タンパク質作製の開始から終了までを理解する
タンパク質研究では、研究のアイディア段階からキャラクタライズされた高純度なタンパク質を入手するまでには、さまざまな技術と多くのステップを必要とします。この過程を効率化することで、結果を迅速に入手し、期限内に結果を公表することができ、プロジェクトに関する極めて重要な決定も可能となります。
タンパク質の検索や特定の標的生体分子の開発を行っている研究者のほとんどは、細胞培養、サンプル調製、精製および解析を含む複数のステップを使用しています。そのためにはさまざまなツールの原理を理解し、技術の習得に時間をかける必要があるため、データの作成や研究の進行に利用できる時間を犠牲にすることもあると思います。時間的余裕がない状況では、タンパク質の開発および作製の完全なワークフロー戦略を設定することはとても困難に思えるかもしれません。
Jon Lundqvist、Jinyu Zou、Anna Mobergは、20年以上にわたるタンパク質研究の経験を有するCytiva研究者です。本稿では、タンパク質研究の迅速な進展に役立つ専門的な助言、知見およびヒントをお届けします。
タンパク質の作製および精製のワークフロー
長年にわたり、技術の進歩によってタンパク質研究ワークフローのステップの簡略化および利便性の改善が続けられてきた結果、一人の研究者がワークフロー全体またはその大部分をカバーすることが可能となっています。これは総じて好ましいことではありますが、研究者が細胞培養、タンパク質精製およびタンパク質特性化などの方法を学ぶ機会が減ってきているということも意味しています。
タンパク質作製のための指針として、Jon、JinyuおよびAnnaがそれぞれの専門知識を集結させ、お客さまの研究を加速させ次の論文やプレゼンテーションに備えることを可能にする知見をご提供します。
タンパク質研究のステップ:細胞培養、サンプル調製、精製および解析
プロトコールを設定する前に、最終的な目標および各ステップの目的を設定します。その際、下記について考慮してください。
- 研究の目的は何か。精製したタンパク質をどのように使用するのか(例えば、構造および機能の同定、治療または診断への使用)。
- 標的タンパク質の同定および機能に関してどの程度の情報を有しているか。
- どのような分析方法を使用するのか。
- タンパク質の機能性に、糖鎖付加などの翻訳後修飾(PTM)が必要か。それが発現系に影響を与えるか。
明確な目標は、使用する発現系、目的とする純度と収率、複数の分析を実施するために必要なサンプルの量と質の決定に役立ちます。目標を設定することは、使用する解析方法の選択にも役立ちます。
機器や消耗品の選択では、より綿密な調査を行います。タンパク質が異なれば特性も異なるため、同一のプロトコールや既存の機器を再利用しても、望ましい結果が得られない可能性があります。研究分野の文献を検索し、多くの人に意見を求めさらに理解を深めましょう。研究室の規模によっては、同僚から豊富な情報を得ることも可能です。学会、会議、ウェビナーなどは他の科学者から学ぶ絶好の機会です。お客さまのアプリケーションに容易に利用または応用できる方法をベンダーから入手することも可能です。
細胞培養
コンストラクトのデザイン
目的とするタンパク質が同定できたら、DNAテンプレート(コンストラクト)をデザインします。DNAテンプレートは目的のタンパク質をコードし、発現系に適合するようにデザインします。
従来、DNAテンプレートのデザインでは、関連する宿主細胞(マウス肝細胞など)からRNAを単離し、cDNA合成および適切な遺伝子のPCR増幅を行っていました。クローニング戦略では通常、PCRプライマー内でデザインを行い、PCRインサートを適切なDNAベクターにクローニングしてタンパク質発現プラスミドを作成します。
現在では、従来のクローニングに代わり合成遺伝子配列を使用することで、時間および費用効率が向上しています。ベンダーにおいては、発現宿主細胞用に合成遺伝子のコドン最適化を行うことが可能であるため、高発現コンストラクトを入手できる可能性が高くなっています。合成遺伝子を取扱うベンダーのほとんどはクローニングサービスも提供しており、すぐに使用できる発現プラスミドを入手できます。
組換えタンパク質(コンストラクト中に導入タグを有するものと有しないもの)は、発現プラスミドによる形質転換およびトランスフェクションにより、タンパク質宿主細胞系(哺乳類、原核生物、昆虫、酵母など)に発現します。特定の発現系、特に哺乳類細胞において高レベルのタンパク質発現を得るためには、大量の発現プラスミドが必要です。大量のプラスミドを入手するためには、プラスミドの精製および発現宿主細胞への導入の前に、適切な大腸菌株において発現プラスミドを増殖させることができます。
タグを使用することで、発現タンパク質の同定、精製および解析が容易になります。精製後のタンパク質上に維持され得る小さなタグである、ヒスチジン(His-タグ)が最も一般的に使用されています。
His-タグから始め、GST-タグ、Strep-タグIIまたはMBP-タグなどの使用も検討できます。検出および精製樹脂への結合を可能とするために、可溶性で、標的タンパク質のN-末端側またはC-末端側に結合するタグを選択する必要があります。精製後にタグを除去する必要がある場合は、タグ付きタンパク質ベクターに切断部位を作成する必要があります。
発現系の選択
発現系を選択する際には考慮すべき要素がいくつかあります。先述したように、まず研究の最終的な目標および各ステップの目的を設定します。精製されたタンパク質の使用目的、必要な量、純度レベルおよび必要な変異体のそれぞれの要件に基づいて発現系を選択します。
原核生物の発現系を使用するべきか、真核生物の発現系を使用するべきかを評価する必要があります。大腸菌は、遺伝子が十分に解明されており、形質転換効率が高く、培養が容易かつ迅速でしかも安価であるため、多くの組換えタンパク質の代表的なプラットフォームとなっています。ただし、大腸菌で良好に発現しないタンパク質の場合には、昆虫または哺乳類系がより効率的で費用効果も高くなります。
大きな目標を設定すると同時に、以下のような実施上の考慮点にも留意することが必要です。
- 構造の複雑さ:単純な三次構造を有する細菌タンパク質および真核生物タンパク質は、細菌系における発現に適しています。より複雑な三次構造を有する真核生物タンパク質は、タンパク質の折り畳みおよび翻訳後修飾をサポートできる哺乳類細胞または昆虫細胞系における発現に適しています。
- 翻訳後修飾(PTM):PTMはタンパク質の折り畳み、機能および局在化に極めて重要です。PTMには、リン酸化、糖鎖付加、プレニル化、ジスルフィド結合、プロテアーゼ切断などが含まれます。哺乳類細胞は最も高度なPTM経路を有しています。
- 溶解性:細菌細胞はPTM系を有さず、ジスルフィド結合形成が困難であり、真核細胞のようにタンパク質の折り畳みを補助するシャペロンネットワークを有しないため、細菌で発現させた真核タンパク質は生物学的に不活性で不溶性封入体に局在する可能性があります。封入体内に存在するタンパク質は、可溶化および折り畳みステップを使用して精製できる場合があります。それがうまくいかない場合には、真核生物系での発現を考慮するのが適切であるかもしれません。
- 細胞局在化:細胞内タンパク質の組換え発現には、細菌、昆虫、または哺乳類の細胞系を使用できます。細胞外タンパク質または膜結合タンパク質の発現はやや困難であり、多くの場合、これらのタンパク質では、真核生物が有するPTMおよび細胞内経路のため、昆虫および哺乳類系が選択肢となります。
- 毒性:一部の外因性タンパク質の発現は、宿主細胞に対して毒性を示す可能性があります。この問題は、特殊な発現ベクターおよび改変大腸菌株を用いることで克服することができます。哺乳類細胞では、誘導可能システム(テトラサイクリン制御性のオン/オフなど)の使用も検討することができます。
細胞培養条件
タンパク質発現を最適化するためには、24~48ウェルのプレートで細胞培養条件のスクリーニングを行い、並行して1~2 mLの培養を行います。
スクリーニングでは、温度および添加物などの条件を変化させます。発現量が予想よりも低い場合や標的タンパク質が発現していない場合は、タグシステムや培養条件などの要因を検討します。設定した目標を満たすクローンおよび発現レベルが達成されるまで、最適化を行います。
発現系および宿主細胞を増殖させる条件を選択したら、より大容量の細胞培養にスケールアップできます。一般的に、研究スケールでは0.1~20 Lの細胞培養容量を使用し、大腸菌では振とうフラスコを使用します。
より高い発現レベルおよび哺乳類細胞では、発酵槽を使用して、温度、酸素、グルコースレベルおよびpHなどの条件をより良好に制御することができます。細胞の種類によって細かい条件は異なりますが、すべての培養には、ホルモン、成長因子、栄養素を供給することで細胞の成長をサポートする培地を含む容器が使用されます。哺乳類細胞の生存率および増殖を維持するためには、特別な培地フィードを合成培地と共に使用するか、基本培地に血清を添加します。
物理化学的環境(pH、浸透圧など)も細胞培養の成功に重要であり、プロセス液やバッファーを使用してそれを維持することができます。
サンプル調製
サンプル調製、タンパク質精製および分析を通して、タンパク質の損傷を避け、タンパク質の活性を維持する必要があります。
タンパク質の感受性はそれぞれ異なります。タンパク質を理解することで、使用する条件および回避すべき条件を区別することができます。タンパク質の中には、分泌タンパク質のように発現レベルの低いものがあり、発現レベルが低い場合には、各ステップにおいて高収率を維持することがさらに重要となります。
サンプル調製はタンパク質の種類により異なります。膜タンパク質、タンパク質複合体および分泌タンパク質ではサンプル調製プロトコールがそれぞれ異なります。細胞内タンパク質の場合、標的を放出するために、超音波処理、均質化、凍結融解、または化学物質によって細胞を溶解します。
哺乳類または昆虫細胞で得られた細胞外タンパク質では、細胞を直接採取することができます。細胞の採取には多くの場合、遠心分離が使用されます。ほとんどのアプリケーションでは、標的タンパク質を含むタンパク質精製物に上清を移す、または直接分析して同定および活性測定を行います。
必要に応じて、遠心後、またはクロマトグラフィー前にカラムを保護するために、ろ過により粒子を除去することもできます。研究室スケールでの脱塩は、低分子量の不純物を除去し、1回のステップでサンプルを必要なバッファーに移すことのできる、十分に証明された、簡単で迅速な方法です。
脱塩またはバッファー交換は、クロマトグラフィーの前、または精製ステップの間でのサンプルコンディショニングのために使用できます。
タンパク質精製
タンパク質研究では多くの場合、2種類の精製ステップ、すなわちアフィニティークロマトグラフィーとサイズ排除クロマトグラフィーが使用されます。高純度が必要な場合は、イオン交換クロマトグラフィーまたは疎水性相互作用クロマトグラフィーの中間工程を追加します。ただし、ステップを追加すると全体的なタンパク質収率が低下するため、可能な限り少ないステップを使用するようにしましょう。
タグ付き組換えタンパク質は通常、精製が容易です。使用するタグシステムに適したアフィニティー樹脂を使用し、タンパク質の自然条件を使用して沈殿や分解を回避します。
精製後にタグの除去が必要な場合もあります。タグ切断後、タグを含まない標的タンパク質を、タグおよびタグを含む標的タンパク質から分離する必要があります。カラム上での切断を使用することも可能です。その場合、標的タンパク質が結合したカラムにプロテアーゼを添加することで、1ステップで切断および除去が行えます。
抗体精製には多くの場合アフィニティークロマトグラフィーが使用されます。アフィニティークロマトグラフィーでは、多くの動物種のIgGのFc領域に対するプロテインAおよびプロテインGの高い親和性と特異性を利用します。κ軽鎖に結合するプロテインLも、抗体フラグメント、IgGおよび幅広い真核生物種のその他の抗体を精製するためのリガンドとして使用できます。より高い純度が必要な場合には、2番目のステップとしてSECがしばしば使用されます。
タグ付きでないタンパク質のプロトコールの開発は、やや困難です。実験計画を作成することで、望ましい純度および収率を達成するために試験するべき条件および最適化するべき因子を同定できます。
アフィニティーステップには自然落下式カラムが一般的に使用され、他のクロマトグラフィーステップにはペリスタルティックポンプが使用される場合もあります。タンパク質精製システムは、多くの場合プレパックカラムと共に使用することで、制御を著しく向上させ、標的タンパク質および不純物に関するより詳細で一貫性のある情報の入手を可能にします。さらに、カラムの保護も向上します。
タンパク質解析 – 同定および特性化
タンパク質のサイズ、構造および生化学的性質は多様です。単離したタンパク質の特性化には、これらの違いを利用します。タンパク質の発現、作製、中間工程および精製タンパク質に関して、同定および結合活性の確認に、複数の技術を使用することができます。
多くの技術および方法は、解析および特性化に一般的に使用されています。UV、SDS-PAGEおよびSECは、標的タンパク質を含有する画分の特定に広く使用されています。酵素アッセイのような特定のタンパク質のアッセイも使用されていますが、標的タンパク質に特異的な基質が必要です。
精製後に、構造、結合活性、安定性などを決定することができます。それらの決定には多くの場合、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)カラムと質量分析の組み合わせ、アミノ酸配列解析、X線結晶解析、低温電子顕微鏡法(cryo-EM)、表面プラズモン共鳴(SPR)、ウェスタンブロット、円偏光二色性分析および核磁気共鳴(NMR)分光法が使用されます。
ウェスタンブロッティング
ウェスタンブロッティングは、タンパク質の定量および同定のための、最も確立された一般的な手法の一つです。この方法では抗体とタンパク質の複合体を構築させます。つまり、膜固定化タンパク質に抗体を結合させ、化学発光や蛍光などの検出法を用いて結合抗体を検出します。細胞や組織抽出物のような複合タンパク質混合物も、精製操作からの分画など、精製タンパク質のサンプルもサンプルとして使用できます。
ウェスタンブロットのワークフローには、解析前にいくつかのステップが含まれます。
タンパク質分離用サンプルのゲル電気泳動後、電気的トランスファーによりタンパク質をメンブレン(ニトロセルロースやPVDFなど)に固定します。
次に、標的タンパク質に特異的に結合する一次抗体と共にメンブレンをインキュベートし、未結合抗体を洗浄除去した後、酵素、蛍光色素、または放射性物質を結合させた検出用の二次抗体を結合させます。タンパク質に一次抗体および二次抗体が結合した複合体から検出されたシグナルは、メンブレン上のタンパク質の量に比例します。
従来の全タンパク質染色法ではダイナミックレンジが制限されることが多く、銀染色やクマシー染色では通常、1桁または2桁狭くなります。これとは対照的に、蛍光色素および化学発光による検出は、検出ウィンドウが非常に広く、迅速で使用が容易なうえに高感度です。
化学発光および蛍光範囲のブロットはいずれも、CCDイメージャーを使用して高感度および高解像度で可視化できます。
SPRを用いた作用機序の同定
U分子間相互作用の機序の理解は、ライフサイエンスのあらゆる領域において極めて重要です。標識を使用しない相互作用分析により、豊富な内容を含むデータが作成され、ほぼすべての種類の生体関連分子間の相互作用に関する理解を深めることができます。
- 相互作用可能な物質が互いに結合するか。
- 相互作用はどの程度特異的か。
- 結合の強さ(すなわち親和性)はどれくらいか。
- 結合の速さはどれくらいか。
- 温度は影響するか。
- サンプル中に存在する相互作用物質の量はどれくらいか。
生物学的プロセスは、重要な分子間の動的な相互作用によって引き起こされ制御される、リアルタイムの事象です。ELISAのようなエンドポイント法により提供される単なるスナップショットからは、全般的な結合強度などの基本的な情報しか得られません。親和性はオンとオフの速度に依存するため、親和性が同一の相互作用でも非常に異なるカイネティクスを有する可能性があります。Biacore™システムは、これらの極めて重要な違いの識別に必要なデータを提供できる、リアルタイムでの分析を可能にします。
親和性は同一でもカイネティクスプロファイルが数桁異なる3つの分子のセンサーグラムが示してあります。これらの差は、エンドポイント解析では検出できません。
Biacore™センサーチップは幅広い種類の相互作用物質の解析をサポートします。キットおよび既成の消耗品を使用することで、時間を節約すると同時に、抗体や共通のタグなどの分子の一貫性のあるキャプチャーが行えます。
Biacore™の初期設定の測定法をアプリケーションに適した設定で使用することを推奨します。評価ソフトウェアと組み合わせて使用することで、優れたデータ概要が得られ、結果までの時間を短縮できます。
ガイダンスとヒント
プロトコールには汎用的なアプローチを使用したいと思われるかもしれませんが、長期的にはそれが時間のロスにつながります。特定のタンパク質に適合させるためにプロトコールを調整し、特定の標的用にステップを加えたり、変化させたり除去したりする必要が生じます。汎用的なプロトコールを使用するという考えは、低発現、低収率および時間のかかるトラブルシューティングにつながる可能性があります。
研究を早く開始したいという熱心な思いが先立ち、文献の検索および計画の作成に十分な時間が費やされないという場合が多いかもしれません。はじめのうちは速く進むかもしれませんが、最適でないプロトコールにより最終的には結果への到達が遅れてしまいます。はっきりとした最終目標、各ステップの明確な目的および徹底した計画作成は、より良い結果をより早く得るために有用です。
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