Biacore™を使い始めると、“マストランスポートリミテーション(MTL)”という言葉を耳にすることがあると思います。

MTLは良くないものだし、これを軽減するためには固定化量を下げて、流速をあげるとどうやら良いらしい、ということは多くの皆様がご理解いただいていると思います。

しかし、実際にはどんなことが起こっているのかをイメージするのは難しいと思います。現在のBiacore™の解析モデル式はマストランスポートリミテーション現象を記述した関数が搭載されていますが、逆にこの関数を読み解くとMTLでどんなことが起こっているかの“動画”が頭の中に浮かぶようになります。

それでは早速1:1 binding model (with MTL)の関数を見てみましょう。以下のような連立微分関数で記述されています(いきなり数式の羅列ですが、もう少しご辛抱下さい!)。

この式を読み解くことで、図1で分子がどう動いているのかをイメージできるようにしたいと思います。


A(solution) = Conc ---①

A[0] = 0
dA/dt = (tc*f^(1/3))*(Conc-A) - (ka*A*B - kd*AB) ---②

B[0] = RMax
dB/dt = - (ka*A*B - kd*AB) ---③

AB[0] = 0
dAB/dt = (ka*A*B - kd*AB) ---④

Total response:
AB + RI

Model Parameters Obtaiend from
ka Association rate constant(M-1s-1) Fitted
kd Dissociation rate constant(s-1) Fitted
Rmax Analyte binding capacity of the surface(RU) Fitted
Conc Analyte concentration(M) Input
tc Flow rate-independent component of the mass transfer constant Fitted
f Flow rate(μLmin) Input
tOn Sample injection start time(s) Input
tOff Sample injection end time Input
RI Bulk refractive index contribution in the sample Fitted

まず式①でA(solution)はConcと等しい値、つまりバイアルやプレートにセットしたアナライト濃度のことと定義しています。

次に式②で“A”という変数がありますが、これはセンサーチップ表面近傍のアナライト濃度ということになります。実は同じアナライト濃度でもこのConcとAという2つの値が存在することがMTLの本態を説明するのに大変重要です。

MTLはリガンドの固定化量が高すぎで、流速が遅いと、単位時間あたりにリガンドが結合したいアナライトに供給速度が足らなくなり引き起こされるとよく説明されます。この“供給速度が足らない”ということは言い換えるとリガンド表面において、アナライト濃度が存在するべきConcに達せず、それより低いAという濃度になっている状態といえます。

ここでよくある思い込みをご紹介しますと、このアナライトの供給というのが、センサーチップ表面近傍においても添加の流れの上流から下流に供給されていると考えてしまうことです。

実際は、センサーチップ表面近傍(流体が流れる時の境界・壁面)に近づくにつれ、流速は遅くなり、非攪拌層が生じます。従って実際にアナライトがセンサーチップ上のリガンドに供給される動きは、インジェクションされる上流から下流ではなく、流路の中央部から壁面に向かった拡散現象によって起こっています。

式②は時間当たりのAの変化を記述しており、その一つの要素はこの拡散現象であり、それは“(tc*f^(1/3))*(Conc-A)”の部分です。

つまり、センサーチップ表面近傍の濃度と添加濃度の差が大きいほど速く表面近傍へ拡散します、と記述している部分になります。この拡散現象に加えて、センサーチップ表面近傍ではリガンドへの結合と解離によっても遊離のAは常に変動します。これを記述しているのが“- (ka*A*B - kd*AB)”ということになります。

この式②がMTLでアナライトの供給が足りなくなる⇒アナライトのセンサ―チップ表面近傍の濃度が低くなるという現象を記述しており、式でMTLを記述すると”こうなる”ということの核心になります。

式③と④は一見特に意外なことはありません。でもこれらの式はBiacore™のセンサーグラムの結合相だけでなく解離相にも適用されるのですよ、といわれるといかがでしょうか?

多分解離相で何故 ka まで関係するんだ??ということを思う方もいらっしゃるかもしれません。

MTLを考慮に入れない理想系では確かに解離相は“kdAB”でのみ記述されるはずですが、実際には大なり小なりMTL環境にはなりますので、式②の通り解離相においてもAが0ではないということになります。

つまり解離相においても解離だけではなく結合現象も起こっている、という分子の動きを記述している、ということになります。

最後にこのようにBiacore™にフィッティングに用いられている関数にはMTL環境での分子の動きを想定したものになっておりMTL環境下でもフィッティングがなるべくかかるようにしています。

ただ、それでもka,kd測定のための実験上はMTLをなるべくおこさない、低固定化量・高流速の条件を守ることは重要です。モデル式で対応していたとしても、必ず生じる実験誤差に対して算出されるka, kdの解の誤差がMTLの影響が高いと大きくなってしまうからです。

図1:

※文章中のConcはAbulk、AはASurfaceと同じです