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抗体精製をマスターしよう (4)

抗体精製のためのサンプル前処理

抗体精製イメージ前回まで、抗体精製の原理と考え方についてご紹介して参りました。
今回からはいよいよ実際のプロトコールを詳しくご紹介していきます。
最初はサンプルの前処理についてです。
少しでも純度を高め、なおかつカラムのパフォーマンスを保ちながら抗体を回収するためには、出発材料から抗体以外のタンパク質や固形物をはじめ、リポタンパク質や血液凝固タンパク質・フェノールレッドのような材料特異的な不純物をできるだけ除去することが大切です。出発材料ごとに抗体濃度や含有タンパク質、夾雑物などの組成が異なるため、サンプルの前処理方法もそれぞれに異なります。また、サンプルを回収して保存する段階からバッファーの交換まで、クロマトグラフィーに入る前に様々な注意を払う必要があります。
今回は、これらの抗体の精製をはじめる前の処置を3項目に分けてご紹介します。


サンプルの保存

入手した出発材料はそのまますぐに精製に使えるとは限りません。たとえば血液が材料の場合には、血清画分の回収などの処理が必要になります。
ここでは、入手した材料別に保存するまでの操作手順や注意事項について説明します。
抗体精製に用いる出発材料は、入手後ただちに精製に利用するとは限りません。長期間保存する場合には、変性や腐敗などに注意を払わなくてはなりません。

血清

採血の1日前から絶食させると脂肪分の少ない血清が調製でき、カラムの汚れを軽減できます。採血した血液は37 ℃で1 ~ 2 時間保温して凝固させ、さらに4 ℃で一晩静置した後、3,000 rpm で30 分間遠心して上清を回収します。
タンパク質分解の原因となる凝固系のプロテアーゼは56 ℃で30 分間処理することで不活化(非働化)できます。 0.22 や0.45 μm のフィルターで無菌ろ過された血清の場合、1週間以内なら4 ℃で保存できます。1 週間以上の場合には-20 ℃以下で凍結保存します。その際、凍結融解による失活を避けるため、小分けして凍結します。

血漿

血液に抗凝固剤(ヘパリン、クエン酸ナトリウム、EDTA など)を加えると、フィブリン様タンパク質が凝固せずに残ります。
このタンパク質は精製中のカラムの中や、精製後の抗体液の中に沈殿を生じることがあるので注意が必要です。カラムに吸着したフィブリン様タンパク質を完全に除去することは困難なため、一度使用したカラムは他のサンプルの精製には使用しないでください。これはProtein A やProtein G カラムに限らず、イオン交換やゲルろ過カラムにも言えます。その他の注意点は血清の場合と同じです。

腹水

腹水には宿主由来のタンパク質や脂質、細胞破片などが混ざっています。カラム目詰まりの原因となる凝固系タンパク質や、抗体の劣化を引き起こすプロテアーゼにも注意しなければなりません。また、宿主由来の抗体の混入を減らすために、出血しないように採取することも大切です。採取した腹水はガーゼで細胞片などを取り除いた後、精製するまで-20 ℃以下で凍結保存します。

ハイブリドーマ細胞培養上清

培養液に添加されているフェノールレッド(pH 指示薬)はSepharose™ 担体に吸着するので、活性炭を添加して吸着除去します(後述)。その後、遠心操作により活性炭を除去し、0.45 μm フィルターろ過してサンプルとします。
マウスIgG1 は標準プロトコールの結合バッファー(20 mM リン酸ナトリウム, pH 7.0)ではProtein A への親和性が弱いので、pH やイオン強度を変更する必要があります。(詳細

■抗体取り扱い上の一般的注意
以上はサンプルごとの保存方法ですが、精製が終了した後の抗体についてはどのように保存すればよいのでしょうか。
抗体は生理活性を持ったタンパク質であるため、変性などによる失活に注意して保存します。
以下に注意点をご紹介します。
  • タンパク質は凍結融解の繰返しで失活するので、小分けして-20 ℃以下で凍結保存します。凍結融解が繰り返し起こる霜取り機能の付いたフリーザーは好ましくありません。
  • 大部分の抗体は安定なため、1 週間程度の短期の場合は4 ℃での保存が好ましい場合があります。
  • 高濃度の抗体液は凝集の原因になります。2 ~ 10 mg/ml 以下の濃度で保存します。
  • ドライアイス中で保管すると炭酸ガスがサンプル中に溶け込み、緩衝液のpH が酸性に傾く場合があります。しっかりと蓋を締め、さらにビニール袋などに入れて保管します。

サンプルの清澄化

サンプルの清澄化は、目的外のタンパク質の画分を除いたり、カラムを目詰まりさせる成分を予め除去するなど、クロマトグラフィーの成功に大きく関係するステップです。 特に、抗体精製の場合は血液サンプル(血清・血漿)、マウス腹水、ハイブリドーマ細胞培養液など、さまざまな出発材料があり、求める純度・回収量に応じて、対処方法も様々な選択肢があります。
以下に抗体精製で使われる処理方法と、それぞれの夾雑物の影響、出発サンプルごとの含有量をまとめます。
硫安沈殿をはじめとする塩析で抗体の画分をおおまかに回収する方法、特定の化合物でリポプロテインを落とす方法などがあり、それぞれ除去できる対象が違ってきます。 精製効率とカラムのパフォーマンスの維持のために、出発材料に含まれる夾雑物は可能な限り除いておくのが理想的ですが、 実際は必要な純度と作業の手間を検討して、血液サンプルや腹水の場合は硫安沈殿、培養細胞上清の場合は遠心とフィルターろ過だけで簡単に処理を済ませ、次のクロマトグラフィーのステップに移るケースが多くなります。

表1-1 サンプル清澄化の方法
方法 タイプ 除去できる夾雑物 回収する分画 濃縮 対象の出発サンプル
硫安沈殿 塩析 アルブミンなど 沈殿 あり 培養細胞上清
血液サンプル
マウス腹水
カプリル酸沈殿 塩析 フィブリノーゲン 上清 なし 血液サンプル
マウス腹水
硫酸デキストラン沈殿 不純物除去 リポプロテイン 上清 なし 血液サンプル
マウス腹水
ポリビニルピロリドン沈殿 不純物除去 リポプロテイン 上清 なし 血液サンプル
マウス腹水
遠心 遠心分画 細胞
細胞破片
凝固沈殿物
上清 なし 培養細胞上清
血液サンプル
マウス腹水
フィルターろ過 不純物除去 細胞破片
各種微粒子
フロースルー なし 培養細胞上清
血液サンプル
マウス腹水
活性炭ろ過 色素吸着 フェノールレッド フロースルー なし 培養細胞上清

表1-2 出発サンプル別の主要夾雑物
出発サンプル 含まれている抗体 濃度(mg/ml) 含まれている夾雑物 濃度(mg/ml)
血液サンプル
(ヒト血漿:動物種によって異なります)
IgG
IgM
IgA
IgD
IgE
5~12
0.37~2.8
0.9~1.5
0.03~0.3
0.0025~0.007
アルブミン
リポプロテイン
フィブリノーゲン
マクログロブリン
35.0~55.0
2.2~7.7
2.0~6.0
1.5~4.2
マウス腹水 モノクローナル抗体 1~15 アルブミン
トランスフェリン
リポプロテイン
内在性IgG
フィブリノーゲン
血液サンプルよりは少ないが脂質やリポプロテインが多い
培養細胞上清 モノクローナル抗体 0.01~0.5 アルブミン
トランスフェリン
ウシIgG
フェノールレッド
---

表1-3 夾雑物の種類と問題点・除去方法
夾雑物 出発サンプル 問題点 処理方法
アルブミン・トランスフェリン 血液サンプル
マウス腹水
培養細胞上清
回収率および純度の低下 硫安沈殿
(ゲルろ過・イオン交換クロマトグラフィー)
血液凝固タンパク質 血液サンプル
マウス腹水
フィブリン様タンパク質の
カラム内凝集による圧力上昇
カプリル酸沈殿
脂質やリポプロテイン 血液サンプル
マウス腹水
リポプロテインなどの脂質成分による
正電荷を持った担体の目詰まり
硫酸デキストラン沈殿
ポリビニルピロリドン沈殿
フェノールレッド 培養細胞上清 カラムの着色 活性炭ろ過

硫酸アンモニウム(硫安)沈殿

抗体の精製に限らず、血清や腹水サンプルからの不要なタンパク質の除去や脂質含量を減らすための前処理、および濃縮手段として広く使われています。分子量の大きなタンパク質ほど低い硫酸アンモニウム濃度で析出・沈殿する傾向があるため、サンプルのタンパク質溶液を濃度に応じて大まかに分画しながら濃縮することが可能です。多くのタンパク質は30%~70%で沈殿しますが、析出する濃度はタンパク質ごとに異なるので、目的のタンパク質がどのような濃度の画分で沈殿してくるかを把握しているとよいでしょう。また、沈殿したほとんどのタンパク質(抗体を含む)は本来の構造と活性を維持しており、容易に再溶解できます。コストがかからず経済的なのも特徴のひとつです。
抗体精製では主に血液サンプルからアルブミンをはじめとする多量のタンパク質を除去したり、サンプル量が多い場合に濃縮する目的で使用します。
以下に抗体精製の前処理で一般的なプロトコールを示します。

■飽和硫安溶液: 100 gの硫酸アンモニウムを100 mlの蒸留水に加え、45 ~ 50℃で十分に溶解させたのち、室温で1 ~ 2日間放置して飽和硫安溶液とします。
■10 ×結合バッファー: 0.2 M リン酸ナトリウム, pH 7.0
■全操作は低温室、あるいは氷冷下で行います。

  • 血清(あるいは腹水)
  • 10 ×結合バッファー、腹水の1/10量を添加(溶液のpH が変わらないようにします)
  • ゆっくり攪拌しながら等容量の飽和硫安を少しずつ添加(終濃度50 % 飽和)
    急激に濃度を上げるとタンパク質が凝集を起こし不要なものを巻き込んだり、抗体が他の画分に巻き込まれたりするので、注意が必要です。
  • 攪拌 1 時間 4 ℃  
  • 遠心 10,000 × g 20分
    表層に浮いたリポタンパク質は除去します
  • 沈殿を回収
  • 50 %飽和硫安を少量加え、沈殿を砕く
  • 遠心 10,000 × g 10分
  • 沈殿を回収
  • 結合バッファーに溶解
  • 透析や脱塩カラムで結合バッファーにバッファー交換
  • 0.45 μmフィルターでろ過
  • サンプル


カプリル酸沈殿

カプリル酸(オクタン酸)沈殿はIgGを遠心上清に回収する方法(Russo, 1983)です。タンパク質凝集が抑制されるため変性の危険性が減り、ほとんど活性を失うことなく80 ~ 90 %の純度のIgGを回収できます。ただし、沈殿ではなく上清にIgGが回収され、濃縮効果がないため、サンプル量が少ない腹水の清澄化に向いています。
以下に抗体精製で一般的なプロトコールを示します。

  • 腹水
  • 2倍量の50 mM酢酸ナトリウム, pH 4.0を添加
  • pH を4.5 に調整
  • 攪拌しながらゆっくりとカプリル酸(サンプルの1/15量)を滴下する
  • 攪拌 30分
  • 遠心 10,000 × g 10分
  • 上清を回収
  • 0.1M NaOH でpH 6に合わせる
  • 透析や脱塩カラムで結合バッファーにバッファー交換
  • 0.45 μm フィルターでろ過
  • サンプル


硫酸デキストラン沈殿

2価陽イオン(通常はCa2+)存在下で、リポタンパク質と硫酸デキストランが複合体を形成して沈殿することを利用した方法です。 リポタンパク質などの脂質成分は、特に正電荷を持ったゲル担体で目詰まりの原因となるため、除去することが望ましいです。

  • 血清(あるいは腹水)100 ml
  • 攪拌しながら10 %硫酸デキストラン水溶液、4 mlを添加
  • 1 M CaCl2、100 ml
  • 攪拌 15分
  • 攪拌 30 分
  • 遠心 10,000 × g 10分
  • 上清を回収
  • 0.1M NaOH でpH 6に合わせる
  • 透析や脱塩カラムで結合バッファーにバッファー交換
  • 0.45 μm フィルターでろ過
  • サンプル


ポリビニルピロリドン沈殿

β-リポタンパク質やオイグロブリンを沈殿させる方法で、モノクローナル抗体活性を損なわない効果的なリポタンパク質除去方法です。

  • 血清(あるいは腹水)
  • 終濃度が3 %(w/v)になるようにポリビニルピロリドン(固形)を添加
  • 攪拌 4 ℃ 4時間
  • 遠心 12,000 × g 20分
  • 上清を回収
  • 透析や脱塩カラムで結合バッファーにバッファー交換
  • 0.45 μm フィルターでろ過
  • サンプル


活性炭によるフェノールレッドの除去

モノクローナル抗体の場合、細胞の培地のpHの指示薬としてフェノールレッドが含まれており、そのままではカラムを着色してしまいます。これは活性炭を通すことで簡単に除去できます。ただし、タンパク質も吸着されるため、回収量は低下します。
※活性炭に抗体が吸着する場合もございますので、少量サンプルで検討する事をお勧めいたします。

  • 細胞培養上清
  • 細胞培養上清に活性炭を4 mg/ml添加
  • マグネティックスターラーで攪拌 4 ℃ >2時間
  • 遠心 10,000 × g 10分
  • 上清を回収
  • 0.45 μm フィルターでろ過
  • サンプル


サンプルの脱塩、バッファー交換

クロマトグラフィーにより生体分子を分離する際、サンプルをカラムに添加する前に処理が必要な場合があります。
イオン交換クロマトグラフィーでは、サンプルのイオン強度を下げたり(脱塩)、適切なバッファーに置換する操作(バッファー交換)が必要です。また、精製後のサンプルを安定に保存するために、溶出時に添加した試薬や塩を除去することも重要です。
サンプルの脱塩、バッファー交換法としては、以下に示す3 種類の方法が主に使用されています。
→脱塩・バッファー交換のプロトコル

表2 脱塩・バッファー交換法の比較
手法 操作時間 処理量 利点 欠点
ゲルろ過法 1 ~ 5分 ~ 15 ml
(カラムサイズに依存)
操作時間が短く回収率が高い
精製システム使用で簡便
マニュアル操作も可能
大量のサンプル処理不可
透析法 2 時間~一晩 ~ 100 ml
(透析チューブに依存)
特別な装置を必要としない 多量のバッファーが必要で完全にバッファー交換するのは困難
限外ろ過法 30 分~数時間 処理量に制限なし
(装置に依存)
大量サンプルの処理可能
濃縮操作も同時に可能
ポンプ、ろ過装置などが必要
高濃度、高粘性サンプルでは長時間を要する


以上、抗体精製をはじめる前の準備段階であるサンプルの前処理について、概要をご紹介させていただきました。前処理の方法と意義について理解を深めることは、後々の実験でのトラブルを減らし、スムースな研究を展開することにつながります。
次回からは、実際のクロマトグラフィーのすすめ方を、抗体の種別ごとに実例をまじえてご紹介していきます。


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