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Location:Home実験手法別製品・技術情報2D DIGE(蛍光標識二次元発現差異解析)

Dr. 近藤のコラム 2D-DIGEの熱い心
「方法をみつける方法」

本連載では2D-DIGE法で発生するトラブルを未然に防ぐ方法をご紹介している。しかし本当にDIGEなのは、どうすればそのような方法を見つけることができるかということかもしれない。

トラブルシューティングのポイントは想像力、情報収集、柔軟性

自分にとってトラブル解決法の鍵は「想像力」である。タンパク質は細胞や組織の中でどのように存在しているのか、可溶化されるときにはどのように変化していくのか、可溶化されたタンパク質はどのようにゲルの中を泳動されているのか、など実際のデータをみて想像力を働かせてイメージをつくる。なぜある人だとうまくいく実験が他の人ではうまくいかないのか、なぜ同じようなパターンの失敗ゲルがある程度の再現性をもって発生するのか。背景には何かしら理屈があると信じて「想像力」を働かせてイメージを作る。そのイメージに沿って問題解決のために手法を変え、うまくいけばそれでよし、うまいくいかなければイメージに修復を加える、というプロセスを繰り返す。やがて新しく発生した問題をも解決できるようなイメージにたどり着くことができる。二次元電気泳動法で発生する問題のバリエーションは実に多いので、一つ一つの問題についてその都度対策を一から考えるというやり方は、学習の過程ならともかく業務としてルーチンに実験をこなしたり指導したりするには能率がよくない。何かしら背景となるイメージを抱いて整合性もって問題に対応するというやり方は万能の方法だと考えている。きちんと情報が整理されていないので、問題が発生したときにあせって調べてもなかなかよい情報にたどり着けないかもしれない。

そのような問題解決のためのイメージを作るときに必要なことは「情報収集」である。タンパク質実験に限らずいろいろな分野の実験書を読み、それぞれの試薬はどのような意味があるのか、なぜある操作はこの幅の濃度でないといけないのか、なぜある実験器具はあの素材である必要があるのか、などを理解しておく。二次元電気泳動法に関連する実験ではいろいろな試薬や機材を使うので、対象となる情報は多い。プロテオミクスが専門であっても大学院生であればいわゆる分子生物学の実験書には一通り目を通して理解しておいた方がよい。タンパク質は分子として多様性に富んでいるし核酸のように挙動が予測できないことがある。実験書には背景がきちんと書かれていないこともあるし、大切な情報が試薬カタログの片隅や教科書の行間に書かれていることもよくある。したがって、ふだんから習慣的に実験の背景を理解しておくようにする。何か技術を習うときはかならず理屈を指導者に質問するようにするのもいいだろう。その場合、「教わる技術」も必要である。教えてもらうのが当たり前という意識では通り一遍の情報しか得られない。ボランティアで教える方は時間をとられて本来の仕事ができていないということ、迷惑をかけていること、を教わる方は認識するべきである。この辺りのことは苦労してみるしかないかもしれない。一方、職業として指導する立場の者は背景まで含めて説明すると自分も勉強になる。

実験の背景にイメージをつくることは誰でも行っていることではある。しかし周りの人と話してみると、各人がもつイメージがずいぶん異なることが分かる。経験を積んだ研究者の間でも違いが明らかに分かるくらいなので、実験がうまくいきさえすれば正解はいらないのかもしれない。問題解決のための実戦的なイメージだしどこかに発表するわけではないので、別にそれでも構わないと思っている。イメージがあるところで固定してしまうと修正が難しいと感じることがあるが、今までのイメージで対応できない問題に直面したときはいさぎよく全てを捨てて一から考え直す「柔軟性」が大切である。

イメージの例:ガラス板

ガラス板は電気泳動法の重要なパーツである。台所用品を扱うような感覚で洗剤を使ってガラス板を洗ったりすることは避けたい。電気泳動で使うタンパク質は(例え1mgであっても)微量なので、そもそも洗剤を使わないといけないという理由がまったくない。筆者のラボでは普段の洗浄には洗剤は厳禁ということで何年も過ごしているがまったく問題がない。一方、普段の洗浄に洗剤を使っているとある時期に重大な問題が発生することをアメリカのラボで経験している。このときの問題のパターンは、1)ゲル上のいろいろな場所に縦方向に刷毛ではいたような画像が出現する(エリアとして収束がわるい)、2)同時に作成したゲルでしかも同じサンプルでありながら同じときに泳動したゲル間で同じところにパターンの乱れが発生しない(問題の再現性がわるい)、という特徴がある。問題の再現性がない、というのは二次元電気泳動ではよくあることで、これはいろいろな要素が関係しているところに原因があるのだが、だからトラブルシューティングが難しい。洗剤の使用に起因してトラブルが発生した場合は、ガラス板であればすべて廃棄して入れ替えるしかない場合がある。プラスチック、アクリルなどの素材であれば一晩以上流水(できればお湯)で洗うことで解決できる。

正確でないだろうことを承知で書くと、このときのイメージは次のようなものである。ガラス板の表面は洗剤が吸着するような構造になっている。イメージ的には超微細な穴が空いているなど。そこに洗剤が入り込むと簡単には除去することが難しい。問題はすぐには顕在化しないのだが、洗剤が蓄積してある時期を過ぎると一気に発生する。こうなるともはや手遅れであって、修復はほぼ不可能で買い直す方がいい。

このイメージの背景には、あるときから洗剤を使い始めたラボの存在、消去法ではガラス板に原因があるとしか考えられずしかも問題の再現性がわるいという上記のような状況、ガラス板を一新することで一発で解決したという経験、などがある。そのラボではガラス板はかなりの枚数を使用していたので説得がたいへんだったが結局はすべて廃棄した。筆者は細胞培養そのものを歴史的に研究テーマとするラボで大学院時代を過ごした。そこでは細胞培養の培地(血清入り)をガラス瓶に入れて使っていたのだが、ガラス瓶の洗浄はかなり徹底的に行っていた。水洗い後に洗剤に一晩浸けるのだが、その後熱湯で何時間も徹底的に洗いさらに流水で洗浄する。血清入り培地を入れる瓶の場合は大量のタンパク質に汚染されるので洗剤の必要があるという考えだろう。しかし洗剤処理の後に徹底的に洗浄しないと、同じ瓶に次の培地を入れたときに残留洗剤のために細胞の増殖が落ちるという実験データを得ていた。このような経験と観察事実をもとにできたイメージが上記のようなものであるが、実際にガラス板がどのような状態になっているか洗剤という観点から専門的にきちんと調べたわけではないので本当は公表するような話ではない。ただこのイメージにしたがってガラス板を扱うといろいろな問題に対応できる。

ガラス板に関連した話をもう一つ。購入したてのガラス板はそのまま使えないことがある。チェックの方法としては、新品のガラス板を平にして一滴水を垂らしてみる。表面張力をもってころころ水が転がるガラス板はそのままでは使わない方がいい。そのようなガラス板でゲルを作成するとちょうど「蟻の巣」のような形でゲルとガラス板の間に隙間ができてしまう。ゲル溶液を注いですぐには分からないが、重合を一晩させてみるとよく分かる。これはEttan™ DALT II以上のサイズのゲルで顕著に発生するかなり再現性のよいトラブルである。タンパク質の泳動そのものには影響しないようである。しかし2D-DIGEの場合は蛍光シグナルを検出するので、この隙間の境界線がシグナルとしてレーザースキャナーは認識してしまう。この隙間シグナルとかぶってしまうスポットはきちんと測定できないので重大な問題である。

この問題を解決するためには、水を滴下したときに「だらっと」垂れてくるような状態にガラス板の表面を仕上げる必要がある。具体的にはDecon™90というアルカリ洗剤(蛍光シグナルを発する成分が含まれていない)を希釈して一晩浸ける。翌日にKIMTECH pure CL4という紙タオル(蛍光シグナルを発する成分が含まれていない)にたっぷり同洗剤を染ませてガラス板を擦る。乾燥させたときに水がころころ転がらなくなるまでこのプロセスを繰り返す。上述のように、洗剤はガラス板に吸着しやすいので、最後に徹底的に時間をかけて温水/流水で洗剤を洗い流す。ゲルや泳動バッファーには低濃度のSDS(つまり洗剤)が入っているせいか、最初の処理を施さなくても長期間使っているうちにうまくいくようになることもある。しかし、うまくいくようになるまでには何度もトラブルを経験することになるのでお勧めできない。

この問題解決法の背景にあるイメージは次のようなものである。製造したてのガラス板の表面には薄く疎水性の膜(物理的にあるいは概念的に)が存在している。その膜を何かの方法ではがしてやる必要がある。本当にそのような膜があるのかどうか書いてあるのを読んだことはないのだが、このイメージにしたがって洗浄操作を行うと確実にうまくいく。

イメージのその他の例

前号で紹介したタンパク質抽出の方法も同様である。タンパク質は細胞や組織の中でどう存在しているかという教科書的な知識に基づいて、抽出過程では細胞内小器官はどうなるのか、デタージェントはどうタンパク質にアクセスするのかということを想像して再現性のよいプロトコールとした。このときのイメージは次のようなものである。タンパク質は普段は物理的にも概念的にもタンパク質分解酵素から適切に隔離されていてランダムに分解されることはない。しかしそこに高濃度のウレアを加えると、タンパク質分解酵素は不活性化されないが、タンパク質分解酵素を制御する機構はぼろぼろになってしまう相が発生する。結果的に二次元電気泳動のパターンの再現性がわるくなる。このような状態をできるだけ避けるようなプロトコールを作ることになる。対象によってプロトコールは多少モディファイするのだが、このイメージにしたがってプロトコールを改変するとたいていうまくいく。たとえばレーザーマイクロダイセクションでは10 ミクロンの厚さにスライスされた凍結切片にいきなり可溶化液を反応させるので、タンパク質分解酵素が働く間もなく一気にタンパク質は可溶化される。結果的に二次元電気泳動法的にはきわめて質の高いサンプルができることになる。事実、レーザーマイクロダイセクションをサンプリングに使った場合には、サンプルの質による問題はまずない。

今月号で紹介した平衡化のステップも、問題画像のパターン化、なぜある人ある場合では問題がないのかという観察、そして教科書的なSDS化の知識、などから失敗しないプロトコールを作った。SDSを入れない泳動バッファーで二次元電気泳動をした人がいて(単純に入れ忘れるのだが、年に1回くらいの頻度で誰かがしでかす)、SDS化に問題があるとどのような画像になるか、という経験も役に立った。誰でもできるようなプロトコールを作るという方向で解決を図らなければ、筆者のラボでも二次元電気泳動法は再現性のない名人芸になってしまっていたかもしれない。

もう一つのポイント

ある人の手ではうまくいく実験が他の人ではうまくいかないという場合には何かしらの変更をプロトコールに加えることになる。試薬を変えることはまずなくて、あるステップのある反応を念入りに行うようなプロトコールにする。プロトコールは少しずつ進化していくものである。新しい人が独特の失敗をすることがあるので、その「個性」を吸収できるものにする必要があるからである。しかし初心者の方は確立しているプロトコールに安易に手を加えることはお勧めしない。プロトコールの一部をはしょっても結果が変わらないということはよくあることである。大学院生くらいだと既存のプロトコールを改変すると何だかすごいことを発見したかのような気になることもある。しかし、筆者のラボの例で言うと、使用しているプロトコールは何千枚かの電気泳動がある一定の失敗率(6-9%)でうまくいくということが分かっているプロトコールである。ある一カ所を変えてもたまたまうまくいくかもしれないが、実験者が意識できない状況が変わったときにも改変版はその変化を受け入れることができるかどうかはまったく分からない。既存の方法を変えることが研究者のオリジナリティーだと勘違いしている人にはきちんとプロトコールを守らせるのがたいへんである。そういう人に限って研究の本質的なアイデアがなかったりするからである。既存のプロトコールに沿って実験を行えば必ずうまくいくというものでもないので難しいところだが、プロトコール作成自体は研究の本質ではないので、信頼できるプロトコールであれば多少の能率のわるさには目をつぶって早くデータを出した方がいい。改変するとしたら各ステップの背景を理解し、そのステップの目的がより達成されるような方向で改変するべきである。

近藤 格


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