優しさから発見へ~光毒性が低いライブセルイメージングだからこそ分かった
~ES細胞の分化に伴うゲノム移動度の変化と、X染色体不活性化の仕組み~
DeltaVisionお客さまの声(1/2)
増井 修 博士
独立行政法人 理化学研究所 統合生命医科学研究センター 研究員
独立行政法人 科学技術振興機構 さきがけ研究者
ご略歴(2013年6月現在)
2002年 京都大学大学院医学研究科修了(医学博士)、京都大学ウイルス研究所 博士研究員、同 助手
2003年 フランスCurie Institute Post-doctoral fellow
2011年 理化学研究所 免疫アレルギー科学総合研究センター 研究員
2013年 理化学研究所 統合生命医科学研究センター 研究員
理化学研究所 統合生命医科学研究センター 研究員の増井 修博士は、X染色体不活性化に関与するエピジェネティクスシステムについて、特にXist (X-inactive specific transcript) に関する研究でご活躍されています。2011年にはCellに、「生細胞イメージング法を用いたX染色体の対合とX染色体不活性化の解析」(*1)を発表されました。今回、Cellに発表された研究内容や、論文中に示されているDeltaVisionを用いた生細胞イメージングデータを取得された時のことなどについてお話を伺いました。
発生初期に起こる重要なエビジェネティクス現象、X染色体不活性化
インタビューの冒頭、増井博士は、X染色体不活性化とは何か?これまでに明らかにされていることは何か?ということから、どんな疑問がCellに発表された研究の始まりになったのかをお話しくださいました。
「多くの生物種では、雄と雌の違いは性染色体の組合わせによって決まり、XY型の性染色体を持つ生物では雄はXY染色体を1本ずつ、雌はX染色体のみを2本持っています。例えばヒトの場合はY染色体には数10の遺伝子しかないのに対して、X染色体には1,000以上の遺伝子がコードされており、そこには細胞が生きていくのに必要なハウスキーピング遺伝子も含まれています。もし、X染色体の数に従って遺伝子を発現したとすると、X染色体上の遺伝子発現量が、雄と比較して雌では2倍になってしまい、致死的であることが明らかになっています。そこで、生物はこの2倍の差を解消するために、以下のような様々なメカニズムを発達させてきたと考えられています。
- 哺乳類:雌の2本のX染色体のうち1本を不活性化し、転写を抑制
- ショウジョウバエ:雄のX染色体の遺伝子転写量を2倍に活性化
- 線虫:雌の2本のX染色体の遺伝子転写量を1/2ずつに抑制
共通点は、雌と雄との間で、X染色体からの遺伝子発現量を同じにする、ということです。
哺乳類での、細胞の分化に伴って起こるX染色体不活性化は、X染色体上にコードされている Xist non-coding RNAが、片方のX染色体全体を覆い、不活性化して転写を抑制することにより生じます。(図1)カンガルーなどの有袋類の場合、父親から受け継いだX染色体が常に不活性化されます。一方、ヒトやマウスなどの有胎盤類では、父母どちらかからのX染色体が Xist RNA の蓄積によってランダムに不活性化されます。このXist RNA のように、ランダムにどちらか一方のアリルから遺伝子が発現することをランダム単アリル性発現といい、他にもいくつかの例が知られています。
なぜ哺乳類が、このようにランダムにどちらかの X染色体を不活性化するメカニズムを獲得したのか?メリットは何か?と考えると、X染色体に関連した血友病や色盲などの遺伝病の発症に関係する可能性が挙げられます。女性はランダムにどちらか1本のX染色体を不活性化するので、片親からのみ変異遺伝子を引き継いだような場合には半数の細胞では正常なX染色体が働くことで、症状の緩和、あるいは発症させないようにしています。しかし男性は1本しかX染色体をもたないため、全ての細胞で変異遺伝子が発現して発症に繋がります。女性に明らかにメリットがあるので、進化上、Selective Pressure(選択圧)として獲得した機構ではないかと考えられます。
図1. Xist RNAがX染色体を覆って染色体を不活性化する模式図
X染色体不活性化は、同じ細胞核の中で、同じ DNA 塩基配列を持つ2本の X 染色体の1本だけを不活性化するという、エピジェネティクスな現象の代表例です。これを解析することで、他の様々なエピジェネティックな現象に共通するものを見つけられるのではないかと考えています。X染色体不活性化がなぜランダムに起こるのか?なぜ1本しか転写が不活性化されないのか?それを探ろう、というのがCellに発表した研究の始まりでした。」
X染色体不活性化を引き起こすXic領域の対合をライブで観る新しい試み
「Xist RNAは、X染色体上の数100 kbの範囲にわたるXic (X-inactivation center)領域(図2)から転写されるもので、不活性化されているX染色体から例外的に発現している遺伝子として発見されました。X-inactive specific transcript = 不活性X染色体から作られる転写物、つまり、出てくるはずがないのに、不活性X染色体から発現するもの、という意味です。
図2. Xic (X-inactivation center) 領域模式図
X染色体不活性化は発生のごく初期段階で生じるのですが、ES細胞を分化させることで培養条件下でも再現できます。未分化な細胞では、2つのXic領域は核内でランダムな位置取りをしていますが、分化が始まりX染色体不活性化が始まる段階になるとそれらが近接して対合することが観察されていました。 細胞核内にランダムに存在する2つのもの同士が対合する確率は計算上2%程度のはずなのに、Xic領域の対合は観察した総細胞数の約10%程度で起こります。このことから私達は、対合には意味があり、これによって2つの Xic領域が何らかの情報を交換しているのでは?それにより、片方の Xic領域からだけXist の転写を活性化しているのではないだろうか?と考えました。
不活性化が始まる前のXic領域には転写因子など様々な因子が結合していると考えられています。Xic領域の対合は一過性に生じることが観察されていたので、対合を形成したXic領域が離れていくときにある一定の確率で、2本のX染色体上のXic領域に結合するそれらの因子量に不均衡が生じているのでは?その結果、どちらかのアリルからXist の転写が活性化されるのでは?もしくはそのアンチセンスのTsix の転写が不活性化されるのでは?という仮説を立てました(図3)。これを証明するために、それまで固定した細胞でしか行われていなかった実験を、生細胞でイメージングしたのが新しい試みです。ライブで実験するために、Xistの隣にTet operator – repressor systemを挿入してゲノムDNAを可視化する実験系を構築しました。
図3. ランダムなX染色体不活性化メカニズムの仮説図
2つのXic領域間の距離が2 μm以下であることを対合と定義し、DeltaVisionでライブセルイメージングを行いました(図4)(動画1)。対合の様子を正確に解析するために、3Dでの解析にこだわりました。DeltaVisionに附属のソフトウェアで、異なるz軸平面の2点間の距離を計測した結果、
- 対合(Xic領域間距離が2 μm以下)の持続時間が平均45分間である
- 対合している間の特定の1 -2分間にXic領域同士が完全に重なり合う(Xic領域間距離が解像度限界以下になる)
という2つのことが分かってきました。」
図4. 生細胞イメージングの概要図
動画1. Xic領域のライブセルイメージングの様子
» ライブで対合の様子を撮影するためにDeltaVisionを使った理由