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生化夜話 第25回:ウェスタンは想定の範囲外 - ECL™ラジオイムノアッセイ(RIA)を用いた診断や生物学分野での標的分子の検出など、さまざまな需要に応えて世界でも有数の放射性同位体化合物メーカーに成長したアマシャムでしたが、1980年代に入ると早くもその前途には疑問符がつくようになりました。 同位体メーカーの憂鬱RIAの代替を狙って開発されたEIA/ELISAは、その目論見通りに市場を伸ばしつつあり、研究の分野では1980年代前半に論文数が逆転していました。また、125Iを使用するRIA診断キットでは、どうしても手作業になってしまうため、診断の現場でも、RIAと同等の感度で、自動化にも対応できる安全な診断システムを求める声も、病院のラボから寄せられていました。さらに、125Iは比較的大きな原子なので、一部のホルモンのような小さな生体分子につけた場合、結合性が変わるのではないか、というRIAへの疑問も出ていました(他の方法で調べた結果と比較すれば変化しているか調べられますので、この点でも代替法が求められていたのでしょう)。 放射性同位体化合物メーカー最大手の一つであったアマシャムは、そうした脱同位体へ向かう時代の流れを、重き荷を負いて長き下り坂を行く、気分で見ていたのかもしれません。しかし、何もしなければ、同位体を使用しない技術に市場を取られるだけのことですし、同位体を使用した診断キットでは参入しにくい市場もあったので、それならば同位体を使用しない診断キットを自分たちでつくろう、ということになりました(同時に、既に同位体を使っているラボが使い続けてくれるよう、同位体の使い勝手を向上するためのRedivueシリーズの開発もスタートしました)。 トリチウムNMRの開発で大学の研究者と共同研究していたように、アマシャムの多くのプロジェクトでは外部の研究機関との協力が重視されていました。RIAの代替法開発プロジェクトでも、やはりアマシャムの開発チームは外部の知恵を借りることにしました。 バーミンガムの光バーミンガムのウォルフソン研究所(どういうわけか、英国にはウォルフソンという名前のつく研究所が多いです)では、臨床化学を主に研究していました。アマシャムの開発スタッフによると、その当時の英国の大学の多くは内部で開発した技術を外部に供与することにあまり熱心ではなかったそうですが、このウォルフソン研究所は、責任者であるトム・ホワイトヘッドの方針により、臨床ラボ向けの化学的な手法を開発し産業応用することを目指していました。 ウォルフソン研究所のラリー・クリッカとゲイリー・ソープは、生物発光や化学発光をイムノアッセイや核酸プローブの検出に使うことを目指して研究を進めていました。 化学発光の代表であるルミノールの発光は、診断キットレベルのスケールでは光が弱いため、検出に高価な光電子増倍管が必要なほどで、とても臨床の現場でルーチンワークに使えるものではありませんでした。クリッカとソープは、化学発光を増強する方法を探していましたが、西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)+ルミノールの反応系にホタルのルシフェリンを加えると発光が強まることを偶然発見しました。アマシャムの開発スタッフは、クリッカとソープが開発したこの技術の将来性に気付き、診断技術の開発を目指した共同研究が1982年に始まりました。その後の研究で、フェノール類の分子に、ルシフェリンよりもさらに効率よく、ルミノールの酸化による化学発光を1000倍に強められるものがあることを発見していました。新しい診断薬の検出系は、このフェノール系の分子を用いたものとしました。 同位体を使わないRIAの代替品が完成し、1986年にAmerliteというシリーズ名で一連の診断キットが発売されました。ちなみに、AmerliteのAmerは社名のアマシャム(Amersham)に、liteは光(light)の発音に由来します。 アマシャム期待の新製品Amerliteは地元英国では順調な滑り出しを見せて多くのラボで採用されました。しかし、喜びもつかの間、他のメーカーからも同位体を使わない診断キットが発売され激しい競争になりました。世界の臨床ラボに製品とサービスを提供するには、アマシャムは規模が小さく、臨床分野で実績のある企業に事業を譲渡することにしました。1980年代末にイーストマン・コダックとジョイント・ベンチャーを設立して診断・医療事業を移管し、そのベンチャーが最終的にイーストマン・コダックに吸収されました。 この時期、アマシャムの医療部門では、Amerliteシリーズの次の製品として、表面プラズモン共鳴(SPR)を使って免疫反応を検出するシステムを開発し、発売を計画していましたが、この計画もキャンセルされてしまいました。 北西に進路を取れ - 南経由・西行きこうしてAmerliteの事業譲渡でアマシャムの医療部門の活動は終わりましたが、アマシャムの発光技術への取り組みまで終わってしまったわけではありませんでした。 縦割り組織の怪我の功名最近では電話を再発明して大成功しているメーカーもあるので事情は変わってきているのかもしれませんが、同じようなものをもう一度作ることは「車輪の再発明」として、あまり効率のよい仕事ではないとされています。Amerliteを開発したのであれば、同じメンバーがその経験を活かす方がよさそうですが、研究用の試薬を開発したのは研究用試薬部門のまったく別のスタッフでした。 元国営企業の余裕ある仕事ぶりという気もしますが、結果的には、この縦割り組織が幸いして、診断・医療事業の譲渡とそれに伴う再編などからあまり影響を受けずに済んだのかもしれません。 同位体メーカーの焦燥1970年代から1980年代にかけて、発展著しい分子生物学を支える基礎技術としてサザンブロッティングが幅広く利用されていました。サザンブロッティングでは放射性同位体、特に32Pで標識した核酸が大活躍していました。もちろんアマシャムにとって、32Pで標識した核酸の供給は大変重要な仕事でした。 しかし、1980年代に入ると、そんなサザンブロッティング市場にも嵐の予感が漂いはじめました。この時期、同位体を使わないハイブリダイゼーション法がいくつも提案されていました。 最初に利用されたのがビオチン-dUTPで、免疫化学的に生成したメンブレン上の色付きの沈殿を見る方法でした。これに続いてジゴキシゲニン(DIG)を使う方法やアルカリホスファターゼを使う方法など、多様な変法が提案されました。こうした初期の方法は、色付きの沈殿の除去が穏やかな条件ではうまくいかないためリプロービングが困難で、退色のため結果の長期保存もできないという問題がありました。 また、取扱いや廃棄の問題はあるにしても、感度と確実さという点でも同位体を使った実験系に一日の長がありました。 しかし、アマシャムの開発スタッフは同位体事業の将来に悲観的でした。サザンブロッティングに限らず、さまざまな実験系で感度では劣るものの同位体を使わずに済む手法が登場してきていました。また、細胞内の現象を研究するには、同位体を使った検出系では解像度が不足するという問題も認識されていました。 そういう状況から、あと5年もすれば同位体の市場は廃れてしまうという予測が立てられ、それに代わる方法を急ぎ開発することになりました。ただ、この時期に焦っていたのはアマシャムだけではなかったようで、1980年代に多くの同位体メーカーが代替法を熱心に研究しはじめました。 ただし、サザンブロッティングによる核酸検出が全盛でタンパク質の検出は限られた市場だったのと、この時期の開発スタッフの興味が分子生物学に向かっていたので、開発の目標は、サザンブロッティング用の32Pを使わない検出試薬、ということになりました。 バーミンガムの輝きアマシャムの開発スタッフは、この時期に実用化されていた検出法を比較してみました。後年に基質が改良されたことで感度が改善しますが、この時点のアルカリホスファターゼやDIGを使った方法は感度が不十分で、蛍光か化学発光でということになりました。最終的には診断薬でも使ったことのある化学発光を利用した試薬の開発が1987年に決定されました。 その後の研究で、Amerliteで使用したものよりも長時間発光させられるフェノール系の新規分子が見つかり、これを新しいサザンブロッティング用試薬の検出系としました。その当時、開発チームのメンバーだったイアン・デュラントによると、ここがAmerliteとECL™の一番大きく異なる点だそうです。 2010.09.15追記 Amerliteの反応系は、反応が速く、極めて強い光が出るのが特徴でした。AmerliteはRIA代替のアッセイキットですので、プレートのウェルのシグナルをルミノメーターで瞬間的に測定する、という使い方でした。 一方、ブロッティングはもっと面積の大きなメンブレンを使い、泳動のパターンも取得することになるので、ルミノメーターでシグナルを測定するだけでは不十分です。そのため、サザンブロッティング用キットの検出はX線フィルムで、ということになりました。しかし、Amerlite用の組成ではフィルムを十分に感光させられるほど発光が持続せず、結果的に感度不足となりました。そこで、同様にフェノール系で長時間発光させられる分子が見つかっていましたので、こちらを採用しました。この分子を用いた場合、シグナルの最大値は下がってしまうものの、フィルムを長時間露光させられるので、必要十分な感度が得られました。 また、HRPをプローブとなる核酸に結合させるところが新しい試薬の必須条件でしたが、ハイデルベルグにある欧州分子生物学研究所(EMBL)のマンフレート・レンツとクリスティーナ・クルツが開発した技術をライセンスすることでクリアしました。 ただ、前述のデュラントによると、レンツとクルツの原法のままでは感度が不十分で、ニトロセルロースメンブレンでしか使えないという問題もあったそうです。彼らはブロッキング試薬と新しいハイブリダイゼーションバッファーを開発して、ナイロンメンブレンでも使える好感度試薬を仕上げました。 2010.09.15追記 ニトロセルロースメンブレンは、バックグラウンドは低いものの結合量が少なく感度不足になりがちでした。一方、ナイロンメンブレンは結合しやすく強いシグナルが得られましたが、非特異的な結合も多いためバックグラウンドが高くなってしまい、S/N比がよくありませんでした。そのため、非特異的な結合を防ぐブロッキング剤を開発しました。 標識として使っている酵素の活性を維持しなければならないので、ハイブリダイゼーション中もある程度マイルドな条件を保つ必要がありました。そのため、レンツとクルツの原法ではウレアをベースとしたハイブリダイゼーションバッファーを採用していました。しかし、このバッファーがクセモノで、ハイブリダイゼーション効率が悪く、しかも大量製造が難しく製品化に向いていませんでした。そこで、彼らはバッファーも新しいものを開発しました。 こうしてアマシャムとしては最初の同位体を使わない研究用試薬が完成しました。この試薬はEnhanced Chemiluminescenceに由来するECL™と核酸に酵素を直接標識することを示すDirectを組み合わせてECL™ Directと命名され、1989年に発売されました。 想定の範囲外前述のようにECL™ Directの開発が始まった時点ではタンパク質の検出はあまり盛んではありませんでした。しかし、その分野では125Iで標識された抗体が使われており、黙ってみていればここにもいずれ同位体を使わない研究用試薬が押し寄せてきて同位体の活躍の場を奪ってしまうのは明白でした。そこで、ECL™ Direct発売と同じ1989年に125I標識抗体の代わりになるECL™試薬の開発がスタートしました。 その頃、北米のセールスチームから、ECL™がウェスタンブロッティングの検出にも使えるのではないかという提案があり、急遽ウェスタンブロッティング用にもECL™試薬を開発することになりました。 結論から言うと、ECL™ Directの原理をタンパク質用に転用するのはとても簡単で、1990年にはタンパク質用のECL™試薬を発売することができました。 筆者の手元に1990年にアマシャムが発行したECL™の冊子がありますが、そこには核酸用のECL™試薬と一緒に、ウェスタンブロッティング用試薬とイムノアッセイ用試薬が掲載されています。その冊子を見ると、ページの大半を核酸用のECL™試薬に割り当てており、いかに核酸の検出を重視していたかが伝わってきます。 サザンブロッティングが分子生物学の基礎技術の座をPCRに明け渡し、ECL™と言えばウェスタンブロッティング用試薬というイメージの今日から見れば不思議な感じです。もうすぐ同位体の市場がなくなってしまうのではないかという恐怖感(同位体を使わない手法への移行は、実際にはもっと時間がかかっており、杞憂という言葉の天然色見本のようです)から始まった研究が、想定外の転用によりウェスタンブロッティングの定番試薬として愛用されている、何と運のよいことかと。研究万事塞翁が馬ということでしょうか。 謝辞本稿の情報収集にあたり、以下の皆さんのご協力を得ました。深く感謝いたします。 Professor Larry Kricka(University of Pennsylvania), Caroline Kelly (LLC Associates Ltd.), Linsey Cresswell (LLC Associates Ltd.), Dr. Ian Durrant (Oxford Immunotec Ltd.), Dr. Richard Cumming (Ithaka Life Sciences), John Osborn, Sian Godwin, Karsten Fjarstedt, Âke Danielsson, Catherine Howat, Dr. David Fernie, Val Jones, Penny Owen, Dr. Ian Hesslewood, Dr. Mark Briggs, Clifford Smith, Martin Cunningham, Jan Turner, Lynne Goodman 参考文献
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