限外ろ過膜を用いた溶媒置換について
ろ過技術は、図1で示すように、クロマトグラフィーによる生体分子の精製前の微粒子除去(精密ろ過膜によるサンプル清澄化)、精製前および精製後のサンプルの濃縮、脱塩およびバッファー交換の用途(限外ろ過膜による濃縮とダイアフィルトレーション)によく使用されます。
図 1:クロマトグラフィーによる生体分子の精製に関わるろ過装置
脱塩またはバッファー交換といった溶媒置換用途のろ過技術であるダイアフィルトレーションは、タンパク質、ペプチド、核酸、その他の生体分子を含む溶液から塩や溶媒を完全に除去、置換、または濃度を下げるために、限外ろ過膜を使用することで達成できる、ろ過技術です。
限外ろ過膜は、膜の孔よりも大きい分子を保持し、塩、溶媒、水などの小さな分子は自由に膜を通過(透過)します。
ダイアフィルトレーションは希釈プロセスと濃縮プロセスを併せて実行される溶媒置換方法です。希釈液を加え、濃縮操作を行い、その工程を繰り返すことにより、最終的に置換したい溶媒を透過液としてすべて除去します。希釈液が水ではなく別の緩衝液である場合、新しい緩衝液の塩がサンプル中の初期の塩と置換されます。
本記事では限外ろ過膜を用いた溶媒置換方法であるダイアフィルトレーションプロセスをわかりやすく理解するために、遠心濃縮器のようなろ過装置で表記していますが、その原理はカセットや中空糸のようなタンジェンシャルフロー(TFF)ろ過装置にも適用され、その場合濃縮液は環流液として再循環されています。
図 2 は限外ろ過膜による濃縮の例を示しています。サンプルは、大きな分子を保持する適切な分子量カットオフ(MWCO)の限外ろ過膜を含む装置に加えています。圧力が加えられ、体積の半分が膜を通過するまで続けられます。大きな分子は元の体積の半分(濃縮液)に保持され、そこには塩分子の半分も含まれます。透過液には、残りの半分の塩分子が含まれていますが、大きな分子は含まれていません。したがって、大きな分子は液体と塩が除去されることで濃縮されます。環流液中の塩分子と体積の比率は一定のままであるため、濃縮溶液のイオン強度は比較的一定のままです。
図 2:限外ろ過膜によるサンプルの2倍濃縮の例
限外ろ過膜を用いたTFFによる溶媒置換(ダイアフィルトレーション)の利点
塩の除去や緩衝液交換に使用される従来の技術、例えば膜透析やカラムベースのゲルろ過は効果的ですが、制限があります。膜透析は数日かかることがあり、平衡化のために大量の希釈液を必要とし、透析バックの手動操作による製品の損失のリスクがあります。ゲルろ過はサンプルの希釈を引き起こし、しばしば濃縮するために追加の限外ろ過ステップが必要です。プロセスにステップを追加することは、サンプルの損失や汚染の可能性を高めるリスクがあります。
一方で、限外ろ過膜を用いたTFFによる溶媒置換は塩や溶媒の除去および緩衝液交換が迅速に処理でき、また使用するバッファー量は少なく済みます(表 1)。
表 1:100 mLのサンプルの溶媒置換および濃縮操作での比較
操作の手間 | 試験時間 | 必要なバッファー量 | |
---|---|---|---|
TFF | ダイアフィルトレーションが完了次第、そのまま濃縮できる。 | 半日操作 | 10 DVだと50 mL×10 = 500 mL必要。 |
透析バック&遠心ろ過デバイス | 透析バックによる透析は放置できるが、別途、遠心デバイスでの濃縮工程が必要。 | 日単位の時間 | 透析液を100倍容量の場合、計10 L分が必要。 |
DV=Diafiltration volume
またその溶媒置換したサンプルを濃縮したい場合は、TFFであればそのまま濃縮操作を行うことが可能です(図 3)。
図 3:100 mLサンプルの溶媒置換および10倍濃縮の工程の比較
限外ろ過膜による溶媒置換方法であるダイアフィルトレーションの種類
ダイアフィルトレーションを行う方法はいくつかあります。最終結果は同じかもしれませんが、プロセスを完了するために必要な時間と体積は大幅に異なる場合があります。使用される方法の違いを理解し、どちらを選択するかを判断することが重要です。
1. 連続的ダイアフィルトレーション
TFFで実施できる、連続的ダイアフィルトレーション(一定体積ダイアフィルトレーションとも呼ばれる)技術は、濃縮液中の元の緩衝塩(または他の低分子量成分)を、水または新しい緩衝液を濃縮液に加えつづける方法です。そのとき透過液が生成されるのと同じ速度で濃縮液に希釈液を加えます。その結果、ダイアフィルトレーションプロセス中に濃縮液の体積と膜を通過しない大きな分子の濃度は変わりません。水を使用してダイアフィルトレーションを行う場合、塩が洗い流され、導電率が低下します。緩衝液を使用する場合、新しい緩衝塩の濃度は除去される成分の濃度に反比例して増加します。除去される塩の量は、生成される透過液の体積と環流液の体積に関連しています。
生成される透過液の体積は通常、「ダイアフィルトレーション体積(DV)」で表されます。1DVは、ダイアフィルトレーションを開始したときの濃縮液の体積です。連続的ダイアフィルトレーションでは、透過液が生成されるのと同じ速度で液体が加えられますので、透過液の体積が開始時の濃縮液の体積に等しくなると1 DVが処理されたことになります。
連続的ダイアフィルトレーションを使用すると、選択した緩衝液で6DVを処理することで、100%透過性の溶質の99.5%以上を除去できます。
塩や溶媒よりも大きいが、膜の孔よりも小さい分子も除去することができます。ただし、これらの分子の透過性が100%未満の場合、100%透過性の分子と比較して、部分的に透過性の分子を完全に除去するには、より多くの液体、つまりより多くのDVが必要です。通常、分子が大きいほど透過性が低くなり、必要な希釈液の体積が増加します。
特定の膜を通過する分子の透過性は、指定された条件下で濃縮液中の濃度と比較して、ろ液中の濃度を測定することで決定できます。 透過性はしばしば膜の「阻止係数」として説明されます。
透過性(%)= (ろ液の濃度 / 濃縮液の濃度) x 100
阻止係数 = 1 - (ろ液の濃度 / 濃縮液の濃度)
阻止係数が1の場合、透過性は0%
阻止係数が0の場合、透過性は100%
透過性は、膜間圧力(TMP)、クロスフロー流量、液濃度、pH、イオン強度、ゲル層形成(濃度分極)などの要因によって影響を受けるため、TFFプロセス中に透過性が変化する可能性があります。表 2は、連続的ダイアフィルトレーションによる膜を通過する透過性と透過性成分の除去に必要なDVの関係を示しています。前述のように、部分的に保持される分子を除去するには、より多くの希釈液が必要です。膜に対して100%透過性の成分の場合は7DV ですが、25%透過性の分子を99.9%除去するには9DVが必要です。
表 2:連続的ダイアフィルトレーションの脱塩効果
Diafiltration Volumes |
Permeability 100% Rejection Coefficient = 0 |
Permeability 75% Rejection Coefficient = 0.25 |
---|---|---|
1 | 63% | 53% |
2 | 86% | 77% |
3 | 95% | 89% |
4 | 98.2% | 95% |
5 | 99.3% | 97.6% |
6 | 99.7% | 98.9% |
7 | 99.9% | 99.4% |
8 | 99.7% | |
9 | 99.9% |
0% - Salts, solvents, buffers, etc.
25% - Molecules lower in MW than MWCO of membrane but bigger than salts
2. 段階希釈法による断続的ダイアフィルトレーション
段階希釈法による断続的ダイアフィルトレーションは、まずサンプルを希釈液で所定の体積まで希釈することから始まります。1DVで希釈されたサンプルは限外ろ過によって元の体積にまで濃縮されます。このプロセスは、不要な塩、溶媒、または小さな分子が除去されるまで繰り返されます(図 4)。サンプルを希釈すると通常、粘度が低下し、ろ液の透過流量(透過液のろ過速度)が増加する可能性があります。
図 4:段階希釈法による断続的ダイアフィルトレーションのプロセス
3. 減容法による断続的ダイアフィルトレーション
減容法による断続的ダイアフィルトレーションは、この段階希釈の手順を逆に行います。サンプルはまず所定の体積に濃縮され、その後、希釈液で元の体積に希釈されます。これを不要な塩、溶媒、または小さな分子が除去されるまで繰り返します(図 5)。
図 5:減容法による断続的ダイアフィルトレーション
段階希釈法または減容法による断続的ダイアフィルトレーション後の最終精製液は、ダイアフィルトレーション開始時と同じ体積と濃度になります。塩濃度は両方の例で同様に低減されています。しかし、減容法による断続的ダイアフィルトレーションで使用された希釈液の量は、段階希釈で使用される量の半分でした。これは、初期の濃縮ステップで体積が半分に減少したためです。このことから、減容法によってダイアフィルトレーション前に濃縮することで必要な希釈液量を減らせます。しかしながら、考慮していない要因はろ液のフラックス(プロセス時間に相当)です。製品が濃縮されると粘度が増加し、透過側流量が低下します。
連続ダイアフィルトレーションと断続的ダイアフィルトレーションのどちらを使用すべきか?
プロセスでどのダイアフィルトレーションを実行するかを決定する際には、以下の要素を考慮してください。
- 初期サンプルの体積、濃度、粘度
- 必要な最終サンプル濃度
- 各濃度でのサンプルの安定性
- ダイアフィルトレーションに必要な希釈液の量
- 総処理時間
- 利用可能なサンプルリザーバーのサイズ
どの方法を使用するかの選択は、いくつかの基準に基づいて行う必要があります。
限外ろ過膜を搭載した遠心ろ過器では断続的ダイアフィルトレーションが適用されてます。TFFで実施できる連続ダイアフィルトレーションには、一定の速度でダイアフィルトレーション溶液を追加するためのポンプや装置が必要となりますが、プロセスアプリケーションのために自動化することができます。
ダイアフィルトレーションは場合により、その目的分子溶液の濃縮プロセスにより、サンプルの目的分子の変性や凝集、さらには沈殿や損失を引き起こす分子間相互作用に影響を与える可能性があります。そのような影響を除外するためダイアフィルトレーションのプロセスで濃縮から希釈をどこで実行するのが最適かを判断するために、濃縮が目的分子に与える影響を評価する必要があります。
連続ダイアフィルトレーションは、環流液の濃度が一定に保たれるという点で、断続的ダイアフィルトレーションに対して利点があります。これは、目的分子の安定性に対してより穏やかなプロセスと見なされることがよくあります。
ダイアフィルトレーションではサンプルを最初に濃縮することで、必要な希釈溶液の量を大幅に減らせます。また、連続ダイアフィルトレーションは、減容法による断続的ダイアフィルトレーションよりも少ない希釈液で脱塩が済むことが確認されています。したがって、サンプルを最初に必要な最終濃度まで濃縮し、その後連続ダイアフィルトレーションを実行すれば、許容できる結果が得られるはずです。
表 3:連続ダイアフィルトレーションと減容法による断続的ダイアフィルトレーションによる脱塩効果
Diafiltration Volumes |
2X Volume Reducation | Continuous Diafiltration (Constant Volume) |
||
---|---|---|---|---|
100% Permeable 0% Retention* |
75% Permeable 25% Retention* |
100% Permeable 0% Retention* |
75% Permeable 25% Retention* |
|
1 | 50% | 41% | 63% | 53% |
2 | 75% | 65% | 86% | 77% |
3 | 88% | 79% | 95% | 89% |
4 | 94% | 88% | 98.2% | 95% |
5 | 96.9% | 93% | 99.3% | 97.6% |
6 | 98.4% | 95.6% | 99.7% | 98.9% |
7 | 99.2% | 97.4% | 99.9% | 99.4% |
8 | 99.6% | 98.4% | 99.7% | |
9 | 99.8% | 99.0% | 99.9% | |
10 | 99.9% | 99.4% |
* Reteintion of smaller molecules
0% - Salts, solvents, buffers, etc.
25% - Molecules lower in MW than MWCO of membrane but bigger than salts
しかし、ある濃度以上になると、透過側流量が非常に遅くなる可能性があります。実際には最初にサンプルを希釈してダイアフィルトレーションするよりも、初めに濃縮されたサンプルをダイアフィルトレーションした方が処理時間が長い場合があります。 そのような状況では、希釈されたサンプルの連続ダイアフィルトレーションを選択してください。より多くのDVが必要ですが総処理時間は短くなります。(プロセス時間 = ろ液流量× 体積)
さいごに
限外ろ過膜による溶媒置換方法であるダイアフィルトレーションは、溶液の脱塩や緩衝液交換のための迅速かつ効果的な技術です。TFF装置で実施できる連続的ダイアフィルトレーションは、断続的ダイアフィルトレーションと比べて、同程度の溶媒置換率を達成するために必要な希釈液が少ない体積で済み、また連続的ダイアフィルトレーションは、環流液の濃度が一定に保たれるという点で、目的分子の安定性に対してより穏やかなプロセスになります。
撹拌セルや遠心装置は、その操作モードのために断続的ダイアフィルトレーションのみ適用できますが、TFF装置は、どちらのダイアフィルトレーション技術にも適用できるという利点があります。
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