タンパク質サンプル調製
はじめに
このハンドブックは5つの章で構成されています。第1章ではタンパク質サンプル調製の概要について、第2~4章はタンパク質のサンプル調製と分析に関するワークフローの概念図(図1)に基づいて構成され、第5章では組換えタンパク質とモノクローナル抗体の生産ワークフローに使用するストラテジーとしてパラレル処理とスクリーニングを取りあげます。
図1のワークフローに示すように、サンプル調製の目標は、分析が成功するようにタンパク質のサブサンプリングの質を調節することです。目標を達成するために使用できる手法と操作は3つに大別されます。1つはサンプル調製の最初の主要ステージであり、サンプルの採取、安定化、抽出などです。全タンパク質集団を、生体内の状態を保持しながら、元の生体組織から取り出して均一な溶液にすることが目的となります。ヒトまたは動物の血液からの血漿サンプルの調製や、培養細胞からの細胞懸濁液の調製が例として挙げられます。2つめは最初のステージで得られた溶液のタンパク質含量を選択的に分離・調製し、後の分析手法の検出性を改善するための操作です。タンパク質の分画、一定のタンパク質グループまたはサブグループの濃縮、分析に干渉する可能性がある高存在量タンパク質または他の不要タンパク質の除去が含まれます。最後は溶液中の非タンパク質要素を調節する操作です。ワークフロー全体を通して各ステップ間の適合性を確保することが目的であり、以下の手法が用いられます。
- 元の生体組織に含まれていた分析に干渉する非タンパク質夾雑物(核酸、脂質、多糖、フェノールなど)を除去する。
- 直前のサンプル調製ステップか標識操作で混入した、分析に干渉する夾雑物を除去し、適合性がないバッファー組成を調節する。
- 次のステップに向けて容量と全タンパク質濃度を調節する。
ワークフロー内での適合性を確保するためには、通常、さまざまなポイントで多くの調節を行う必要があります。
図1 タンパク質のサンプル調製と分析のワークフロー概念図
フォーカスする範囲
このハンドブックは、タンパク質研究分野に携わる研究者の方々で、「出発点からの正しい理解」に関心がある方を対象としています。このハンドブックでは、特定のサンプルと目的に合わせて最適化された詳細なプロトコールを数多く示すのではなく、サンプル調製の操作をデザインする過程で考慮すべき重要事項についてその背景を理解し、感覚をつかんでいただけます。代表的なプロトコールをステップごとに要約して示しますが、一般に、個々のサンプルに合わせるためには細かい点を変更する必要があります。また、このハンドブックでは例示したプロトコールに変わる方法について詳しく説明することはできませんが、他の状況にも広く適用できる手引き、ヒント、コツを示しています。
このハンドブックで扱うサンプル源は以下の3つの主要カテゴリーに分けられます。
- 遺伝子組換えサンプル
- 1つの異種遺伝子を導入して、特定のタンパク質を過剰発現させるために使用する細胞
- 以下のサブグループに分類
組換え細菌
組換え酵母
組換え昆虫細胞
組換えほ乳動物細胞
- 単一のタンパク質を精製して分析評価を行う、アフィニティー結合物質生成時の抗原として使用する、または定量的アッセイの標準物質として使用する
- クローンのスクリーニングを行って機能を保持する組換えタンパク質の有無を評価する、または精製条件のスクリーニングを行う
- 生物モデル系サンプル
- ある生物学的現象について包括的な知見を得るために使用する生物で、自然の生物と遺伝子組換え生物の両方を含む(例:疾患モデル)。
- 以下のサブグループに分類
ウイルス
非組換え細菌
非組換え酵母
初代培養細胞
ヒトを含むほ乳動物の細胞株
動物またはヒトの組織
植物組織
動物またはヒトの体液
- モノクローナル抗体の生産に使用するハイブリドーマ細胞株
また、このハンドブックでは一般的なラボ用機器に適合するフォーマット/デバイス(微量遠心チューブ、スピンカラム、充填済みカラム、フィルターカートリッジ、磁気性ビーズ、充填済みマルチウェルプレート)を用いて行うサンプル調製操作にフォーカスします。
組換えタンパク質コンストラクトまたはモノクローナル抗体の発現と精製の詳細は、このハンドブックでは扱いません。詳細な手引きについては参考文献1および弊社が発行する次のハンドブックをご覧ください。初期段階での小スケールのスクリーニングストラテジー、例えば組換えタンパク質を生産する場合には発現量と溶解性のスクリーニング、モノクローナル抗体を生成する場合には発現と結合特性のスクリーニングを可能にする手法やテクノロジーを示します。抽出と安定化の大部分は、組換え体作製用サンプルにも適用できます。
関連ハンドブック
最後に、このハンドブックでは生物モデル系サンプルに含まれるタンパク質を大まかに分離する調製法にフォーカスします。生物モデル系サンプルから得た個々のタンパク質の精製に関する手引きは、弊社ハンドブック「Strategies for Protein Purification(28983331)」にあります。このハンドブックの内容は溶液中のタンパク質の取り扱いに関係する手法に絞り、免疫組織化学的アッセイおよび細胞アッセイに基づくワークフローは扱いません。また、質量分析(MS)、電気泳動など、タンパク質の種類に依存しない分析手順を用いたワークフローにフォーカスします。ただし、ここで扱うサンプル調製手法の一部は、タンパク質溶液を操作する必要がある多くの状況に一般的に適用できます。このような状況でサンプルを調製する際に対処が必要となる重要な課題について、いくつかのタンパク質分析手法を例に取って第1章に詳述します。
Reference
- Structural Genomics Consortium et al. Protein production and purification. Nat. Methods 5, 135-147 (2008).
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略号と用語、記号解説