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Location:Home実験手法別製品・技術情報2D DIGE(蛍光標識二次元発現差異解析)

Dr. 近藤のコラム 2D-DIGEの熱い心
「分離を基盤とするプロテオーム解析の限界と可能性」

まずは解析技術の本質的な限界を知ろう

発現差のあるタンパク質を同定することがプロテオーム解析の目的である方には蛍光二次元電気泳動法(2D-DIGE法)はまずおすすめの方法である。発現解析について2D-DIGE法は網羅性、再現性、定量性の点でバランスのとれた方法であり、きちんと実験を行えば確実にデータを得ることができる。しかも、予算規模に応じてさまざまなバリエーションでシステムを組むことが可能である。これから2D-DIGE法を始める方、今すでに2D-DIGE法を行っている方にいくつかの抑えるべきポイントをマスターしていただき、無駄な苦労をすることなくデータを出していただくのが本連載の目的である。

2D-DIGE法あるいは二次元電気泳動法のメリットを強調する一方で、電気泳動法や質量分析法に代表される「分離を基盤とするプロテオーム解析」の限界も同時に周知するべきだと考えている。プロテオーム解析技術の中にはあたかも無限の可能性があるかのように喧伝されたものもあった。しかし、結果的にどのようなことになっているかはご存じの通りである。

どんな技術にも限界は存在し、その限界をきちんと理解して使いこなすことが研究を進めるうえで必要である。技術を導入する際に正しい情報が得られればいいのだが、開発者もメーカーも普及のためによい点しか取り上げないので、新しくプロテオーム解析を始める研究者は過剰な期待を抱きがちである。みんなが派手に宣伝しているときに冷静に限界を発表している場合ではない、という雰囲気もあるだろう(注1)

新規のユーザーが持つプロテオーム解析の目的が壮大過ぎたり、最終目的が具体的に絞り込まれていなかったりすることも背景にある。結局は思ったほど成果が出なかったというところに落ち着いているような気がするのだが、それは10年近く前に期待されていたプロテオミクスの成果が当時のそして現在の技術レベルに対して非現実的だったからである。それは本邦に限ったことではなく海外でもよく言われていることであり、「プロテオミクスとバイオマーカーは、今では米国ではdirty word扱い」という意見をHUPOの海外の重鎮から聞かされたことがある。このような過ちを再び犯さないために、二次元電気泳動法の本質的な限界についても、長所と同様に、しっかり言及するべきであると考えている。

注1

新しい技術を紹介されたときは、その技術にとって容易に解決しがたい欠点、理論的に超えることができない限界は何か、を尋ねるのがいいかもしれない。欠点も限界もないというニュアンスの答えであればその技術は成熟度が足りないか、当事者の理解が足りないと考えて用心する。

「網羅性」の限界は二次元電気泳動だけが持つものか?

二次元電気泳動法の「限界」としてまず取り上げるべきは網羅性である(注2)。二次元電気泳動法では観察できないタンパク質は多い。膜たんぱく質、難溶性タンパク質、超微量タンパク質、等々指摘されることである。

まず理解していただきたいことは、二次元電気泳動法に限らず「分離を基盤とする技術」では、すべてのタンパク質を一度に観察することはできないということである。それは期待すること自体が間違っている。膜タンパク質をたくさん観察できるようなシステムを特別に作ることはできるかもしれない。しかし、そのシステムでは分離が犠牲になっているかもしれない。糖たんぱく質のためのシステム、難溶性タンパク質を観察しやすいシステム、超微量タンパク質をとらえるシステム、リン酸化タンパク質をみるシステムなど、それぞれに論文が発表されているのだが、どれか一つのシステムで他も含めてすべてを一度にみることはできそうにない。個別にプロトコールを作ればいずれも二次元電気泳動法で対応できるかもしれないが、一つのプロトコールですべてまかなうことは無理である。

プロテオーム解析が対象とするのは、翻訳後修飾を含めた膨大な種類のタンパク質分子であり、発現量だけでなく物理特性にも大きな幅をもった分子集団である。二次元電気泳動法に限らず、既存の方法であと数年くらいで全部を観察できるようになりそうなものはない。目的となるタンパク質が絞り込まれているのであれば、他のタンパク質はきっぱり捨てて目的に特化したシステムを構築することを考えたり、そのような特化した複数のシステムを組み合せたりすることを考える方が現実的である。

注2

分離を基盤とするプロテオーム解析(ゲルにしろ質量分析にしろ)で具体的にどのくらいの種類のタンパク質が観察できるのかについては、第6回のコラム「二次元電気泳動は何をみているのか?」を参照されたい。

プロテオーム解析における“網羅性”が意味するところ

次に、別の角度からこの「網羅性」の問題を考えてみたい。プロテオーム解析が注目されるようになった経緯はおそらく次のようなものである。

細胞周期にしろシグナル伝達にしろ、特定のパスウェイに含まれるタンパク質を一つ一つ緻密に調べていくというのが昔からあるタンパク質の研究である。そのような研究は大きな成果を上げているし、これからも重要な研究である。

一方、ゲノムの情報が完全に得られ遺伝子の数の上限が意識されるようになってくると、機能的に意味のあるタンパク質の集団をまとめて一度の解析で網羅的に調べることで新しい知見を得ようというアイデアが生じてくるようになった。たとえば、転写因子、受容体、シグナル伝達タンパク質、アポトーシス制御タンパク質、接着タンパク質、細胞外マトリックスなどががんでは異常になっており、治療奏効性、転移、再発、予後に関係している。総数にすると何百種類、何千種類のタンパク質である。新しいタンパク質を探索しつつ、重要であることが既知のタンパク質を一網打尽に調べることで得られる知見をがん研究に応用する、というのが網羅的解析に期待することだったのではないだろうか。つまり、内容はどうでもいいからとにかくできるだけたくさん調べる、という発想ではなく、あくまでも機能的な分子集団という意識が背景にあって、そのための網羅的解析ということである。

実際には分離を基盤とするプロテオーム解析で特定のパスウェイあるいは機能的に定義される集団に含まれるタンパク質をすべて観察できたという事例はない。いくつかのタンパク質は偶発的に観察されるが、それはパスウェイ全体からすればごく一部である。すなわち、分離を基盤とするプロテオーム解析の特徴は、機能的に意味のある集団を徹底的に調べるものではないということである。

電気泳動法にしても質量分析法にしても、実験系の特性に依存して、機能的にはランダムにタンパク質を調べることになっている。発現量が多いタンパク質、溶けやすいタンパク質、二次元電気泳動で言えば等電点や分子量が観察レンジに入っているタンパク質、質量分析で言えばイオン化されやすいペプチドやちょうどよい質量のペプチドなどがよく観察されるのだが、これらのグループ分けはタンパク質の物理的な特性に基づくものであって機能的な意味はほとんどない。すなわち、実験系にあったタンパク質を見ているだけ、というのが分離を基盤とするプロテオーム解析の特徴である。「網羅的」とは、この場合「機能的にランダムに、物理的に徹底的に」という意味である。機能解析をプロテオーム解析の出口に設定している研究者の方はこの点をよく吟味された方がいいかもしれない。

これは必ずしもわるいことではない。筆者の経験では、胎児の蝸牛(かぎゅう)で高発現すると報告されていた「フェチン」というタンパク質が、実は消化管間質腫瘍の悪性度に関わることが2D-DIGE法でわかった 1)。胎児の蝸牛を消化管の腫瘍と結びつけて考えることができる研究者はそう多くないだろう。他にも、白血病で有名な融合遺伝子の片割れがユーイング肉腫症例の予後に関係することが2D-DIGE法でわかった 2)。これも予想していなかった結果である。このように、先入観が少しでもあると到達できないような発見が、分離を基盤とするプロテオーム解析の特徴である。

成功への道は、技術の特性を意識すること

そのように考えると、2D-DIGE法のデータ解釈にも特別な意識が必要かもしれない。発現差のあるタンパク質のリストを眺めて次の実験候補を決めるとき、既存の生物学にどうしてもとらわれがちである。有名な腫瘍抑制遺伝子産物に結合するようなタンパク質が見つかれば、ついそこに集中してしまう 3)。もっとも、そのようなアプローチは有効である。有名であるということはよく調べられてきたということを意味しており、よく調べられてきたということは機能的に重要だったからに他ならない。したがって、よい成果が得られる可能性は高いしIF(インパクトファクター)の高い雑誌にもアクセプトされやすい。

しかし、分離を基盤とするプロテオーム解析の特性を考えると、自分で得た発現量のデータのみを根拠に誰も注目していなかったタンパク質をさらに調べることもまた妙味である 4)

この二つのアプローチは誰でも行っていることなのだが、分離を基盤とするプロテオーム解析の特性を理解し意識することで、データ解析における選択のプロセスを最適化し、結果的に成功確率をより高くすることができるのではないかと思う。

プロテオーム解析が本邦で普及し始めてはや10年近くが経とうとしている。いろいろな技術が登場し、普及し、問題点が具体的に明らかになってきた。できて当然のように言われていたことがどれだけ難しいかがわかったというのが、ここ数年間における最大の成果のような気がする。それぞれの技術の特性を理解した解析をすることの重要性も、その過程で認識されるようになった。本質的な限界を無視したり無理に解決しようとしたりしてはいないか、今一度手元の技術や研究テーマを見直してみるのもいいかもしれない。

文献

  1. Suehara et al, Pfetin as a prognostic biomarker of gastrointestinal stromal tumors revealed by proteomics. Clin Cancer Res, 14, 1707-1717, 2008.
  2. Kikuta et al, Nucleophosmin as a candidate prognostic biomarker of Ewing sarcoma revealed by proteomics. Clin Cancer Res, 2009, in press
  3. Orimo et al, Proteomic profiling reveals the prognostic value of adenomatous polyposis coli-end-binding protein 1 in hepatocellular carcinoma. Hepatology, 48, 1851-1863, 2008
  4. Uemura et al, Transglutaminase 3 as a prognostic biomarker in esophageal cancer revealed by proteomics. Int J Cancer, 2008

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