DIGE 道場 第2回
こんなにすばらしい!2D-DIGE法
第2回 もくじ
- 二次元電気泳動に対する誤解と2D-DIGE
- 2D-DIGEの魅力
- 2D-DIGEが可能にした「レーザーマイクロダイセクションからのプロテオーム解析」
- 最後に
Dr. 近藤のコラム
コラム第2回 DIGEなおサイフの話 - 2D-DIGEは本当に高い?
2-3 網羅性の向上
●定量性と再現性が保たれて、はじめて網羅性を追求する
どれだけ網羅的にタンパク質を観察できるかということは、タンパク質発現差異解析においては「かなり大事な」ポイントである。「もっとも大事な」と書かず「かなり大事な」と書いたのには理由がある。網羅的にタンパク質の存在を知るだけでは不十分な研究があるからである。
たとえば、がん研究では「あるサンプルで1回の測定で検出されたタンパク質のリスト」はあまり役に立たない。何かと何かを比較してどのタンパク質に違いがあるかというデータにこそ有用性がある。タンパク質の存在が検出できてもサンプル間での相対的な量の比較ができなかったり、測定ごとにタンパク質のリストの内容が変わってきたりするようでは役に立たない。つまり、大切なのは定量性と再現性である。「『定量性と再現性を保ったままで』どれだけ網羅的にタンパク質を観察できるか」ということが重要である。質量分析を用いたショットガン解析ではやたら長いタンパク質のリストが発表されていたりするが、いくら網羅的と言ってもがん研究における有用性はかなり疑問である。
2D-DIGE法の場合、定量性と再現性に関しては上述のように内部標準をとりタンパク質スポットを蛍光シグナルとして測定することで解決を図っている。よって、2D-DIGE法の網羅性を高める、すなわち観察できるスポット数を増やすことで、より質の高いタンパク質発現差異解析を行うことができるのである。
●感度の増加 ≠ 網羅性(検出スポット数)の増加
二次元電気泳動法では、観察できるタンパク質スポットの数は一般にゲルの面積に依存する。大きなゲルであればそれだけタンパク質スポットがよく分離され、結果的にスポット数は増加する。ある領域にタンパク質スポットが密集している場合には、検出感度を上げることでスポット同士が重なってしまい、結果として観察できるタンパク質スポットが減ってしまう場合がある。
このことは、銀染色、アイソトープ標識、2D-DIGE法など、いずれの実験でも共通であり、ダイナミックレンジの問題ではない。つまり、スポットがあまりに密集するようなゲル(pHレンジ、アクリルアミド濃度、大きさなど)を選択してしまうと、解像度と個々のスポットの面積の関係で観察できるタンパク質の数に制限がかかるということである。
●網羅性を高めるために その1 大きなゲルでの泳動
この問題を解決する方法は二つある。一つは大きなゲルを泳動することである。2D-DIGE法では、大きなゲルで二次元電気泳動法を行うことはそれほど困難ではない。大型の二次元電気泳動装置で電気泳動を行うことは、二次元電気泳動法を行うのが初めてに近い方にはハードル高く感じるかもしれない。しかし実際はたいして難しいことではない。5×5 cmのゲルが泳動できる人なら10×10 cmのゲルも泳動できることは想像に難くない。同様に10×10 cmのゲルが泳動できる人なら20×20 cmのゲルそして30×30 cmのゲルも泳動可能である。
図3 グラジエントゲル作製装置
グラジエントミキサーはCytiva製でゲルボックスはバイオクラフト社製。グラジエントゲルの作製はいたって簡単であり、溶液の調製を間違えない限りほとんど失敗しない。
「そんな大きなゲルは売っていないし作れない」という方がおられるかもしれないがNo problem。大きなゲルは誰にでも作れる。プロトコールさえきちんとしていれば何も難しいことはない(図3)*1。普段のSDS-PAGE用のゲルを作製するのと同様、簡単に言ってしまえばガラス板でゲル版を組み立ててゲル溶液を注ぎ込むだけである(注5)。泳動装置の構造は実にシンプルで、ゲル板のサイズを指定すればバイオクラフト株式会社や日本エイドー株式会社が細かいところまで気を入れて作製してくれる。
そして2D-DIGE法では染色操作がいっさい要らない。泳動後のゲルは低蛍光ガラス板に挟んだままの状態で蛍光スキャナーに載せる。ゲルが破れたりする心配を一切することなく画像を取得できる。大きなゲルを泳動するというところまでは昔からできていた。その後の染色が大変だったので大型の二次元電気泳動法のハードルが高かった。しかし、標識したタンパク質を泳動する2D-DIGE法では、染色の工程が省略できるようになっているというところがポイントである。
筆者が国立がんセンターで実験を始めた当初は、Ettan™ Dalt twelve(ゲルサイズ:260×200×1 mm)をしばらく使っていた。その前は日本エイドー株式会社の泳動装置(NA-1213、これはほんとうにいい装置です)を使って長さ11 cmのIPGゲルで二次元電気泳動法を行っていた。
Ettan™ Daltに変えてみて、解像度の向上に驚いたことを記憶している。Ettan™ Daltを使い始めたころのスキャナーはMasterImager(Cytiva、販売終了製品)という製品で、これはスキャンできるガラス板のサイズの上限がほぼEttan™ Daltと同じだった。その後、MasterImagerの性能に不満を抱くようになり、蛍光スキャナーをTyphoon Trio™(Cytiva)に切り替えた。Typhoon™シリーズのレーザースキャナーはEttan™ Daltのゲルを2枚同時にスキャンできるスキャン面積(350×420 mm)をもっている。
そこで単純に考えたのが「Ettan™ Daltの2倍の面積のゲルを泳動できるのではないか」ということだった。一次元目の等電点電気泳動法の泳動距離を延ばすことは簡単ではない(注6)。
図4 二次元目の泳動装置(バイオクラフト社製)
1台で2枚のSDS-PAGEゲルを冷却しながら泳動することが可能である。6台1セットで12枚を同時に泳動するというやり方で使う。泳動中は暗箱をかぶせ、遮光することで蛍光色素が退色しないようにする。
一方、二次元目のSDS-PAGEなら大きなゲルを泳動することはそれほど難しいことではない。筆者の場合、RLGS (Restriction Landmark Genomic Scanning)法でDNAの二次元電気泳動法を行った経験があるので特に抵抗はなかった。DNA配列決定用のシークエンスゲルを泳動したことのある方も同様だろう。大きなゲルが泳動できることはわかっていたので、大きなゲルでもEttan™ Daltなみにスループットよく泳動できる泳動装置を開発しよう、ということになった。ここでは、バイオクラフト社のご協力によりかなりの試作品を試した。
2年近く苦労したが、結局最後にたどり着いたのが昔からある冷却パイプ付きの2連の泳動装置を大きくしたもので、これを6台を1セットで泳動するというシステムである(図4)。*1
一次元目には24 cmのIPGゲルを使用し、二次元目は36 cmの泳動距離でSDS-PAGEを行うという実験系でこの2年半を過ごした。
この泳動装置で得られた画像をみると、もう二度とEttan™ Daltを用いた実験には戻れないというのが感想である。ゲル面積を2倍としたことで、スポット数は約2倍となった。Ettan™ Daltの場合、DeCyder™ 2D Softwareで認識させることができるのが約2,000スポットだとすると、内部標準のサンプルのCy3画像で再現性よく観察できるのはだいたい1,700個くらいである。これがゲルを大きくすると、DeCyder™ 2D Softwareで5,000個ほど観察させて再現性がよいのが3,700-3,800個となる。画像解析ソフトをProgenesis SameSpotsに変えてもこの数はほぼ同じである。
この数はタンパク質の総数に比べれば少ないのだが、従来の二次元電気泳動法の限界をはるかに上回る。質量分析においてアイソトープ標識を用いて定量的にタンパク質の発現解析を行う場合、観察されるタンパク質の種類は1,000個以下であることが多い。抗体アレイの実験ではシグマ社の製品がもっとも網羅性が高いがそれでも対象とするのは725種類のタンパク質である。このようなことを考えると、2D-DIGE法の網羅性は現状のプロテオーム解析のトップレベルにあると言えるだろう(2D-DIGE法の網羅性を向上させる手段については後述)。
●網羅性を高めるために その2 複数ゲルからの画像を組み合せて解析する
ゲル面積に関連して網羅性を向上させるもう一つの方法は、観察する範囲の異なる複数のゲルを組み合わせることである。*2
IPGゲルはさまざまな等電点幅のものが市販されている。重複するように複数のゲルを泳動し、画像解析の段階で重ねるという方法で網羅性を向上させることが可能である。この方法は、本邦では奈良先端大学細胞内情報学の稲垣直之先生が実施されている。稲垣直之先生はアイソトープ標識したサンプルを泳動しておられるが、同じことは2D-DIGE法でも可能である。2D-DIGE法の場合、アイソトープを用いた実験と同じくらい少量のタンパク質サンプルから実験を行うことができるうえ、特殊な実験環境が要らないので比較的簡単に取りかかることができるだろう。
●番外:サンプル分画での網羅性向上
ゲル面積の増加とは異なるアイデアで網羅性を拡張する方法としては、サンプルの分画を取る方法がある。血清タンパク質のプロテオーム解析では、この方法がよく用いられている。筆者も抗体を用いたアフィニティーカラム、陰イオン交換カラム、逆相カラムなどを組み合わせた実験を行っている。*3
血清に含まれるタンパク質は種類が多い上にダイナミックレンジが広い。そのまま二次元電気泳動にかけたのでは2D-DIGE法を用いても大きなゲルを用いても、観察できるタンパク質スポット数はたかだか数100しかない。そこで、様々なカラムを使用して多次元に分画をとり、それぞれの分画を二次元電気泳動法に添加し分離する。
この方法は従来の二次元電気泳動法でも行われているが、デメリットが一つある。複数のゲルを組み合わせる上述の方法もそうだが、一つのサンプルから発生するゲルの枚数がかなり多くなってしまい、サンプル数が多い場合にあまりに労力がかかるということである。後述するように泳動装置を並列に使用することで複数のゲルを同時にたくさん泳動することは簡単であるが、スポット検出のための銀染色だけは手間である。2D-DIGE法の場合、染色操作が不要なのでハイスループットにスポット検出ができ、多次元で分画をとる実験が比較的少ない労力で可能になる。
次へ 2-4. スループット性の向上
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注釈
注5:泳動距離の長いIPGゲルを自作するシステムについて。今でも何かの折にそのプランが再浮上することもある。筆者の場合はたくさんの臨床検体を解析するので、注文すればすぐに届く市販IPGゲルが必要である。もし泳動距離が長いIPGゲルが市販されるようになれば、それに合わせて泳動装置を作ってもいいと思っている。
注6:SDS-PAGEのゲル作製はほんとうに簡単なのだが、自分が大学院生時代に初めてゲルを作製した時は何度もやり直したことを憶えている。それは、ガラス板のスペーサーの厚さより細いチューブを使ってガラス板を組み立てていたからであって、それではいけないことがわからず、最後はチューブを2本並べて漏れを防ぐことで強引に解決した。このように、適切に指導してくれる人がいないと苦労するし、途中であきらめたりする方がいても不思議ではないことは承知している。他にも、何枚ものゲルをまとめて作製する場合、A4サイズのゲルだとゲル作製ボックスの上からゲル溶液を注ぐとどんなにしてもSDSのせいで溶液が泡だらけになってしまって、とてもゲルは作れない。その場合、ゲル溶液はゲルボックスの下から注ぐ必要がある。
このようなわけの分からない問題に直面したときに脳裏に浮かぶのが「二次元電気泳動法は熟練しないとできない」というフレーズかもしれないと推定している。熟練しないとできないのではなくて、ポイントがプロトコールに記載されていないか、相談できる研究者がいないだけのことである。
参考文献
- Kondo T, Hirohashi S. Nat Protoc. 1(6):2940-56(2006)
- Poland J, Cahill MA, Sinha P. Electrophoresis. 24(7-8):1271-5(2003)
- Okano T, Kondo T, Kakisaka T, Fujii K, Yamada M, Kato H, Nishimura T, Gemma A, Kudoh S, Hirohashi S. Proteomics. 6(13):3938-48.(2006)