Quality Assessment のミカタ ①では、得られた数値を採用していいか、わるいかの絶対的な基準はありませんとお伝えしました。Evaluation Softwareの1:1 bindingにおいてQuality Controlが表示する、緑、黄、赤信号のそれぞれの設定基準は多くは非公開です。そして、ka, kdの信頼性(真度と精度の許容範囲)は、研究ステージなども踏まえて測定者の皆様に設定いただきます。

Quality Assessment のミカタ ①は特にkdに着目した内容でしたので、Quality Assessment のミカタ ②ではkaについてお話します。

ka値のスペック値とは?

Figure 1で赤信号がついているKinetics constant ka is outside the limit that can be measured by the instrumentはその名の通り、得られたkaが測定したBiacore™装置のスペック値(測定限界)を超えている、ということを意味します(黄信号なら測定限界に近付いている、という意味)。

Figure 1

今回、ka値が問題になっていますが、はじめに生体分子の相互作用において結合速度が103 M-1s-1を下回るということはほとんどありません。ただし、Biacore™のシステム上において解析は可能ですので、近年のモデルであるBiacore™の1 seriesやBiacore™ の8 seriesでは、仕様上ka値の下限は設定されていません。ただし、結合速度がBiacore™のスペック値(測定限界)を上回るほど速いka値が得られた時、他のパラメーターと併せて確認するなど、慎重にデータを判断する必要があります。

ka値がスペック値を超えた時に注目すべきポイント

もちろんフィッティング解析を行う以前に、測定系の設定が適切であること、そして、非特異結合が生じていないかなどの確認は必要です(既出記事「天敵「ノンスぺ」の見つけ方・退治法」をご確認ください)。

結合速度がBiacore™ のka値の測定限界を上回るほど速い場合、併せてご確認いただきたいのが強いマストランスポートリミテーション(MTL)の影響を受けていないかどうかです。MTLとは、アナライトの供給速度が消費速度に追い付かず、得られたセンサーグラム形状から正確なカイネティクスを計算しづらくなる状況といえます。特に結合速度の速いサンプルでは、MTLの影響を受けやすいので気を付けてください。

Figure 2のようにMTLの状況下のセンサーグラム(黒)では、結合相を見ると直線的な上昇を示します。Quality Controlの4つめに "Check that sensorgrams have sufficient curvature"という目視による確認項目がありますが、この項目の目的の1つが強いMTLの影響を受けているかを確認することにあります。もし、Rmaxに近いレスポンスまで到達する際に直線的な上昇を示した場合、MTLが強い環境である可能性が高いです。また、MTLの影響が大きい時、Quality Controlの2つ目であるKinetics constants appear to be uniquely determinedの項目が、黄色信号、または、赤信号になります。

Figure 2

そのほか、U-valueの値に着目します。このU-valueはBiacoreのガイダンス上 ≦15 問題なし、≧25 算出された値の信頼性は低いとされていますので、基本的にはこれが判断基準の一つとなります。

今回、もう少し簡単にこの数値の概念をご紹介したいと思います。Figure 2のとおり、MTLの影響が強い場合、センサーグラムの形状は大きく変わり、そのために真値と異なる値を算出してしまう、というご理解をされている方もいらっしゃるかもしれません。ですが正確には、真値通りの値をたまたま算出するかもしれませんが、算出しうる値の範囲が大きすぎて、一つに数値が決まらない、という状態ということになります。そのような状態になる原因の一つにMTLの影響が大きいとき、ということがあります。

このことは、Kinetics constants appear to be uniquely determined の信号の色とも(少なくとも一部)関連しますので、U-valueの値とあわせて総合的に判断する場合に注目する指標になります。

:U-valueの定義の詳細や意味付けはまた次号でご紹介いたします。

なお、MTLを軽減する実験的条件変更の余地がある場合は、以下の再測定を検討します。

  • 十分なS/Nを維持する範囲において、可能な限りリガンドの固定化量を下げること。
  • アナライト添加時の流速を上げること(30 μl/min.以上)。

そのほか、アナライトの添加時間を延ばすことで、高濃度において結合相が平衡に向かって丸み帯びている様子が見えてくると、測定条件の信頼性が向上します。

MTLについてもっと詳しく知りたい方は、既出記事「マストランスポートリミテーションを式から理解する」をご覧ください。

ka値がスペック値を超えたデータの採用

Figure 1のQuality Controlでは、2つ目の項目Kinetics constants appear to be uniquely determinedが緑信号です。そして、フィッティングも良好で、U-Valueも適切な閾値内だったとします。

そのデータに信頼性があるかという事柄を、“真度”と“精度”に分けて考えてみます。Biacore™で求めるkakdKD値は、標品が存在するような測定ではないので、“真度”を正確に評価するのは本来難しいです。ですが、そこをサポートするのがEvaluation SoftwareのQuality Controlにおける緑信号、黄信号、赤信号です。

設定基準の多くは非公開ですが、その基準がそれだけでデータの“真度”を直接反映するものではなく、赤信号または黄色信号の解析結果は全て不採用とすべきという、絶対的な判断をするための基準にはなり得ません。それ以外のパラメーターや、場合によっては追加実験の結果も見て、測定者が総合的に判断する必要があります。

それでは、データの信頼性(真度+精度)をどう見積もるか。

まず“精度”の評価については、シンプルに考えて測定n数を稼いで、再現性(kakdなどの標準偏差等)を評価するということになります。これはBiacore™の測定に限ったことではありません。

しかし、これだけだと、例えば取得データ(センサーグラム)に10%の非特異的結合が含まれる測定が再現性高く起こる場合、”真度”は低くなってしまいます。そこで、測定条件(リガンドの固定化量、アナライト添加時間や流速など)を変更し、いくつかの測定を実施します。もし、前述の様に非特異的結合が10%含まれる場合、これらの条件を変えるとkakd値は変わってくることが考えられます。これが大きく変わっていないというのであれば、その変化量の範囲で一定の“真度”も担保している、と考えてよいと思います。さらにセンサーグラム形状は非特異的結合があるような形状ではなく、きれいにフィッティングしている(Residualが小さいなど)ことも、“真度”の一定の高さを評価する材料です。

一般的にBiacore™の測定条件はこれらの条件を広く振るというアプローチをしないことも多いのですが、このようなスペック限界に近付いた時には試みてみるとより確からしい数値を求める一助になり得ます。

最後に、繰り返しになりますが、そのほかのQuality Controlの色やそれ以外の数値、センサーグラム形状も見ながら総合的に判断するということは前提として重要になってきます。