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生化夜話 第52回:核酸の純度を示すA260/A280、はじめて使ったのは誰?たいへん有名な分子生物学実験マニュアル本のMolecular Cloning(筆者の手元にあるのはSecond Edition)でDNAおよびRNAの定量について調べると、夾雑物が多くない場合は分光光度計での定量がシンプルで正確であるとしています(核酸の量が少ない場合や、夾雑物が多い場合は、エチジウムブロマイドを用いた蛍光の定量をすすめています)。分光光度計で測定した260 nmの吸光度から核酸濃度を算出でき、さらに260 nmと280 nmの吸光度を用いて純度も調べられる、と説明しています。 分子生物学のマニュアルなどでよく見かける A260/A280(またはOD260/OD280) の式です。これでDNAなら1.8、RNAなら2.0で"pure"であると記されています。 筆者も、学生時代にこの方法や値を習いました。ところで、A260/A280で純度を計算する方法の創始者は誰なのでしょう? 核酸の純度チェックではなかった?1940年代はじめ、カイザー・ヴィルヘルム研究所のオットー・ワールブルクは、同じ研究所に勤めるヴァルター・クリスティアンと解糖に関わる酵素の1つであるエノラーゼ(ホスホピルビン酸ヒドラターゼ)の単離に取り組んでいました。 筆者の心もとないドイツ語力(筆者の第二外国語はフランス語)を駆使して訳すと、2人が1942年に発表したエノラーゼの単離に関する論文に、酵素タンパク質と核酸の吸光という小見出しをつけた章が3ページ半ほど載っています。 ここで、調製したサンプル中のタンパク質濃度を測定するために、280 nmの吸光度を測定しています。ただし、(当時の調製方法では)タンパク質サンプルに核酸が混入していることが多々ありました。核酸もタンパク質の濃度測定に使うのと同じ280 nmの光を吸収するので、ワールブルクたちは彼らの目的タンパク質であるエノラーゼと核酸の混入量の変化に応じた吸光度の表を示しました。 そして、「タンパク質サンプルにどれくらい核酸が混入しているか」を算出する方法として、260 nmと280 nmの吸光度の比を使う方法を紹介しました。
タンパク質サンプルに5~10%ほどの核酸が混入してるだけでも、吸光度の比は大きく変わるため、タンパク質サンプルの核酸コンタミチェックの方法としては検出能力が高く、しかも簡便でした。 しかし、ワールブルクたちは、タンパク質と核酸の吸光度は、それぞれ異なるので、これはあくまでも近似法であると、彼らの出した値を無条件に適用することを戒めていました。 生化学から分子生物学へタンパク質サンプルの核酸コンタミチェックだった方法が、核酸サンプルのタンパク質コンタミチェックという逆の使い方をされるようになったのは、筆者の調べたところでは1950年代後半のようです。この時期、核酸の定量に分光光度計を使うのは一般的でも、260 nmと280 nmの2波長での測定はまだ普及していませんでした。 当時の核酸抽出法では定量に影響を与える夾雑物(特にタンパク質)が多く含まれていました。そのため、抽出法を検討したり、夾雑物をイオン交換担体に吸着させてみたり、ペーパークロマトグラフィーや電気泳動で分離してみたりと、その当時の研究者はいろいろ苦労していたようです。 それならば、せめてどれくらいタンパク質が含まれているかは調べよう、ということでワールブルクたちの方法を逆の用途で使いはじめたのではないかと筆者は推測しています。 AGPC法の開発者であるピオトル・チョムジンスキー(第21回:民主化運動が生んだRNA抽出法)と、彼の同僚であるウィリアム・ウィルフィンガー、キャロル・マッケイが1990年代後半にA260/A280による核酸の純度測定について書いたところによると、この方法が本格的に普及したのは、分子生物学が盛んになってからのことだそうです。冒頭のMolecular Cloningをはじめとした有名な分子生物学実験マニュアル本に収録されました。 逆もまた真なりとは限らないA260/A280による核酸の純度測定はとても簡便で、広く使われるようになりましたが、1990年代に入ると、そこまで信用してよい方法なのかと疑問を呈する報告が出されるようになりました。 コネチカット大学のジェイ・グラセルは、核酸とタンパク質の260 nmと280 nmの吸光度の比率から、核酸サンプルに含まれるタンパク質を検出する方法としては精度が低いことを示しました。確かに、実験マニュアル本に書いてある通り、純粋なRNAサンプルの場合、A260/A280の値は2.0になりますが、これがRNA 70%、タンパク質30%になっても、比の数値は1.9を超えているのです。タンパク質の混入量がよほど大きくならないとA260/A280の値は大きく変化しないため、かなりタンパク質の混入が多いサンプルでも、純度が高いサンプルと誤解するおそれがあるというのです。 さらに、前述のチョムジンスキーたちは、バッファーのイオン強度やpHが核酸の吸光度に大きく影響することを示しました。 彼らは、抽出した核酸サンプルを希釈する水を変えると、元のサンプルは同じなので核酸とタンパク質の比率も変わらないにもかかわらず、A260/A280の値が変わることがあるという経験をしていました。そこで、タンパク質以外に、A260/A280の値に影響する要因を探り、イオン強度やpHが影響することを発見しました。 例えば、紫外領域における核酸の吸光度は、プリンとピリミジンに含まれる共鳴構造によるものが大きいのですが、この共鳴構造はpHによって影響を受け、その結果として吸光度が変わってしまうのです。 彼らはAGPC法の試薬で抽出したRNAを、さまざまな塩濃度・pHのバッファーで希釈し、GeneQuant™などの市販の分光光度計で測定した結果を1997年に報告したのでした。 魔法の箱と魔法の液体にしないために学生時代、筆者は指導教官に、「原理を理解しないと魔法の液体を混ぜ混ぜしてるだけになってしまうぞ」と言われて、実験の原理や各ステップの意味を調べたことがありました。 試薬のキット化や、機器の自動化などがすすみ、とりあえず実験結果を出すだけならば、さほど難しくはない時代になりました。しかし、何をどのように見ているのか、という知識があれば、実験結果が想定と異なる場合に、何が結果に影響しているのか検討するのがぐっと楽になるのではないでしょうか。前述の吸光度とpHの関係も、核酸の吸光度として見ているものが、実は特定の分子に含まれる共鳴構造の吸光度であると分かっていれば、びっくり仰天というほどではないと思います。 そうした考えが、「魔法の液体云々」という指導教官の教えの背景にあったのかと想像しています。 参考文献
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