DIGE 道場 第8回
ロボットを使ったスポットの回収
第8回 もくじ
- はじめに
- スポットの回収になぜロボットは有用か (本ページ)
- ロボットを使ったスポット回収の実際(1) ガラス板のコーティング処理
- ロボットを使ったスポット回収の実際(2) ゲルの作製
- ロボットを使ったスポット回収の実際(3) 電気泳動からピックリストの作成まで
- ロボットを使ったスポット回収の実際(4) 分取ロボットによるスポット回収
- 最後に
Dr. 近藤のコラム
コラム第8回 「二次元電気泳動の標準化」
2. スポットの回収になぜロボットは有用か
マニュアル回収操作の限界とリスク
ミニマルダイ(Minimal Labelling Dyes)の場合はタンパク質スポットの位置がラベルしない場合と変わらないので、分取用ゲルをSYPRO™ Ruby、銀、クマシーで染色し、目視の下にマニュアルでスポットを回収することができる。実際に筆者も2D-DIGE法を始めてからも何十個かのスポットをこの方法で回収してタンパク質同定を行った。
しかし、2D-DIGE法が軌道に乗ると二次元電気泳動法は劇的にハイスループットになった。質量分析によってタンパク質同定も以前とは比較にならないほど速くできるようになった。結果的に、スポットをマニュアルで回収するというステップがタンパク質同定の律速段階になってしまった。2D-DIGE法だからマニュアル回収がいけない、というのではなく、2D-DIGE法があまりによいため、マニュアルでスポットを回収することの欠点がめだち始めたのである。
また、SYPRO™ Rubyでゲルを染色し、UVを下から照射してスポットを回収するのは危険が伴う。しっかり遮光しているつもりでもラボコートの袖と手袋のすき間からUVを浴びてしまい、回収を長時間かけて行ったためかなりひどい火傷を負ったことがある。8年近く前になるが今でも火傷のあとが消えない。
次に、スポットの密集度と個数の問題がある。マニュアルでスポットを切り取る場合、密集するスポットを毎回正確に回収するのはかなりたいへんである。回収したいスポットが100個も200個もあったときに、分取ゲル上のどのスポットが解析ゲルで言うところの何番のスポットに対応するのか、確認する作業も手間がかかる。手元にスポット番号をうった二次元の図をおいて対応を図るのだが、それはそれで分取ゲルと解析ゲルのマッチングをリアルタイムに頭の中で行うことになり、かなり難易度が高い。毎回同じように頭の中で正しくマッチングができているのか、記録することができないことが問題である。一人で実験をしているのならまだしも、複数の研究者が実験を行う場合、詳細なデータを共有することができない。マニュアルでスポットを回収すると回収後のゲルはたいていぼろぼろになり、どこからスポットを回収したのかわからなくなってしまうからである。
もっと問題なのがケラチンのコンタミである。質量分析を使ったタンパク質同定では、ちょっと油断するとすぐにケラチンを検出してしまう。ケラチン自体は生体に必須の重要なタンパク質なので、同定されたからと言ってかならずしも実験結果が間違っているとは言えない。しかし、ある日の実験でケラチンばかり集中的に同定されたり、ケラチンが検出されたりされなかったりすると、実験過程でのコンタミと判断せざるを得ない。むき出しのゲルの上に覆いかぶさるようにしてスポットを長時間かけて回収していれば、ケラチンがコンタミする可能性は高くなって当然だろう。
2D-DIGEをがんがん使うようになり、理屈のうえではロボットの必要性はわかっていたものの、正直言うと実際に使用するまではその効果に半信半疑だった。大学院時代から何年もマニュアルでスポットを回収していたので、手法に慣れてもいたしそれなりに工夫もしていたからである。
ロボットを使い始めてみて
しかし、使い初めてみると正に目から鱗がぼろぼろとこぼれ落ちるような感じだった。最初に使用したのはアマシャム ファルマシア バイオテク社(現Cytiva社)のEttan™ Spot Pickerだが、使ってみるともう元には戻れないという印象だった。
何といっても楽である。今まで何時間もかけて孤独に一個ずつ手で行っていた作業を、ロボットは黙々とこなしてくれる。ロボットがスポットを回収するのを見るたびに、筆者は昔を思い出して今でも胸を震わせている。回収が終わった後のゲルをレーザースキャナーにかけてみると、言うまでもなく見事に狙ったところが打ち抜かれている。Ettan™ Spot Pickerを使う場合、ガラス板に固着させたゲルを使用するため、スポット回収時にゲルが動くことは絶対にない。そのために正確にスポットを回収することができる。
また、解析ゲル、回収前後の分取ゲルをスポットの表と共にモニター上で並べることができるのは、ロボット導入前を知る者にとっては素晴らしいことである。前述のように、マニュアルでスポットをたくさん回収すると回収後のゲルはぐちゃぐちゃになってしまい、どこを回収したのかわからなくなってしまうのが普通だった。Ettan™ Spot Pickerを使うとスポット回収後のゲルはきれいな状態で保たれているので、そのままレーザースキャナーにかけてもう一度スポットを観察することができる。Ettan™ Spot Pickerはスポットを96穴のプレートに回収する。1プレートに数個ほど回収できていないことも実はあるのだが、全体からみれば無視できるほどのエラーである。
そして、Ettan™ Spot Pickerはまず壊れない。プロテオーム解析に関係する機械はかなり使ったのだが、壊れる機械はほんとうによく壊れる。ある機械は壊れて修理している時間の方が、稼働している時間より長かったりしたこともある。メーカーの技術の方は真摯に対応してくれるのだが、元が悪いとどうしようもないようである。しかしEttan™ Spot Pickerはかなり酷使したにもかかわらず、ほとんど故障らしい故障をすることなく、何年も働いてくれた。その原因の一つには回収の原理、機械の構造が単純であることがあげられるだろう。他の会社のロボットも資料を集めたり説明を聞いたり実物を見に行ったりしたのだが、Ettan™ Spot Pickerが一番いいという結論だった。仮にもっといい機械がどこかにあったとしてもこれで十分である。Cytivaのページだから「よいしょ」しているわけでは決してなく、これから購入される方にはまずおすすめできる機械である。
しかしながら、筆者のラボではEttan™ Spot Pickerは今年限りで引退である。Ettan™ Spot Pickerはたいへんいい機械なのだが、対応するゲルサイズがA4サイズまでであることが問題である。4年ほど前からA3サイズのゲルを使用するようになり、合わせて特注の大型ロボットをアズワン社から購入すると、Ettan™ Spot Pickerの出番はほとんどなくなった。Ettan™ Spot Pickerはギルソンの分注器がベースにあるので、ちょっと改造すると他のことにも使えそうである。これからは第二の人生を歩ませてやりたいと思っている。
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