実験で十分な結果を得るためには、その実験系に適切なタンパク質濃度を知っておくことが重要です。濃度が濃い場合には同じ溶液で希釈すればよいですが、その時点でのサンプルにおけるタンパク質濃度が薄い場合には、何らかの方法で濃縮を行います。ここでは、タンパク質溶液の濃縮法についてご紹介します。
タンパク質溶液の濃縮法
溶液に存在する全タンパク質を対象とした濃縮法としては、凍結乾燥、限外ろ過、沈殿/再懸濁が挙げられます。限外ろ過法や沈殿/再懸濁の手法では、脱塩や不純物の除去を同時に行うことができます。
凍結乾燥
凍結乾燥機を用いて溶液を完全に除去します。長期保存のための手法として適しています。再懸濁が困難になる場合もありますが、非常に簡便で有用です。
限外ろ過
分子量で分画を行う限外ろ過膜を用いてバッファー交換および脱塩を行うと同時に、溶液量を減らし濃縮することができます。透析膜と同様、膜孔のサイズ(数 nm~数十 nm)によって分子を分離します。
限外ろ過では溶液を膜孔から通過させるために加圧が必要であり、送液ポンプと組み合せて使うカセットタイプや遠心分離で操作するスピンカラムタイプがあります。(弊社ではカセットタイプのみの取扱いです)
下記の沈殿/再懸濁法と比較すると、容量の多いサンプルの濃縮に限外ろ過が向いています。スピンカラムタイプでは20~30 ml程度、カセットタイプは用いる送液ポンプによっても異なりますが、リットル単位での処理が可能です。
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沈殿/再懸濁
溶液中のタンパク質を一度沈殿させ、適当な溶液に溶解させる手法です。タンパク質溶液の濃縮と同時にバッファー交換が可能であり、サンプル容量が少ない場合にはとても有効な方法です。
原理によって回収しにくい性質のタンパク質もありますので、そのような場合は別の沈殿法を検討してみるとよいです。
タンパク質の沈殿法は次項で詳しく説明します。
いろいろなタンパク質沈殿法
ここでは以下の手法についての特徴と一般的なプロトコールをご紹介いたします。
硫安沈殿(塩析)
高濃度の塩類存在下に置くことで溶解度を減少させタンパク質を沈殿させます。
塩析には硫安(硫酸アンモニウム)が最も頻繁に使用されており、硫安を使った塩析を特に硫安沈殿と呼んでいます。硫安自体の溶解度が高いこと、タンパク質の変性が少ないこと、安価であることなどが利用されている理由です。非常に簡便な手法ですが、多くの不純物質(例:核酸)は溶液中に残ります。
硫安の濃度を変えてタンパク質を分画する硫安分画も一般的に使われている分画手法です。
硫安沈殿の一般プロトコール
- タンパク質溶液の終濃度が1.0 mg/mlになるように、50 mM以上のEDTAを含むバッファー溶液で調製する。
- 硫酸アンモニウムを目的の飽和パーセント*になるまで加え、10分~1時間撹拌する。
(80%程度でほとんどのタンパク質が沈殿する。抗体精製時には50%で実施。)
- 20分間、10,000 × g で遠心する。
- 上清を除去し、ペレットと等量・等濃度の硫酸アンモニウム溶液に再懸濁して洗浄する ※この操作を2-3回くり返す。
- 次の実験で使用するバッファーを少量用いてペレットを溶解する。
- 回収溶液の塩濃度は高いため、必要に応じて脱塩・バッファー交換を行う。
脱塩・バッファー交換についてはこちら
* 設定した濃度(%飽和)に達するまでに必要な硫酸アンモニウムの量は温度によって異なります。20℃での必要量は添付PDFファイルをご参照ください。
設定した濃度(%飽和)に達するまでに必要な硫酸アンモニウム量(20℃時、PDF:124KB)
TCA沈殿
非常に強力なタンパク質沈殿剤であるTCA(トリクロロ酢酸)を用いた手法です。多くのタンパク質に有効です。
ただし、ある種のタンパク質は再溶解が困難になるため、沈殿を完全には再溶解できないことがあります。
形成された沈殿にはTCAが残存しているため、アセトンやエタノールで十分に洗浄します。低pH溶液で長時間インキュベートするとタンパク質の分解や変性を招きます。変性のリスクがあるため、活性タンパク質の精製には向いておらず、主に電気泳動サンプルの調製に用いられています。
TCA沈殿の一般プロトコール
- タンパク質抽出液に最終濃度が10~20%になるようTCAを加える。または、組織を直接10 ~20%TCA内にホモジネートする。
- 氷中で30分インキュベートする
- 5分間、12,000 × g で遠心する
- ペレットを氷冷アセトンまたはエタノールで洗いTCAを完全に除去する
アセトン沈殿
アセトンはタンパク質沈殿剤として広く使用されています。多くの可溶性不純物(例:界面活性剤、脂質)は溶液中に残ります。
有機溶媒であるため、タンパク質を不可逆的に変性させる可能性があります。氷冷アセトンを用いることでほとんどの変性を防げると言われていますが、タンパク質活性測定など立体構造が重要な用途の場合に用いられるケースは少ないです。変性が起きてもよい実験系(例:SDS-PAGE)やペプチドの沈殿に適しています。
アセトン沈殿の一般プロトコール
- あらかじめ必要量のアセトンを氷冷しておく
- タンパク質溶液の3倍量以上(終濃度 <80%)の氷冷アセトンを加える
- -20℃、2時間以上インキュベートする
- 5分間、12,000 × g で遠心する
- ペレットを乾燥させてアセトンを除去してから、次の溶液に溶解する
※乾燥させすぎると再溶解が難しくなる場合があります
TCA/アセトン沈殿
TCAとアセトンを組み合わせて使用する沈殿手法です。TCAとアセトンのいずれかを単独で使用するよりも効果的です。TCA沈殿と同様に、洗浄を十分に行ってTCAを除去する必要があります。
TCA、アセトンを利用するため、タンパク質が変性してもよい実験系で利用されており、特に二次元電気泳動のサンプル調製によく用いられています。
TCA/アセトン沈殿の一般プロトコール
- タンパク質溶液に0.07%の2-メルカプトエタノール(または20 mM DTT)を含む10%TCA-アセトンに懸濁する
- -20℃、45分以上インキュベートする
- 5分間、12,000 × g で遠心する
- ペレットを回収し、0.07%の2-メルカプトエタノール(または20 mM DTT)を含む冷却アセトンで洗う
- ペレットを乾燥してアセトンを完全に除去する
※乾燥させすぎると再溶解が難しくなる場合があります
酢酸アンモニウム含有メタノールによる沈殿(フェノール抽出前処理)
阻害物質を高濃度で含む植物サンプルに対して非常に有用な沈殿法です。
※プロトコールは以下の文献を参考にしてください。
- Hurkman, W.J., Tanaka, C.K. Solubilization of plant membrane proteins for analysis by two-dimensional gel electrophoresis. Plant Physiol. 81,802-806 (1986)
- Granier, F. Extraction of plant proteins for two-dimensional electrophoresis. Electrophoresis 9, 712-718 (1988).
- Meyer, Y., Grosset, J., Chartier, Y., Cleyet-Marel,J.C. Preparation by two-dimensional electrophoresis of proteins for antibody production: Antibodies against proteins whose synthesis is reduced by auxin in tobacco mesophyll protoplasts. Electrophoresis 9, 704-712 (1988).
- Usuda, H., Shimogawara, K. Phosphate deficiency in maize. VI. Changes in the two-dimensional electrophoretic patterns of soluble proteins from second leaf blades associated with induced senescence. Plant Cell Physiol. 36, 1149-1155 (1995).
Clean-Up Kitによる沈殿