Biacore™ でHBSとPBSが良く用いられている経緯と両者の違い
1990年にSPRを応用して作られた分析機器としてBiacoreが登場した頃から、HBS製品を取り扱っていました。当時はタンパク質-タンパク質の相互作用を測定することがほとんどであり、より微生物の増殖を抑えることができるという観点からHBSが選択されました。
Biacore™の高感度モデルが登場すると、低分子測定にも用いられるようになります。するとHepesは分子量238.31の有機分子であるため、タンパク質と結合するとFalse signalや目的分子結合阻害の可能性が懸念されました。そのため、低分子測定用のPBS製品が販売されました。(現在の Cytiva取り扱いのRunning Bufferを当記事の最後に記載しました)
Running Buffer組成の基本的考え方
前節のような経緯でHBSやPBSが良く使われているのですが、それ以外のバッファーも(Trisなど)ご研究の目的によってもちろんご利用可能です。Biacore™測定のためには「なるべくシンプルな組成のバッファーを用いること」が考え方になります。また、非特異結合を抑えるため、可能な限り0.05% Surfactant P20 (Tween 20)などの界面活性剤を添加することがおおいです。
- HBS-EP+:抗原-抗体を含めたタンパク質の測定に
- PBS-P+:低分子の測定に
- TRIS + 0.05% Surfactant P20:キナーゼなどの測定に
Mg、Ca、Znなどの金属イオンが分子間相互作用に必須である場合には、~10 mM程度を添加します。この場合、PBSは二価の金属イオンを加えると沈殿を生じますので避けてください。また、自作のランニングバッファーを用いる際には0.22 µmのフィルターを通します。
Figure 1 は、異なるランニングバッファーで、キナーゼと低分子阻害剤の相互作用を測定した例です。Biacore™以外のアッセイを参考にランニングバッファーを選択してしまうと、こちらの例ではリファレンスセルに対する非特異結合やベースラインのドリフトが確認されました。ベースのバッファーをHepesからTrisに変更し、よりシンプルな組成にすることでセンサーグラム形状が改善されました。
Figure 1:キナーゼと低分子阻害剤の相互作用におけるランニングバッファーの最適化例
既出記事、Biacore™ 測定時における界面活性剤の影響もご参考にしてください。
A-B-A Commandの活用
Biacore™ 1シリーズ、Biacore™ 8シリーズ、Biacore™ S200には、A-B-A Command (A-B-A inject) を用いたBuffer Scoutingというメソッドがプリセットされています。A-B-A Commandでは、Figure 2のようにSolution A添加終了後、引き続きSolution Bを添加し、再びSolution Bを添加ことができます。
そのため、Buffer Scouting を利用し、Solution Aに候補となるRunning buffer、Solution BにSolution Aで調整したアナライトサンプルを、バイアル、プレートに準備することで、ランニングバッファーの最適化、さらには、ランニングバッファーの違いによるKinetics/Affinityへの影響を評価することができます。
Figure 2:A-B-A Command (A-B-A inject)
バッファー条件の違いがもたらす影響例
Figure 3は、PARP15 (Poly(ADP-Ribose) Polymerase Family Member 15)タンパク質に対する低分子化合物の測定において、ランニングバッファー組成の違いがどのように影響するかを評価しています。0.05 % Surfactant P20, 2 % DMSO, pH 7.4は一定にして、緩衝液の種類や塩濃度を変えたところ、Hepesバッファーでは塩濃度を変更しても非特異結合による緩やかな結合と解離が見られましたが、Trisバッファー、リン酸バッファーで軽減することが確認されました。
Figure 3:Running Buffer組成によるセンサーグラム形状への影響
Figure 4は、各種Running Bufferによる抗β2m抗体のKineticsの違いを評価したデータです。A-B-A Commandでは、ベースライン-結合相-解離相を通じて同じランニングバッファーを用いることができるため、フィッティング解析が可能です。得られたka、kdをOn-Off Rate Mapにプロットすることで、各種Running BufferによるKineticsパラメーターへの影響が一目で分かります。
Figure 4:Running BufferによるKineticsパラメーターへの影響
今回、Running Bufferのあれこれについてご案内しました。第一選択には0.05% Surfactant P20 (Tween20)など、非イオン性界面活性剤を添加した、シンプルなバッファーを用いることをお勧めします。
Cytiva取扱いRunning Buffer
当社で取り扱いのRuning buffer製品についてご案内します(Figure 5)。
Figure 5:HBS-EP+ 10x 1x1000 mL
Table 1 の通り2024年10月時点で5種類(8製品)を扱っています。全て10x濃度の製品で、必要に応じてDMSOやそのほか添加物を加えて、超純水で希釈して使用します。価格を含めた製品情報はこちらからご覧いただけます。
Product |
Package |
Code |
Contents *10倍希釈時濃度 |
---|---|---|---|
HBS-EP+ 10X | 1✕1,000 mL | BR100669 |
10 mM HEPES, 150 mM NaCl, 3 mM EDTA and 0.05% v/v Surfactant P20 (Tween 20) pH 7.4 |
4✕50 mL | BR100826 | ||
HBS-P+ 10X | 1✕1,000 mL | BR100671 |
10 mM HEPES, 150 mM NaCl and 0.05% v/v Surfactant P20 (Tween 20) pH 7.4 |
4✕50 mL | BR100827 | ||
HBS-N 10X | 1✕1,000 mL | BR100670 |
10 mM HEPES, 150 mM NaCl pH 7.4 |
4✕50 mL | BR100828 | ||
PBS 10X | 1✕1,000 mL | BR100672 |
10 mM phosphate buffer with 2.7 mM KCl and 137 mM NaCl pH 7.4 |
PBS-P+ 10X | 1✕1,000 mL | 28995084 |
20 mM phosphate buffer with 2.7 mM KCl and 137 mM NaCl and 0.05% Surfactant P20 (Tween 20) pH 7.4 |
Table 1:Cytiva取り扱いのRunning Buffer一覧
各製品は以下の略称を組み合わせて名称がつけられています。2種類の緩衝液をベースに、分子の非特異結合や凝集を抑えるための添加剤が含まれます。
- HBS:HEPES buffered saline …緩衝作用、等張、静電的吸着を抑える
- PBS:Phosphate buffered saline …緩衝作用、等張、静電的吸着を抑える
- E:EDTA …脱キレート剤(二価金属イオンによるタンパク質凝集抑える)
- P+:Surfactant P20 (Tween 20) …非イオン性界面活性剤(疎水的吸着を抑える)
- N:EDTA、Surfactant P20 を含まない
以前はHBS-EP、HBS-Pという製品も取り扱っており、終濃度で0.005% Surfactant P20が含まれていました。現行のHBS-EP+、HBS-P+、PBS-P+では、CMC(臨界ミセル濃度)を超える0.05% Surfactant P20が含まれます。
各バッファーの製品説明書はこちらからダウンロードいただけます。