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Dr. 近藤のコラム 2D-DIGEの熱い心
「名人芸お断り」

1. 二次元電気泳動名人芸説

「二次元電気泳動は名人芸」「二次元電気泳動は熟練者の技術」という説を学会などでよく耳にする。「名人」「熟練」は世間一般にはよい意味で使われる言葉である。しかし研究の分野では必ずしもそうではない。他人に再現できない実験を誰かが独占的に行っている場合にも「名人芸」「熟練者の技術」という称号が、否定的なニュアンスと共にその技術に冠されることがある。二次元電気泳動の実験はそれに相当するようである。上述の説はほぼ例外なく二次元電気泳動法にネガティブな文脈の中に登場する説である。

「名人芸」が発生する状況は次のようではないかと推察している。

まず、「名人芸」が技術的に完成度が低く再現性がない場合である。「名人」がやっても再現性よく実験できないのだが、うまくいった実験だけ選んで提示するので周りからはすごい人のように思われたりする。しかし他の人にやらせてみると再現できない。そのときの言い訳に登場するのが「名人芸」「熟練技術」という言葉である。教えられる側がポスドクや学生だと、教わる側の能力や経験が不足しているためにマスターできないのだと言われたりする。

これはかなり深刻な問題である。捏造とどこが違うのか、本人にしかわからない。実験の再現性はわるくてもデータそのものは間違ってはいないという点が微妙である。たとえばゲルの温度や平衡化バッファーの温度が日によってばらばらだと、ある日にはうまくできたゲルや泳動が別の日にはまったくできなかったりする。本人は原因がわかっていない。しかし、うまく作成できたときのゲルやたまたま適度な温度のときの平衡化バッファーを使えば「たまたま」実験データは出る。そのときの実験データが生体内の現象を正しく反映していれば、引き続き行う別の技術を用いた検証実験もうまくいくだろう。人為的なミスに由来する失敗が多少は発生することはどの実験でも避けられない。しかし常態化するのは問題である。たとえば、「○○枚電気泳動してよいゲルを選んだ」と堂々と書いた論文が比較的Impact Factorの高い雑誌に掲載されている。これでいいのだろうか?

次は、よい意味での「名人芸」の場合である。技術そのものは高いレベルにあるし本人も周りの人に指導することにはやぶさかではないのだが、その技術をマスターすることは本当に難しく時間もかかり、教える方も相当な労力を費やされるケースである。教わる側に要求される水準が高く、ある程度の教育背景や継続する熱意がなければ習得できない技術もあるだろう。本来はこういうのを「名人芸」と言うのだろう。生き物を扱う実験では教えるのが難しい判断力が必要とされることがある。実験の細かいところにどれだけ気配りするか、どのように判断するかをマニュアル化することができないこともあるだろう。機器分析においてもトラブルが構造的に必ず発生するような実験系ではその場その場の判断力の差や経験の差が実験のスピードや結果に影響する。したがって、最先端の領域を切り開いてきた研究者の能力のある一部を評して「名人」と評価されることがあってもおかしくはない。このような場合、「名人」は称賛されるべき存在として語られる。

この状況は美談かもしれないが、あまりよいことではない。マスターするのに時間がかかったり、「名人」から直接学ぶ必要があったりする場合、結局その技術は普及しない。優れた技術であれば広く普及できるように工夫するべきである。

二次元電気泳動はそんなに高度な技術ではないので、そもそもこの場合には当てはまらない。

2. 二次元電気泳動法、名人芸不要説の実際

筆者のラボではどれくらい電気泳動を失敗してやり直しているのか、正直にご報告する。どういうときに電気泳動を失敗と判断してやり直しているのかと言うと、誰がみても明らかに本来の実験になっていないような場合である。たとえば、パワーサプライや冷却装置のスイッチを入れ忘れた、何かの試薬を入れ忘れた、電気泳動中にガラス板が割れた・バッファーが漏れた、電極を逆につないだ・はずれていた、などの場合に加え、明らかにスポットの収束がわるい、ゲル画像が全体にゆがんでいる、ゲルを横断縦断するストリーキングがある、などのような場合である。「都合により気に入らないデータを捨てる」というのではなく、数値解析に至るよりはるか手前で「生体内で起きている現象を、何らかのトラブルにより、実験データが反映していないことが明らか」という判断である。
原因を特定できることが多く、適切に実験をすれば再現しない失敗である。

筆者ラボの3人の方を例に挙げる。ある時点のデータということで2D-DIGE法の実験が同じような時期に終了していた3人に状況を確認した。一人は本職の研究者、二人は臨床医のリサーチレジデントである。3人とも二次元電気泳動法は初めてで、2人のリサーチレジデントは実験も生まれて初めてだった。実験開始当時この3人は明らかに「熟練者」ではないし、この3人がすぐにマスターできるような実験は「名人芸」とは言えない。自己申告ではあるが、「終わったことを今さらとやかく言ったりしないので、正直に言ってほしい」と当人たちには伝えた。

まず、研究者A。レーザーマイクロダイセクションで回収した50サンプルを用いて150枚の電気泳動を行った。やり直しゲルは10枚(6.67%)。内訳は、ゲルを上から下まで縦断するストリーキング5枚、一次元目の収束不良1枚、平衡化不良3枚、ガラス板の拭き跡1枚。次に、リサーチレジデントA。肺腫瘍組織262検体を用いて786枚の電気泳動を行った。失敗枚数は60枚(6.85%)。内訳は、二次元目の電気泳動の流しすぎ33枚、スキャン時の設定ミス6枚、一次元目の電極設定不良3枚、バッファー漏れなど15枚、二次元目の電極の付け間違い3枚。最後に、リサーチレジデントB。食道がんを対象として140サンプルの正常細胞、腫瘍細胞をレーザーマイクロダイセクションで回収し、420枚の電気泳動を行った。やり直しゲルの枚数は38枚だった(9.05%)。内訳は、二次元目の電気泳動の流しすぎ4枚、平衡化の不良やゲルのゆがみなどの混合25枚、高度な画像のゆがみ(重合不良)1枚、高分子領域のゆがみ1枚、一次元目の電極の設定不良4枚、冷却装置の故障3枚、ガラス板の割れ1枚。

電気泳動の再現性というよりも実験系の再現性や安定性を調べるために、ある時点のありのままを書いてみた。ガラス板の汚れ、スキャナーの設定ミス、電極のプラスマイナスの付け間違い、バッファー漏れ、冷却装置の故障、ガラス板の割れ、などをカウントしても、だいたい6-9%のやり直し率である。繰り返すが、3人は二次元電気泳動はまったく初めてで、うち2人は実験も初めてある。学会で語られる「二次元電気泳動名人芸説」を筆者が訂正したくなる気持ちがご理解いただけるだろうか?

結局のところ「二次元電気泳動法名人芸説」は正しいノウハウが普及していないことによる「迷信」に過ぎないというのが筆者の持論である。

3. 名人芸をなくすためにDIGEなこと

筆者のラボではプロトコールを皆で共有するという体制が徹底されている。新人にはマニュアルを"ぽんっ"と渡しておしまいというわけではない。大切なポイント、やれば必ず失敗するポイントを最初は経験者が説明しながらやってみせる。次に、経験者の立ち会いのもと本人にやらせる。その次からは基本的には一人で実験し、多少のサポートはするがわからないときだけ教えてもらう。しかしこれは実験手技をマスターする普通の過程である。どこに工夫があるのか?

近くでそれとなしに聞いていると、ラボのメンバーは皆教えることに熱心である。マニュアルを作っただけ、あるいは指導しなさいと業務命令を出しただけではこうはならない。DIGEなことは「名人芸ではいけない」「指導することは大切な業務である」という考えがメンバーに共有されていることだと思う。新人に指導するには、自分が実験できるというレベルからさらに数段高いレベルの能力が要求される。短期間で正確に技術をマスターさせるためには、いろいろな能力や工夫が必要である。いわゆる基本的なコミュニケーション能力に加え、相手をよく観察することから始まりわかりやすいハンドアウトを作成したり説明法を考えたりするなど。そのような意識や工夫は指導する者の成長にもつながる。新しい技術を身につけるときも、いつか指導する立場になると意識するのとしないのとでは質問のポイントや集中度が違ってくる。このような考えを持ち実行している人を称賛するような雰囲気が培われていることも「名人芸」が払拭されているポイントかと思う。

実を言うと筆者は人に実験を教えるのが上手ではない。無駄な蘊蓄を語り過ぎることもあれば乱暴に突き放してしまうこともあると反省しているのだが、なかなか治らない。優秀なスタッフに恵まれたため、あるいは技術指導力のないPrincipal Investigator(私です)への対策が積み重なって、今のような指導体制ができたのだろうと思っている。自分の欠点をカバーしてくれる存在があったからこそできた環境であると言える。したがって、本連載やさまざまな活動を通じて「二次元電気泳動法名人芸説」を払拭することができるとすれば、その功績は過去および現在のリサーチレジデントや技術員たちにある。

「DIGE道場」は筆者のラボのノウハウをマンツーマンの指導なしに普及させることを目的として連載している。公開プロテオームデータベースGeMDBJ Proteomicsの有効利用のために、希望する方が比較的簡単に実験を再現できるようにしたいからである。GeMDBJ Proteomics には11月の終わりまでに上述の食道がんの手術検体の2D-DIGEデータ一式ならびに約1,100タンパク質スポットのLC-MSMSによるアノテーション情報が追加公開される。手術検体のプロテオームの情報をここまでたくさん公開しているデータベースは他に存在しない。非公開サイトには、肺がん、肝細胞癌、大腸がん、悪性胸膜中皮腫、骨軟部腫瘍、各種培養細胞、などの2D-DIGE法のデータが登録されつつある。来年度中に公開サンプル数は1,000、公開同定スポット数は10,000を超えることが目標である。この無料の公開データベースは二次元電気泳動法をしない方にも有益だが、データベースで使われているのと同じ実験フォーマットで実験すればデータベースの情報を100%使いこなすことができる。たとえば、登録されているスポットが再現できれば、臨床検体における濃度の情報、質量分析の同定情報がそのまま使えるようになる。アノテーションのついたスポットの個数は11月末で延べにすると2,000個を楽に超える。受託解析でタンパク質同定を依頼すると1スポット20万円は下らないので、2,000スポットの同定情報と言えばそれだけで4億円の価値のあるデータである。これが無料。使用する試薬も機械も全てごく普通に市販されている。DIGE道場のプロトコールをマスターする意義は大きい。

4. 最後にお知らせ

平成21年2月3日に秋葉原UDXにて、「最先端プロテオミクス - ゲノムワイドな抗体のみる夢 -」と題した講演会が行われる。筆者はオーガナイザーである。本講演会では、ヒトゲノムにコードされるすべてのタンパク質に対して網羅的に抗体を作成しているMathias Uhlen博士を招待し、ゲノムワイドな抗体作成の状況と展望を語っていただく。抗体を使った網羅的実験に着手されている国内の研究者の方にもご講演いただく。

二次元電気泳動法は優れた技術だが何でもこなせる万能のツールではない。たとえば、二次元電気泳動法や質量分析法に代表されるような分離を基盤とする技術では、「たまたま見えているものを(それらしい理屈をつけて)ランダムに見ている」という傾向がある。特定のパスウェイに含まれる300種類のタンパク質をまとめて観察する、それをすべてのパスウェイについて行う、という系統的な実験は、分離を基盤とする技術ではこれからもできそうにない。「4,000種類のタンパク質を観察した」といってもデータの中にタンパク質や翻訳後修飾のナイスな異常が含まれているのは偶然に過ぎない。「仮説に基づかずに観察するのがプロテオーム解析である」という説があるが、それは後づけの理屈であって、仮説に基づいた実験をしたくてもできないというのが実情である()。一方、抗体を使う実験では、アレイ技術でもウェスタンブロッティングでも免疫染色でも、抗体さえ入手できれば狙いをつけた実験が可能である。抗体の性格や抗体を使う技術については克服しなければならない課題も多く、楽観的な意見と同時に悲観的意見も耳にするところであるが、抗体を使ったプロテオーム解析は今後は主流となる可能性が高い。Uhlen博士とは国際学会で何度かお会いして知り合いになり、このようなことを話しているうちに意気投合し、来日していただくことになった。

Uhlen博士はもともとゲノム解析の研究者で、パイロシークエンス法の開発者でもある。ゲノムワイドに計画的に徹底的に抗体を作る、というアイデアはゲノム研究者ならではのものだろう。Uhlen博士の研究についてはHuman Protein Atlas(http://www.proteinatlas.org/)をご覧いただきたい。Uhlen博士はとにかく最高にうまい講演をされる。高度な内容をわかりやすく説明されるので、1、2時間はあっという間である。これからも精進を重ねいつかあのような講演ができる研究者になりたいと筆者はいつも思っている。

本講演会の詳細は、シンポジウム事務局(proteomics@dialogue2005.com)までお問合せください。

見たい遺伝子産物のリストがあってそれを端から観察しているというDNAマイクロアレイのような状況ではない、ということが言いたいのだとご理解いただきたい。仮説がなければ実験デザインが組めないことは言うまでもない。「仮説に基づかないプロテオーム解析」は「ランダムにタンパク質を観察する解析」という意味だろう。タンパク質の数が有限なので、網羅性がある程度あれば現象によっては確率の問題として何かしら必ず同定される。アプローチの仕方として問題があるわけではない。


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