量基準値・計算式を適用して大体問題無いのですが、実は統一的な基準値を作ることなんて出来ないのです。だから“私の固定化量これで大丈夫?”を考えるコツをご紹介します。
まず何故固定化量を低くしたほうがいいの?ということですが、これはマストランスポートリミテーション(MTL)に起因する解析数値の誤差をなるべく小さくするためです。ですのでその意味ではどんなサンプルでも固定化量は低くすればするほど良いし安全なわけです。でもどのくらい”良い”(誤差が小さくなる)かはサンプルによって変わります。一方でどこまで固定化量を低くして大丈夫なの?逆に低くしすぎて問題にならないの?ということも考えなければなりません。そのあたりのさじ加減をどうするか、を今日はお話ししたいと思います。
まず、本記事での“固定量”というのは 実際にMTLの効果や結合レスポンスの高さに相関する“結合活性を有するリガンドの固定化量”という意味になります。つまり、
”固定化後に数値で表される固定化量” × “センサーチップ上で結合活性を有しているリガンドの割合”です。
次に考えるのは、測定している皆さんが求めたいka、kdにどれくらいの誤差を許容するか、ということになります。論文に単独の分子で数値を出そうとする場合はピカピカの完璧に近いデータが欲しいですし、一方でいくつかある分子の相互作用で、まぁ研究のストーリー上はランキングが分かれば最低いいけれど数値化はしておきたいな、というのもあったりしますよね?そういう目的に沿って大体でいいので、誤差が30%もあったら嫌なのか、3倍までなら許すのか、というのを考えておきます。次に、その許容する誤差に対して、測定した(する)相互作用がどれくらいka、kdの誤差を引き起こしやすいものなのか、ということに対する以下のポイントを考慮してみてください。
① アナライトの分子量は小さいか?
② 結合速度定数kaが装置スペック限界に近いほど大きく(速い結合)ないか
③ ブランク(0濃度)のバラツキがどれくらい大きいか
④ 解離速度定数kdが装置スペック限界に近いほど大きく(速い解離)あるいは小さく(遅い解離)ないか
上記の①と②の条件は実は2つとも、MTLが起こりやすくなる相互作用なので固定化量をなるべく下げる、と判断するための指標です。①は意外に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、アナライトの分子量が小さいとその分固定化量(モル数)を稼ぐ必要がありますので、MTLが強くかかりがちです。これは低分子の拡散速度の高さによるMTL軽減効果を上回ります。
③と④の2つも実はセットで考えた方が良いものです。これらはどちらも取得したセンサーグラムの形状そのものの誤差が数値(ka、kd)に及ぼすインパクトが大きくなるプロファイルなのであまり固定化量を低くしすぎると誤差が大きくなるリスクが高いと判断する指標だということです。例えば解離速度が3分間で10RU降下する速い解離のセンサーグラムと1RU降下する遅い解離相互作用を比較し、どちらも3分間の降下レスポンスの誤差が±0.5RUだったとします。どちらがkd値に及ぼす誤差として大きいかといえば、3分間で1RUしか降下しない相互作用の方が誤差が大きいわけです。それであれば、固定化量はむしろ少し高くしたほうが降下レスポンスの幅も大きくなるので±0.5RUの誤差も無視できるようになるかもしれません。そしてこの±0.5RUの誤差に大きく関わってくるのがブランク(0濃度)のバラツキの大きさです。このブランクを複数回とった時に同じ3分間でのずれが1RUあったとしたら、それだけでサンプルの解離降下の誤差は少なくとも1RUとなってしまうわけです。(Fig. 1)
従いまして、低分子で結合速度定数kaが大きいもの(これは現実上親和性も高いものになりますが)通常は基準値としてよく見る値よりも固定化量を小さくしたほうが良いことが多々あると思います(実測のRmaxが5RU以下というような条件にして測ることもあります)。また解離速度が遅い抗体抗原反応などではアナライトの分子量はそれなりに大きいことが多く結合速度も低分子ほど速くならないことが多いです。従って一生懸命固定化量を下げるよりも少し余裕をもった固定化量にしたほうが、解離速度定数kdの誤差は小さくなることが期待されます。
①、②のようなMTLに基づく解析(フィッティング)上の誤差は、ソフトウエアのka、kdの各解のSE値や、U-value、QC tabの“Kinetics constants appear to be uniquely determined”のシグナルなどが判断基準になると思います。
また③、④のようなセンサーグラムそのものの形状の誤差がどれくらいの解析数値誤差を生じうるかを見積もるにはシミュレーションソフトが便利です。最近Biacore™ Simul8が公開されました。このソフトの使い方はまたご紹介することもあるかと思いますが、まずはこの誤差の見積りにも有用ということでご紹介させていただきます。
最後にもしよろしければ、Cytiva Webinar”Biacore™の測定系構築の勘所”をご覧ください。こちらでも固定化量ついて語られていますので合わせてご覧いただけますとご参考にしていただけるかもしれません。