東京大学大学院
医科学研究所
津本 浩平 先生
対談:バイオ医薬品の品質管理技術の発展性~相互作用の観点から~
Cytivaでコンサルティングを担当しているK.太蔵は、バイオ医薬品の開発に取り組むお客さまからの質問にお答えするために、特に品質管理に関して掘り下げる必要性を痛感していました。
そこで、バイオ医薬品の品質管理において、相互作用解析がどのように役立つか、K.太蔵は津本先生の意見を聞きに行ってみることにしました。津本先生の回答やいかに。今回は津本先生(以下、のアイコン)とK.太蔵(以下、太蔵)の対談でお送りします。
品質管理について
- 太蔵:本日は、バイオ医薬品の品質管理に関して、もう少し掘り下げてお話をします。まず議論したいのは、タンパク質の活性と構造安定性についてです。私たちがBiacore™を使って、今後、バイオ医薬品の品質を担保しようと考えた際に最初に出てくるのは結合活性ですが、結合活性が、バイオ医薬品の品質の担保にどれくらい重要なのか先生のご意見をお聞かせ下さい。
- :我々がアプローチしやすいというか、記述できるのは、構造解析ではエピトープ、物理化学的な解析では解離定数や、速度論的な解析です。そういう意味では、今まで以上に結合活性は重要になるという認識ですね。いったんその値が決まれば、多くの研究者の方は、品質管理の重要な指標になると思っていると思います。基本的には絶対的な指標の一つだと思います。
- 太蔵:これまで、Biacore™を用いたバイオ医薬品の分析において重要視されていたのが、解離速度です。解離の遅いものは薬効が高い傾向にあるといわれているのですが、実際のところいかがでしょうか。
- :ターゲットによりますけど、実際にそうですね。例えば狙っているのが癌だったら、癌細胞に集積させたいとなるので、そういう意味では解離が遅い、すなわち離れやすいよりは離れにくいほうがいいというふうになりますね。
- 太蔵:実際に、抗体を設計/スクリーニングする際はそうだったとしても、製造されたバイオ医薬品の品質を担保する場合、解離定数はさほどフォーカスされていないと思います。
- :おっしゃる通り、現時点ではほとんど見ていません。ただし今後は、そのロットでどれくらいの値になるかということを調べる上で、幾つかの指標の中の重要なものの一つになってくると思います。
- 太蔵:今後、製薬会社も、それらを担保しないと薬が出せくなる可能性はありますか。
- :実際になるかどうかを今検討している段階だと思います。ですので、「しなくていい」と思っている人と、「しなければいけない」と思っている人が議論している最中、といってよいでしょう。
例えば、EC50とか、IC50は絶対に必要な値です。これと同じような指標になり得るかどうかということを、今みんなで見極めている状況です。ただ、現状では、入れなければいけませんね、という方向に向かっていると思います。
- 太蔵:それは製薬会社の方が、皆さんが同意の上なのでしょうか。
- :同意半分と、もう半分は他社との差別化と考えていると思います。「こういうものを持っているからいいですよ」ということを示すためのインディケーターとして使おうとしているということがありますね。
- 太蔵:将来的に、公定法として固まる可能性も高いとお考えですか?
- :はい。低分子ではある程度プロトコールがありますが、それに対してバイオ医薬品ではまだ決まっていません。
ただ、現状は、より多くのデータを入れたほうが良いでしょう、という理解になっていて、必要な項目になりつつあるということですね。
- 太蔵:次の質問です。Biacore™で測定限界ぎりぎり強いアフィニティーのものを測定しようとすると、どうしてもばらつきが大きくなってきます。そのクライテリアをどう設定すべきなのでしょうか。また、Biacore™以外の手法も必要でしょうか?
- :Biacore™は色々なパラメーターがあるので、どのパラメーターを使うべきなのかという議論になるのではないかと思いますね。例えば、Rmaxは幾らですか、とか。
- 太蔵:では、単純にKoffだけではなくBiacore™で測定される様々なパラメーターをトータルに用いることにより品質を議論するということですか。
- :議論すべきかどうかを見極めている状態だと思います。現状では、議論が可能なターゲットについては議論が必要、という傾向になっていることは間違いないと思います。
- 太蔵:先生の感覚で、Biacore™のKoffの値というのは、品質管理のクライテリアとして用いる信頼性を持っていますか?
- :信頼に値するクライテリアになってきていると思います。以前は、その正否が問題視されていましたが、様々な実験系で、皆が使い方を理解してきたため、信頼性が増してきたということだと思いますね。そういう意味では、現状、これを上回る手法が新しくできない限りは、この手法だと思います。
Biacore™によるカイネティクスを用いたQCデータ
タンパク質サンプルの部分変性など、活性の低下がともなった場合、解離が早くなる傾向があります。
したがって、kdの値を定量的に評価すれば、サンプルの品質を結合活性の観点から評価できます。
エンタルピー
- 太蔵:次は、熱、特に結合エンタルピーに関してお話しをうかがいたいと思います。結合エンタルピーは低分子医薬品のデザインの指標としては、十分に活用され始めていると思うのですが、品質管理という観点で見る場合、その有用性に関してどのようにお考えですか?
- :ある医薬品の結合エンタルピーが値として決定されているような系であれば、エンタルピーの値を出すべきだと言っている人は現にいます。それに対して、「そこまで要らないでしょう」と言っている人もいるので、ちょうど今有用性についての議論が行われている段階です。
- 太蔵:逆に、エンタルピーが結合に優位に働く結合様式を持つバイオ医薬品が設計できたとします。しかし、いざ製造となった場合に、スケールアップなどの工程を経て最終的に製造された医薬品が、予測したエンタルピーを持たない場合などは考えられるのでしょうか。
- :考えられます。それは明らかにロットの問題になるので、「要注意」ということになると思いますね。
- 太蔵:例えば、どういった場合に実際そのようなことが起こると考えられますか。
- :まず、大量生産の過程で品質が変わっている可能性があります。小スケールでの合成と比べ周囲の環境が変わるでしょう。溶解している状態とか発現の状態が変わるので、その影響を受ける場合が考えられます。そのような環境の違いに影響を受けないものを候補にすべきだといえます。
それと、もう一つは、長期安定性試験です。普通、医薬品は2年とか3年といった有効期限が求められるでしょう。そういった保存期間中に、値がブレないかどうかという指標としての使われ方です。
- 太蔵:品質管理というよりは、製造まで指向した分子設計が必要ということですね。
- :大量生産を想定しない分子設計はあり得ないので、ブレるものは候補にはならないですね。
- 太蔵:今、バイオ医薬品の開発は、探索/QCの段階から製造を見据えて分子設計すべきものなのですね。
- :そうですね。低分子医薬品以上に探索の段階でQCに気を遣わないといけないというのが大きな特徴で、そのステップが非常に重要であるとことと同時に、実際、そのデータと同じようなデータをQCで得ることが可能なのかという問題もあるので、そういう意味でも重要なパラメーターになっているのだと思っています。
- 太蔵:少し話を変えて、抗原抗体反応の単純な1対1の置換反応だけではなくて、例えば、生体内では色々なタンパク質がクラウディング状態に存在していて、正副反応、いろいろなものに結合される場合が考えられています。ある意味、狙った抗原だけに対する特異性というところですけど、そこは現在どのように担保されていますか?
- :現状、ほとんどしていないと思いますね。だから、vivoの実験ということがこのことに相当すると思います。
- 太蔵:では、vivoまでいって、初めてわかるということですか?
- :逆に言うと、このクラウディング的な話ができるような系があれば、vivoの精度を高められる。つまり、vivoとvitro が合わないことの一つの大きな理由がこれですね。vivoの条件に近いようなアッセイの一手法としてクラウディング状態を真似できるかどうかは重要となりますね。
- 太蔵:実際、製薬会社などでは系として確立されているところはあるのでしょうか。
- :やろうとしている人はいると思いますが、報告はされていないですね。今のクラウディングの話は、 総論で言うと、vitroの実験をいかにvivoに近づけられるかという話そのものなので、けっこう本質的な話題で、皆さん、どうしたらよいかということを考えていると思います。ハードルのクリアは、現状では試行錯誤ですね。例えば、Ficoll™を入れるとか、PEGを入れるというクラウディング条件でやってみるとか、あるいは血清を存在させて、その状態で特異的な結合が確認できるかどうか検証するということはしていますね。
- 太蔵:そういった複数種類の分子が混在する中で、アフィニティーや特異性を評価する方法としてどのような手法が考えられますか。
- :今はin vitroアッセイしてin vivoを行って問題ない、ということしか確認していないと思いますよ。
- 太蔵:物理化学的なパラメーターを測定して予測するのではなくて、フェノタイプで直接確認するということですか。
津本先生 そうですね、現状はそういう状態だと思います。
- 太蔵:vivoを測定計などを使ってvitroで再現(予測)できるようになれば、もっと開発は加速しますか?
- :もっと加速すると思います。そういうものが一つの方法論になり得るということだと思います。
結局、vivoの実験は実験動物が必要となるので、それに変わり得る(この方法さえやればある程度のvivoを予測できますという)方法をみんな望むわけですね。そういった方法があまり無い状態なので試行錯誤しているということだと思いますね。
開発の時間も限られているので、骨太の系ができないということにもつながっているんだと思います。
- 太蔵:最後になりますが、本当のクラウディング状態とはいえなくても、ある程度、複数分子がセルに存在する状態で、ITCで発熱等評価して、特異性を見ることは、現状ではまだ難しいでしょうか。
- :それはケースによりますが、うまくいく系はありますね。
ただ、色々なものにベタベタ結合するタンパク質を入れるとどうしても見にくくなるので、そこは評価が分かれるところですが、系次第では、すごく使えるものになる可能性はあります。
現状では使える方法はたくさん無いので、Biacore™、Micro Calというのは特異性の議論においては重要な位置付けになると思いますけどね。バッファー条件を変えやすいとか、他の分子を共存させやすいとかという意味において。
品質管理ではvivo解析は難しいので、すごくいい切り口になる可能性がありますね。
- 太蔵:こういうコントロールを置いて、アッセイしなさいというように、SOPで示すことができればベストですね。
- :そうですね。こういう分子がvivoに存在するから、その分子を共存させて評価します、という決められたプロトコールがあれば、明らかにQCのレベルで使えるようになると思いますね。
- 太蔵:わかりました。ありがとうございます。
ITCを用いた活性型タンパク質の定量的評価
右図において、分子Aと分子Bの相互作用が1:1での結合反応である場合において、分子Aのうちの50%が完全に失活している場合、シグモイド曲線の傾きは全く同じで、結合比のみが変化した結果が得られます。このような結果を元に、この場合は分子Bが50%失活しているのではないかという考察を行います。
さらに、ITCにおいて、決まった量の発熱があるということ(左図RawDataの積分値に相当)が、ある一定の結合特異性を定量的示していることが考えられ、品質管理の新たなパラメータとして期待されます。