Dr. 近藤のコラム 2D-DIGEの熱い心
「ハリケーンは来るのか?」
ゲルサイズは大きければ大きいほど良い
二次元電気泳動法で使われるゲルサイズは一般的には10×10 cm(100 cm2)から大きくても20×20 cm(400 cm2)程度が多いようである。経験的にはゲルは大きければ大きいほどたくさんのスポットを観察できる。大きなスポットに隠れていたスポットが大きなゲルだと現れてくることもあるし、翻訳後修飾で複数発生したスポットがきれいに分離されるようにもなる。実験の再現性も向上する。あまりに近接しているので、実験ごとに分離されたりされなかったりしていたスポットが、大きなゲルではきれいに分離されるからである。画像解析ソフトによるスポット認識の精度も、スポットがきれいに分離されればゲルごとにスポットの囲い方が違うという問題が改善されるようになる。
大きなゲルを泳動して網羅性を上げるというアイデアはそれほど目新しいものではない。国内では奈良先端技術科学大学の稲垣直之先生が狭小幅のイモビラインゲルを複数組み合わせた「バーチャル巨大二次元電気泳動ゲル」を報告されている*1。海外ではOffarel*2と同時期に二次元電気泳動法を発表したKlose*3が巨大ゲルを泳動してよい成果を得ている*4。その他にも、古くはYoungが巨大サイズのゲルを報告している*5。二次元電気泳動法の受託解析の老舗であるWITA社が提唱するのも巨大なサイズのゲルで、こちらはNEPHGE(Non equilibrium pH Gel Electrophoresis)を一次元目に使用している*6。筆者のラボでも一次元目に24 cmのイモビラインゲル、二次元目に36 cmの泳動距離をもつSDS-PAGEゲルを使用した巨大ゲル(864 cm2)を泳動している*7。
私が推測する巨大ゲルが普及していない理由
巨大二次元電気泳動ゲルはしかし残念ながらそれほど普及していない。Ettan™ DALTtwelve以上のゲルとなると、過去に使用したことのあるラボまで含めても世界的にみてたぶん20ヶ所以下だろう。
その原因は言うまでもなく技術的な困難さにある。
まず、ゲルが大きくなれば当然ながらガラス板など一つ一つのパーツが大きくなり、洗浄、組み立て、解体、使用、のすべての工程において、小さいゲルのものに比べ労力が増える。失敗したときのダメージも大きい。ゲルサイズが倍になれば試薬代は倍だが、もともとバッファーなどはそれほど高額ではないので、ダメージとして試薬代はそれほどでもない。労力が問題である。さらに、半日かけて器具をセットアップしてゲルを作製し、翌日使おうとしたらゲルができていなかった、という場合の精神的ダメージは肉体的なダメージを大きく上回るだろう。第5回の記事で紹介したようにゲルを作製するときにはゲル溶液の温度が重要である。小スケールなら冷蔵庫から出したての試薬でも混ぜているうちにすぐに室温になるので温度の問題が目立たないが、一度に例えば1Lものゲル溶液を攪拌するときには冷蔵庫温度から自然に室温になるには少々時間がかかるので、何も考えずにゲルを作製すると失敗する確率は高くなるのではないかと思われる。
一番問題なのがゲルの染色である。手のひらサイズのゲルであれば銀染色にしろクマシー染色にしろ、あまり失敗することはないだろう。しかし、A4サイズを超えるようなゲルでは染色の過程でゲルは容易に破れてしまう。特に、銀染色は問題である。最初の固定の段階では酸性でゲルを処理するのだが、その後、銀を反応させる前には水洗してpHを中性に近づける必要がある。酸性条件ではゲルは縮む傾向にあるのだが、アルカリ条件では逆に膨張する。したがって、銀を反応させるあたりでゲルは破れやすくなる。厚さ1 mm、A4サイズの「こんにゃく」や「生八つ橋」を濡れた状態で破れないように皿から皿へと手で何回も移すところをイメージすると難しさが理解されるのではないかと思う。この過程はまさに名人芸である。
このような問題のために、大きなゲルの方が性能がよいことが分かっていてもなかなか導入できないラボが多いのではないかと推測している。正しく実験をしさえすれば大きなゲルを作製すること自体はそれほど難しいことではない。一昔前はDNAの配列を決定するために巨大なシークエンスゲルを作製していたものだが、難しいという話は聞くものの、だから配列決定の実験はしないという研究者はいなかった。つまり、ゲル作製はその気になれば誰にでも習得できるということである。筆者も大学院時代はシークエンスゲルでDNA配列を決定していたが、シークエンスゲルの作製に比べれば二次元電気泳動法用の巨大ゲル作製はあっけないほど簡単である。また、DNAのメチル化や増幅・欠損を網羅的に調べるRestriction Landmark Genomic Scanning (RLGS)法でもA3サイズのゲルを使用するが、RLGS法を行っている研究者の間でゲル作製が難しいということは話題にならない。したがって、ゲル染色だけが二次元電気泳動法に特有の解決しがたい問題点だったと言える。
染色操作のない2D-DIGEは巨大ゲルへの対応が容易
2D-DIGE法ではゲル染色にまつわる問題はまったく発生しない。ご存知のように、2D-DIGE法ではタンパク質の検出にはレーザースキャナーを使用する。ゲルは泳動が終わった直後の状態で、すなわちガラス板に挟まれたままの状態でレーザースキャナーに載せられ、レーザーによってタンパク質スポットは検出される。したがって、ゲルの強度はまったく問題にならない。自動染色装置が各社から出ているがどれも多数のゲルに対応しておらずこれからも対応しそうにないことを考えると、2D-DIGE法のこの特性は正に画期的である。
ガラス板ごとゲルをスキャナーに載せるというステップは人が介在せざるを得ないので自動化はできない。自動化の機械が仮にあったとしても筆者はおそらく購入しないだろう。人件費の方が圧倒的に低コストだからである。いずれにしても実験の工程をすべて自動化することはできないのだから、実験の効率を最適化しなるべくよい研究環境で働けるように工夫したいと思っている(注1)。
レーザースキャナーでスポットを検出するという特性は、2D-DIGE法の最大の長所であると同時に足かせにもなっている。私が使用しているCytivaのTyphoon™シリーズでは、1,420 cm2をスキャンすることができる(市販のレーザースキャナーでスキャン面積が最大なのは富士フイルム社のスキャナーで1,840 cm2)。一次元目にイモビラインゲルを使用するとする場合、最も長いイモビラインゲルは24 cmなので、24 cmがゲルの横幅として最長となる。ガラス板のスペーサーの面積、切り込みの面積なども必要なので、筆者の場合は二次元目の泳動距離は36 cmとなるようなゲルとしている。問題は、これ以上ゲルを大きくすることができないということである。もっと大きなゲルを泳動したければ、スキャン面積がもっと広いレーザースキャナーが必要である。残念ながら、レーザースキャナーは電気泳動装置のように簡単に自作することはできない。市販のレーザースキャナーと同性能のものを開発依頼するとなると億単位の金額がかかってしまう。
新世代プロテオミクス:畳スキャナーによる2D-DIGE
Cytivaの方には、「タイフーンの次は畳サイズのレーザースキャナー『ハリケーン』が必要だ」と何度も申し上げているのだが、なかなか実現しない(注2)。もし畳サイズのスキャン面積をもつレーザースキャナーが市販されれば、その性能を活かしきれる「畳ゲル」を自分は泳動するだろう。>Ettan™ DALTtwelveでは2000個ほどのタンパク質スポットが観察できるのだが、泳動距離を2倍にした筆者のラボのゲルではスポットの数は単純に2倍になった。畳サイズ(90×180 cm)であれば単純計算で数万個のタンパク質スポットが観察されることになる。
2D-DIGE法のさらなる可能性追求のためには、畳サイズのレーザースキャナー「ハリケーン」の登場を切望する次第である(注3)。
近藤 格
注釈
注1:ゲル+ガラス板の重さの問題は、実験者の体力と実験の頻度のバランスをよく配慮する必要がある。大学時代にボート部のエースだったある外科医は、肝細胞癌のプロテオーム解析のために連日24枚の巨大ゲル(A3サイズゲル)を泳動していたとき、数ヶ月目にしてぎっくり腰になってしまった。巨大ゲルの泳動については、小柄な女性の場合は1回12枚の泳動を二人で週2回行うということにしている。実験事故防止のためには、実験台の端に器具落下防止用のストッパーを設定、作業の動線に配慮、床は濡れたまま放置しない、器具の移動時にはからずラテックスグローブを着用する、重量のあるものの保管・移動にはワゴンを使用する、などの工夫をしている。実験台の高さにも配慮する必要がある。スキャン面は実験台の高さよりずいぶん高いところにあるため、既製の実験台では人によっては不自然な体勢を強いられることになる。高さを数秒で簡単に変えることができる実験台があれば導入したいところである。
注2:タイフーンもハリケーンも熱帯低気圧であり、発生する地域が異なる。タイフーンが「日本を含む北西太平洋・アジア」、ハリケーンが「アメリカなどの北中米」である。したがって「ハリケーン」は畳サイズとは何の関係もない。「畳ゲル」が日本発のアイデアであることを考えると、そのゲルをスキャンするレーザースキャナーの名前としては「カミカゼ」なども候補かもしれないが、アジアでは顰蹙を買いそうである。
注3:「Typhoon™」はEttan™ DALTサイズのゲルを2枚同時にスキャンできるのだが、スキャン条件はゲルごとに微調整する必要があるので実際には2枚同時にスキャンすることはない。したがって、「Typhoon™」はEttan™ DALTtwelveしか使用しない研究者にとってオーバースペックである。Ettan™ DALTtwelveやそれ以下のサイズのゲルを泳動する研究者にとっては、もっと小さなレーザースキャナー「タツマキ」「コガラシ」「ヤマアラシ」(いずれもそのような名前のスキャナーは実在しません)がいいかもしれない。
参考
- Oguri T, Takahata I, Katsuta K, Nomura E, Hidaka M, Inagaki N, Proteome analysis of rat hippocampal neurons by multiple large gel two-dimensional electrophoresis. Proteomics. 2002 Jun;2(6):666-72.
- O’Farrel PH., High resolution two-dimensional electrophoresis of proteins. J Biol Chem. 1975 May 25;250(10):4007-21
- Klose, J. Protein mapping by combined isoelectric focusing and electrophoresis of mouse tissues. A novel approach to testing for induced point mutations in mammals. Humangenetik 26, 231-243 (1975).
- Klose J, Nock C, Herrmann M, Stuhler K, Marcus K, Bluggel M, Krause E, Schalkwyk LC, Rastan S, Brown SD, Bussow K, Himmelbauer H, Lehrach H, Genetic analysis of the mouse brain proteome. Nat Genet. 2002 Apr;30(4):385-93.
- Young DA, Advantages of separations on “giant” two-dimensional gels for detection of physiologically relevant changes in the expression of protein gene-products. Clin Chem. 1984 Dec;30(12 Pt 1):2104-8.
- WITA社Webサイト http://www.wita.de/
- Kondo T, Hirohashi S, Application of highly sensitive fluorescent dyes (CyDye™ DIGE Fluor saturation dyes) to laser microdissection and two-dimensional difference gel electrophoresis (2D-DIGE) for cancer proteomics. Nat Protoc. 2006;1(6):2940-56.
DIGE道場 第5回にもどる
DIGE道場 トップページ
近藤 格 先生の研究室 Webサイト
2D-DIGE に関する基礎情報はこちらから