Quality Assessment のミカタ ①(kd編)②(ka編)を通して、得られた数値を採用していいか、わるいかの絶対的な基準はありませんとお伝えしました。Evaluation Softwareの1:1 bindingにおいてQuality Controlが表示する、緑、黄、赤信号のそれぞれの設定基準は多くは非公開です。そして、kakdの信頼性(真度と精度の許容範囲)は、研究ステージなども踏まえて測定者の皆様に設定いただきます。

今回は“Kinetics Constants appear to be uniquely determined.”が、緑信号にならなかった場合についてのお話です。

uniquely determined?

Figure 1の通り、Quality Controlの2番目は“Kinetics Constants appear to be uniquely determined.”です。
「速度定数がユニークに(独立した値として)決定されているようです」と訳せますが、少し意味が分かりにくいかもしれません。

はじめにこのメッセージを簡単に解説します。結合速度定数であるkakdは相関することのない、独立した数値であるべきです。繰り返し測定を行った場合、その誤差において、kaが高くなるとkdが低くなるといった相関関係にはならないはずです。これが「速度定数がユニークに決定されている」望ましい状況です。

ところが、アッセイ系の構築が適切でない場合、結合速度定数の間に相関関係が生じることがあります。Quality Controlの2番目はこの点に着目しています。

Figure 1

速度定数がユニークに決定されない時

Quality Controlの2番目が、黄信号、赤信号になった時、どのように対処すべきか。その指針がメッセージの中に表示されることがあります(Figure 2)。

Figure 2 (B)では、“Try to extend the dissociation time.”と表示されています。センサーグラムを見てもほとんど解離していない時、Dissociation timeを延長する(長くても90分程度以内まで)ことで解離していく様子がよりはっきりすると、結果の信頼性が向上すると考えられます。

Figure 2 (C)では、“Try to immobilize less ligand or Increase analyte concentration”と表示されています。

はじめに、後半の“Increase analyte concentration”に関して、Biacore™ の測定では、理論的Rmaxを算出することで、理論上の最大レスポンスを確認することができます(詳細は既出記事Rmaxのトリセツをご覧ください)。リガンド分子の活性に問題がないにもかかわらず、アナライト最高濃度におけるレスポンスが理論的Rmaxを大きく下回る場合、設定したアナライト濃度レンジが低濃度側に偏っているかもしれません。アナライト濃度レンジは、添加したアナライトによる結合のセンサーグラムがRmax付近からギリギリレスポンスが見えるくらいまで(3桁程度の濃度レンジ)幅広く設定いただくことが望ましいです。

続いて、“Try to immobilize less ligand”に関してです。Quality Assessmentのミカタ ②(ka編)において、結合速度がBiacore™ のka値の測定限界を上回るほど速い場合、併せてご確認いただきたいのが強いマストランスポートリミテーション(MTL)の影響を受けていないかどうかであり、また、U-valueの値にも着目することをお勧めしました。

MTLの影響を強く受けている状況とは、アナライトの供給速度が消費速度に追い付かず、得られたセンサーグラム形状から正確なカイネティクスを計算しづらくなる状況と言えます。こちらへの対策の一つが、十分なS/Nを維持する範囲において、可能な限りリガンドの固定化量を下げること、すなわち“Try to immobilize less ligand”となります。

併せてU-valueに着目します。このパラメータはBiacoreのガイダンス上 ≦ 15問題なし、≧ 25算出された値の信頼性は低いとされていますので、基本的にはこれが判断基準の一つとなります。では、U-valueとはなんでしょうか?

Figure 2(A)

Figure 2(B)

Figure 2(C)

U-valueとは?

U-ValueのUはUniquenessで、測定条件がMTLの影響を強く受けている状況でないかを評価するために設定されたパラメータです。1:1 bindingを用いてフィッティング解析を行う場合、kakd、Rmax、RI、tcといったパラメータが算出されます。個々の値はユニークであるべきですが、アッセイ系が適切でないなどの状況によっては、2つ以上のパラメータが組み合わさって連動することで決定されてしまう場合があります。この時、それらのパラメータは相関していることになります。U-Valueの計算で使用するパラメータはkakd、Rmaxです。この3者をペアで評価した際に、それぞれが相関していないか、ユニークな値であるかを評価します。

例えば、MTLの影響が大きい状況においても、KD 値は比較的確からしい数値が計算されることが少なからずあります。一方でKDkd / kaの比で定義されるとおり、KD が確からしい値を出したとしても、kakdは無数の組み合わせがあり、算出しうる値の範囲が広すぎて、一つに数値が決まらない、という状態になることがあります。

このようにKD としては確からしくても、kakdの誤差が大きくなっていないかについて、kakdの解が相関していないかを指標に評価します。

U-Valueは数値が小さいほど望ましく(最小値は1)、Biacore™ マニュアル上の基準では25以上であると各パラメータの信頼性が低いとされます。U-Valueが25であるとは、フィッティング時の残差(Figure3)の総和から、0.5%とわずかに増やした時 、つまりこれをセンサーグラム形状の実験上の誤差と考えたとすると、kakdなどのパラメータが25%以上と大きく変動してしまうという状況で、パラメータ決定の精度が低いと考えられます。

Figure 3上段:センサーグラム(橙)とフィッティングカーブ(黒)。拡大図における矢印間が残差(ズレ)。下段:Residuals(残差プロット)。

U-Valueは、下記の式で求めます。2つのパラメータであるP1とP2(kakd、Rmaxのいずれか)を同時に残差の総和が0.5%増えるようにシフトさせた場合、Uの値が大きいほど各パラメータがユニークでなく決定精度が低いことになります。また、U-Valueの計算は、kakd、Rmaxそれぞれのペアで実行するため本来は3つ数値が求まりますが、Biacore™ のEvaluation Software上では最大値が表示されています。

詳細は下記論文をご参照ください。

まとめ

“Kinetics Constants appear to be uniquely determined.”が黄色信号や赤信号になったときは以下の2つが原因です。

  • 解離速度が遅すぎる場合
  • MTLの影響が強すぎる場合
  • は、解離速度が遅い場合わずかのセンサーグラムの傾きの差で解離速度定数が変わってしまうため、実験誤差内で一つのkd に決定しづらくなります(既出記事 この相互作用に気をつけろ!も参照してください)。したがって解離時間を延ばすという対策が有効になります。
  • は、結合相において、拡散律速でアナライトがリガンドに結合する状況に近くなります。つまりその相互作用が持つ固有のka がいくつであろうと、同じような結合カーブを描くようになるため一つのkaに決定しづらくなります。したがって固定化量を下げるという対策が有効になります。

得られたデータを採用すべきか判断する場合、各種Quality Controlの信号だけでなく、それ以外の数値、そして、センサーグラム形状も見ながら総合的に判断することが重要となります。