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シングルセルオミクスは、科学者や医師の根本的な疑問に答えることができる、刺激的で多面的な分野です。ここではさまざまなオミクス的アプローチを概観し、それがどのようなものか、どこで用いられるのか、現在および将来の動向についてご紹介します。
シングルセルオミクスとは?
生物学や医学には、多数の細胞からなるサンプルを分析するという通常のアプローチでは応えられないような、実践的または根本的な疑問が数多く存在します。時には、細胞のわずかな違いを理解するために、細胞を個別に分析する必要があります。また、研究に利用できる細胞がただ1つしかないという場合もあります。
これこそがシングルセルオミクスの世界です。これは、シングルセルに適用された場合の一連の「オミクス」技術を網羅する総称です。この言葉がカバーする範囲には、ゲノミクス、トランスクリプトミクス、プロテオミクス、メタボロミクスが含まれます。
シングルセルオミクスの市場は近年急速に拡大しており、2022年までに15億米ドルまで成長を続けると予測されています(BCC Research, 2018)。この成長には、研究や医薬品開発など、臨床と非臨床の両方の市場が含まれます。
【無料ダウンロード】シングルセルシーケンスの課題と可能性従来のオミクスと比較して、シングルセルオミクス技術では出発サンプルの量が限られているという点は、ワークフローのほぼすべての側面に影響します。細胞の分離、サンプル調製、分析のいずれもが、細胞集団を対象として行われる同等のアッセイとは大きく異なります。
例えば、細胞分離では、分析前に個々の細胞を区画(コンパートメント)に分ける必要があります。これは、液滴ベースのシステム(例:10x Genomics)やマイクロウェルのシステム(例:Dolomite Bio、Honeycomb)などの手法で可能です。
では、それぞれのシングルセルオミクスは具体的にどのようなものであり、また、どのように使われるのでしょうか?
シングルセルゲノミクス
シングルセルゲノミクスは、細胞のDNAに焦点を当てています。これは例えば、細胞集団内でのDNAの不均一性を検証したり、分析に使用できる細胞数が少ないアプリケーションで使用できます。その中のシングルセルエピゲノミクスというサブフィールドでは、個々の細胞におけるDNAメチル化や、ひいては個々の細胞における遺伝子調節を調べます。
次世代シーケンス(NGS)および第三世代シーケンスのユーザー、テクノロジー、アプリケーションの急速な成長は、シングルセルレベルでのゲノム分析を実現する重要な要因です。
腫瘍学は、これらの両方の要因が関係する分野です。がんをシングルセルの疾患として認識する動きはますます高まっています。つまり、シングルセルのゲノムを研究することで、従来の分子アッセイでは手に入れられなかった情報を得ることができます。シングルセル分析では、リキッドバイオプシーによる循環腫瘍細胞(CTC)の検出(多くの場合シングルセルのイベントである)も可能です。
シングルセルゲノミクスのもう1つの重要な分野は、体外受精(IVF)で作製された胚の着床前診断です。このアプリケーションもサンプルサイズが非常に小さいことが特徴であり、シングルセルの精度が必要であることを示しています。
シングルセルトランスクリプトミクス
シングルセルトランスクリプトミクスはRNAを研究するものであり、シングルセル間の遺伝子発現の違いを分析することに非常に適しています。この分野でもっとも急速に成長している技術は、個々の細胞の遺伝子発現プロファイルが得られるシングルセルRNA-seq(scRNA-seq)です。
免疫学の領域は、scRNA-seqなどのシングルセルトランスクリプトミクス技術から相当な恩恵を受けることができます。例えば、免疫細胞集団は非常に不均一であるため、個々の細胞に注目することで、細胞集団のデータと比べて大幅に改善されたデータが得られます。
フローサイトメトリーは、個々の免疫細胞をタンパク質レベルで調べる目的で用いられる一般的な手法です。しかしこの方法でタンパク質を評価できるのは、適切な抗体が利用できる場合に限られます。RNAレベルで遺伝子発現を測定することはできません。これを実現できるのはRNA-seqです。
シングルセルプロテオミクス
シングルセルプロテオミクスでは細胞のタンパク質含有量を評価します。この技術は、DNAおよびRNAのオミクスと比較してまだ初期段階にありますが、期待は高まっています。細胞のプロテオームは核酸よりも細胞機能を直接表す指標であり、これを研究することで、細胞の挙動についてより深い洞察を得ることができます。
シングルセルレベルのプロテオームを分析できる主な技術は、質量分析および抗体をベースとするプラットフォームです。
IsoLight™ system from IsoPlexisは、こうしたシングルセルの感度を実現する技術の一例です。Isolightはチップ上にある12,000個を超えるマイクロチャンバーを用いてシングルセルを捕捉し、ELISAベースの抗体バーコードアレイを用いて、1細胞あたり40種以上の機能性分泌タンパク質を同時に分析します。
シングルセルタンパク質アッセイに伴う技術的な限界から、少なくとも近い将来に関しては、この技術は主に基礎的な生物医学研究に適用されると見込まれています。例としては、腫瘍細胞の不均一性と治療抵抗性の理解、免疫応答のモニタリング、ハイスループット薬物スクリーニングなどが挙げられます。
シングルセルメタボロミクス
シングルセルメタボロミクスは、細胞の代謝産物、例えば糖や脂質、解糖産物、リン酸化合物などについての研究です。シングルセルメタボロミクスも初期段階にありますが、研究者と医師の両方にとって重要な疑問に答えてくれる可能性があります。
シングルセルレベルで代謝産物を調べることのできる技術としては、各磁気共鳴(NMR)、キャピラリー電気泳動、液体/ガスクロマトグラフィー、質量分析、蛍光顕微鏡などがあります。
シングルセルメタボロミクスの用途はさまざまな臨床研究分野に広がっており、中でも特に重要なものとして代謝障害が挙げられますが、他にもがん研究、薬理学および毒物学、創薬などがあります。もう1つの重要な分野は、作物の改良やGM作物の安全性評価、バイオ燃料の生産といった農業研究です。
今後の動向:マルチオミクスアプローチに向けて
今後数年のうちに、シングルセルオミクスの分野は急速に成長することが期待されています。この成長を促す要因は以下のようにさまざまです。
- シングルセル分析のための自動化ハイスループットプラットフォームの登場
- 不均一な細胞系統に関する研究へのニーズの高まり
- 腫瘍学における非侵襲的検査の需要の増加
- 大規模な研究イニシアチブおよびシングルセルコアファシリティによる統合された資金の提供
もう1つの興味深い動向は、シングルセルマルチオミクスの登場です。このアプローチは、複数の分析物を同時に調べることによって効率とデータ品質を向上させることを目的としています。例えば、分析の組み合わせ、サンプルの分割、またはあるクラスの分析物を他のクラスに変換することなどです。
そのようなマルチオミクスアプローチの一例は、Cellular Indexing of Transcriptomes and Epitopes by Sequencing;CITE-seqです。この方法は、細胞内のRNAを捕捉して配列決定する方法と、細胞表面のエピトープと相互作用するバーコード化抗体を使用する方法を組み合わせたものです。
腫瘍学においては、個々の細胞が化学療法に抵抗する能力は、がんの再発や転移につながる可能性があります。この能力はゲノムとエピゲノムの両方の要因によって決まると考えられます。このような状況では、組み合わせによるマルチオミクスアプローチこそが薬剤耐性の完全な理解を深める鍵を握っているかもしれません。
それにもかかわらず、分子レベルでシングルセルを効果的に研究することには多くの技術的課題が残っています。こうした課題は、細胞の分離やサンプル調製、増幅、分析など、ワークフローのあらゆる段階に存在します。しかし、新技術が次々と上市され続けているため、成長の可能性は大いにあります。
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- Labib M, Kelley SO. Single-cell analysis targeting the proteome. Nat Rev Chem 2020: 4; 143–158.
- Marx V. A dream of single-cell proteomics. Nat Methods. 2019;16(9):809-812. doi:10.1038/s41592-019-0540-6
- Minakshi P, Ghosh M, Kumar R, Patki HS, Saini HM, Ranjan K, et al. Single-Cell Metabolomics: Technology and Applications. In: Barh D, Azevedo V, ed. Single-Cell Omics. Academic Press; 2019:319–353.