幹細胞の生体外増幅を捉える ~大腸上皮幹細胞の生体外培養法の確立~
DeltaVisionお客さまの声(2/3)
東京医科歯科大学 消化管先端治療学
准教授 中村 哲也 先生
生体外培養した幹細胞による腸組織再生
次に中村先生のグループは、“培養した幹細胞が、真に組織再生可能な幹細胞であるのか?”を検証する課題に取り組まれました。消化管の領域ではまだ誰もやっていない、生体外培養した幹細胞の移植による、腸組織の再生です。
移植実験のドナーにEGFPトランスジェニックマウスを、レシピエントにRAG2ノックアウトマウスを使用しました。RAG2ノックアウトマウスに経口でDSS(デキストラン硫酸ナトリウム)を与えると大腸上皮障害を起こし、上皮組織が失われます。
ここに、EGFPトランスジェニックマウスから採取したLgr5陽性幹細胞を生体外で培養した細胞を移植して、傷の修復を観察しました。(注:本実験のEGFPトランスジェニックマウス由来の細胞は、前述のノックインマウスと異なり、Lgr5の有無にかかわらずGFPを発現します。)
移植後6日目の大腸を解剖したところ、上皮障害を起こした部分にGFP陽性細胞が生着していました。さらに顕微鏡で観察すると、大腸上皮障害でずたずたになったレシピエント上皮を覆うように、GFP陽性細胞が並び、場所によってはクリプトのような窪み構造を形作り始めている様子が観察されました。
移植4週後には、レシピエントマウス自身の再生してきたクリプト構造に交じって、全体がGFP陽性のクリプトが観察されました。また、GFP陽性細胞には、大腸上皮組織を構成する全種類の分化細胞が含まれていることも示されました。
つまり、移植した細胞は、生体外培養中も幹細胞として性質を保ち、移植され生体内に戻った後は障害箇所に生着してクリプト構造を作ったこと、さらにすべての種類の分化細胞を作り出す真の幹細胞としての機能を保っていたことを意味します。
組織切片の画像はDeltaVisionで撮影されました*。
*一連の移植実験の主なデータはYui S. et al., (2012) Nature Medicine 18, 618-623のFig4でご覧いただけます。
1個の幹細胞からの腸組織再生
たった一個の幹細胞があれば、生体外で増幅し、増幅した細胞集団を移植して組織修復が可能なのでしょうか?
検証のため、オランダHubrecht InstituteのHans Clevers博士と共同で、特殊なマウスを用いました。Lgr5陽性細胞でGFPとCreリコンビナーゼタンパク質を発現するLgr5-EGFP-Ires-CreERT2トランスジェニックマウスを、通称レインボーマウスと呼ばれるマウスの一つR26R-Confettiトランスジェニックマウスと掛け合わせてできたマウス(以下「F1マウス」と記載)です。(図3)
図3. F1マウスの作成模式図
R26R-Confettiトランスジェニックマウスは、図3のような複数の蛍光タンパク質をコードしたDNA配列とloxPサイトを持ちます。細胞内でCreリコンビナーゼが発現し機能するとloxPサイト同士の組み換えが起こり、loxPサイト同士の向きによって、間に挟まれたDNA配列の反転や欠失が起こります。結果として、組み込まれている複数の蛍光タンパク質のうち、どれか1色だけが発色することになります。すなわちGFP陽性かつ、どれか1色が発現している幹細胞を単離すれば、由来が1個の幹細胞を用いて検証ができます。
中村先生のグループは、F1マウスからGFP陽性(Lgr5陽性)且つRFP(Red Fluorescent Protein)陽性細胞だけ、すなわち幹細胞かつRFP陽性の細胞だけを採取しました。この細胞集団を限界希釈法によって、1幹細胞 / 1ウェルになるよう播種して培養を開始、増幅して移植実験に用いました。たった1個の幹細胞から産生された細胞集団を、複数のレシピエントマウスに移植したところ、RFP陽性細胞からなるクリプト構造をもつ上皮組織が形成され、1つのクリプトの中に全種類の分化細胞が含まれていることが明になりました。
これらの結果から、1個の幹細胞から産生された細胞集団に関して以下の重要なことが証明されました。
- 1匹のマウスの中で複数のクリプトを形成
- 複数のレシピエントに分けて移植し、大腸上皮組織を再生
以上のことから、正真正銘の幹細胞を生体外で培養・増幅可能な技術が確立されたといえます。
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